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 青空の広がる空の下、一台の馬車がフォルジュ邸の前に停車した。

 

 その様子を部屋の窓から見ていたユイは、傍に控えているアリアへと声を掛ける。

 

「あの馬車がそうかしら?」

「はい、ストランド家の馬車で間違いないかと」

 

 同じように馬車を確認したアリアが答える。おそらく紋章を見て判断したのだろう。

 

「お嬢様、不躾に見続けては向こうに失礼になりますよ」

「……それもそうね。もし目が合ってしまったら気まずいものね」

 

 正直どんな人物なのかと気が急いているのだが、第一印象は大事だ。

 

「先に部屋に通すのよね?」

「そのように伺っております。病弱と言うお話ですから、まずは部屋で休んで頂いた後に顔合わせをなさるそうです」

「領地で療養して欲しいって話だったけど、そもそもテオ様は長旅に耐えられるのかしら?」

「あちらは問題ないと仰っているそうですが、旦那様はしばらく様子を見てからでも遅くはないだろうと」

 

 向こうの言い分を聞く度に不快な気分になるのは、ユイが無意識にテオに同情しているからというだけではない。

 

 ストランド侯爵の言う通りに領地に下がる場合、コーデリアも共に領地に来てくれるらしいが何せ片道に一週間も掛かる距離だ。病弱だと言うテオを連れて行くのであれば、更に数日の遅れも考慮する必要が出てくると言っていた。

 

 そもそも長旅に耐えられない可能性も十分にあるのだ。そうなれば領地に連れて行くことすら叶わない。

 

 そこでふと、先程の馬車を思い出してアリアに問い掛ける。

 

「そう言えば、私って馬車に乗ったことがあるのかしら?」

 

 人の心配ばかりしていたが、ユイは馬車に乗ったことがない。車ですら長時間乗れば疲弊するのだ。それが馬車であれば車以上に疲弊するだろうことは想像に難くない。

 

「お嬢様が記憶を失う前でしたら、数回程はお乗りになったことがありますよ」

「そうなの?」

「はい。とは言っても、三十分ほどで行けるような場所までしか行ったことはないはずです」

 

 長時間乗ったことがないと言うことは、やはりフィアナのことを考えてのことだろう。そうなると、人の心配をしている場合ではないのかもしれない。

 

「まぁ、どちらにしてもテオ様の容態次第よね」

 

 

 そんな風に会いたい気持ちを雑談で紛らわせながら声が掛かるのを待っていたが、想像よりも早い段階でノック音が響いた。

 

「お父様……どうしたんですか?」

 

 ユイを呼びに来たであろうアロイスの表情はどこか浮かない様子で、何かを迷っているように感じた。

 

「……フィー。どうやらテオは私達が思っていた状態とは違うらしい」

「それは、想像より悪いと言うこと……?」

「正直何とも言い難いが、ベッドから動けないほどの重症という訳ではないね」

 

 どうやら判断が難しいらしい。寝たきりと言うほど病状が重いわけではないのであれば、引き籠っているのは他にも理由があるのだろうか。 

 

「部屋に案内したばかりだが、会いに行くかい?」

 

 ユイは躊躇うことなく是と頷く。

 

 事前情報すら正確なものでない可能性が出てきたが、相手が侯爵家では表立って抗議することも難しいだろう。向こうの対応はさておき、今はとにかく会ってみない事には始まらない。

 

 

 アロイスに連れられてテオの為に用意された部屋に訪れると、ユイは室内に置かれた荷物の少なさに目を丸くする。

 

 ベッド横に置かれた大きめの鞄は一つ。持参した荷物はたったそれだけだったのだ。

 

 そしてソファーに座って佇んでいる線の細い少年が、おそらくはユイの婚約者となったテオ・ストランドだろう。

 

「………………」

 

 ライラックを思わせる淡い紫の瞳と、白金色の明るい髪が印象的な少年は、ユイ達が部屋に入って来ても微動だにしなかった。何処か儚げな印象の顔立ちは中性的で、滅多に外出しないからか肌は白く肉付きも薄い。それがより男性的な印象を薄く見せているのだろう。

