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幕間-不可思議な心-

妖精ウィスから見た彼らのお話。

 


 

『テオ、朝だぞ』

「…………ん、おはよう」

  

 太陽が昇り始める頃に声を掛けて、ザリザリと頬を舐める。そうすると、テオはくすぐったそうに身じろいだ後に僕に声を掛けてくる。

 

 それでも舐め続けると、テオは舐めることを阻止するために顔を押してくる。だからその手に頭を擦り付ければ、眠そうにしながらも撫でてくれるのを知っている。

 

 体を得た当初はテオが起きるのを待っていたが、今はこっちから舐めたり顔を擦り寄せたりして起きるよう促している。

 

 そうすれば、テオの憂いを断ち切りやすいと分かったから。

 

「おはようございます。テオ様」

「おはよう、ロニー」

 

 ようやくテオが体を起こした頃に、侍従のロニーが顔を出した。

 

「今日もウィスに仕事を取られてしまいましたね」

 

 苦笑するこいつの前にわざとらしく立ち塞がると、その場にしゃがんで頭を撫でられる。撫でる時に額を親指で掻くようにしてくれるのはこいつだけで、それが不服にも気持ちよかったりする。

 

 

 テオの侍従として仕えるこのロニーと言う男は、妖精猫(ケット・シー)の愛し子が紹介した人材だと後から知った。

 

 同時に納得もした。どおりで猫の世話に手馴れている訳だと。

 

 僕は元は妖精でも、今はこの体に定着したこともあってすっかり猫らしくなった。

 

 音や匂いに敏感になったし、耳や尻尾は感情に沿って勝手に動くし、触れてもらえることに喜びを感じるようにもなった。ヒラヒラしたものに反応する癖はどうかと思うけど、勝手に体が動くのだからどうしようもない。

 

 僕にとって、何よりも大事で優先すべきものはテオだ。

 

 しかし猫としての僕にとっては、肉体を持って生きる上でこの男の存在はかなり重要だったりする。

 

 本来必要のない食事も、この男が用意するものは不思議と口にしたくなるし、邸にいるどの人間よりも僕の行動原理を理解している。元から猫が好きだったのだろう。触れ方で手馴れているのがはっきりと分かる。

 

 テオや他の邸の人間は、基本的に触れる時は優しく撫でるだけだが、この男は少しだけ強めに撫でてくる。強さも丁度いい力加減で、撫で方だけで言えばこの男が一番上手い。

 

 それがちょっとだけ不満で、しかしあの撫で方はとても気持ちがいいのでついつい撫でろと要求してしまう。それ故にテオ以外で一番懐いているのはこの男と言うことになる。

 

 もっとも、だからと言ってテオを起こす仕事を譲るつもりはない。つもりはないが、体を擦り寄せてしまうのは決して甘えているわけではない。猫としての本能がそうさせるだけだ。

 

「テオ様の身支度が済むまで待って下さいね」

 

 そう言って顎をクシクシと撫でられれば、気持ち良さから顔が上を向いてしまう。

 

「ウィス、嬉しそう」

 

 柔らかく微笑むテオに違うと言い訳をしながら、朝の支度が終わるのを大人しく待った。

 

 

 テオの準備が終わり一頻り撫でてもらったあとは、一緒にソファーに腰を下ろす。隣に座るテオの服に体を擦り付けていると、ノック音が響いて入口が開いた。

 

「おはよう、テオ」

 

 入ってきたのはこの家の子供で、テオの(つがい)でもあるユイだ。

 

「おはよう。……早いね?」

「うん。今日は黒瀬さんの所に行くって聞いたから」

 

 今日、テオは愛し子にセーデルホルムに来るように言われている。その為の使いが来ることになっているのだ。

 

「明後日まで帰って来ないって聞いたから、出発する前に少しだけ話しておきたくて」

「……そうだね。おいで」

 

 そう言って、テオは自分の隣をポンポンと叩いた。

 

 ユイはお礼を言いながら指定された場所に腰を下ろす。

 

 僕を挟むように座ったユイにチラリと視線を向ければ、それに気付いて笑顔をこちらに向けてくる。

 

「ウィスもおはよう。今日も可愛いね」

 

 そう言って体を撫でてくるのでプイと顔を背けるが、尻尾を振っておざなりに挨拶の返事を返す。

 

 それを見て楽しそうに声を漏らすが、意味が分かって反応しているのかは判断が難しい。

 

 

 テオの番であるユイは、生い立ちを説明しようとすると少々難しい。

 

 彼女の体は確かにこの家の子供のものだが、体に宿る精神は全く別の人間のものだからだ。

 

 僕達妖精が見つけてきた、新たな番となり得る魂。それが他の世界から連れてきたユイだった。

 

 色々あったが、フィアナと言う少女の分まで生きると決めたこの番は、今では憂う様子は見られない。気持ちの整理が付いたのだろう。

 

 テオと楽しそうに話す声を聞きながら、眼帯に隠された左目を思い浮かべる。

 

 命の炎が消えかかった時に救い出したことで顕現した祝福の色。与えるつもりのなかった祝福の影響で番と会話出来るようになったのは、完全に偶然の産物だった。

 

(会話出来る方が便利だからいいけど)

 

 複雑な心境に内心戸惑いながらも、おもむろに立ち上がってテオの膝