 

 それにしても、テオは部屋に人が入って来てもまるで反応を示さない。これはどういう事だろうとアロイスに目を向ければ、視線に気づいた父が小さく息を吐く。

 

「テオはストランド家の侍従に抱きかかえられて来たんだ。挨拶の時だけはこちらに視線を向けてくれたが、それ以降はこの状態のままだ」

 

 禄に視線も合わないどころか言葉すら発しないと言う現状に、流石のユイも驚きを隠せない。

 

「テオ様は、心を閉ざしているの?」

 

 ここまで徹底して相手を無視するとは考えにくい。仮に今のテオの状態が病弱だと言う理由に帰結するのであれば、心の病の可能性を考えた。

 

「現状では何とも……。侯爵には改めて説明を求めるが」

 

 聞けば侍従はテオと持ってきた荷物を運び終わると、仕事は終えたとばかりに帰って行ったそうだ。これが侯爵からの指示あっての行動なら、あまりにもフォルジュ家を馬鹿にしている。

 

(自閉症とかだったらどうしよう……。流石に接し方が分からないな)

 

 ユイはとりあえず、ソファーに座っているテオの視界に入るように目の前に立った。虚ろな瞳はまるでユイの左目のように生気がない。

 

「テオ様。初めまして、フィアナ・フォルジュと言います」

 

 目の前で挨拶をすると、ほんの少しだけ瞳が揺れたような気がした。

 

「いきなりだけど、私は目が悪くて。だから、触れることを許し下さい」

 

 最初に断りを入れてから、そっと両手をテオの頬に添える。

 

 頬に触れられたことに驚いたのか、それまでは視線の合わなかった瞳に、今はしっかりとフィアナの顔が映り込んだ。

 

 狭い視界にその姿を映し、テオと言う少年と目を合わせる。その瞳は不思議な輝きを含んでおり、間近で見るとこんなにも綺麗な色をしているのだと分かった。

 

「テオ様の瞳は綺麗ですね」

 

 その発言が届いたのか、目に見えてテオが驚いた表情をする。

 

(なんだ、ちゃんと感情はあるのね)

 

 ユイをちゃんと認識したうえで驚くと言うことは、自閉症とはまた違うのだろうと安堵する。

 

「私はフィアナです。よろしくね、テオ様」

 

 目が合ったことが嬉しくて、気が付けばユイの顔には笑顔が浮かんでいた。

 

 暫くの間は目を丸くしたまま視線を合わせていたが、やがてテオの方から視線を外すと、その瞳は再び光を失ったように感情を隠してしまった。

 

 その様子を見守っていたアロイスは今後の対応に頭を悩ませながらも、無事にテオを迎え入れられたことに安堵していた。

 

 テオとは真逆に、ユイは彼の隣に腰を下ろすと興味深そうに横顔を眺めている。

 

「フィー、もう少しここにいるかい?」

「そうしたいけど、流石に来たばかりだから控えた方がいいわよね……」

 

 ユイは再び遠くを見つめるテオを見て、先ほどの瞳を思い出していた。

 

(目が合った時、テオ様はちゃんと私を見てた)

 

 逆に今の瞳はこの世ならざるものを見ているかのように焦点が合わない。

 

(何か理由があるのかしら……)

 

 目を合わせられない、もしくは目を合わせたくない理由が。

 

「これから一緒に暮らすんだから、急いても仕方ないわね」

 

 今日は慣れない邸に着いたばかりだし、きっと色々葛藤もあるだろう。

 

「部屋に戻るわね。夕食の時にまた会いましょう」

 

 ユイはそれだけ伝えると、アロイスの元へ歩み寄る。そして「ゆっくり休んで」と声を掛けた後に静かに部屋を後にした。

 

 

 二人が部屋を出て行ったあと、テオが二人の後姿を追うように視線を向けたことは、誰の目にも映らなかった。

 

 

 

 少しでも内容が気に入ったり興味を持って頂けたら、いいね・ブックマーク・評価をして頂けるととても嬉しいです。

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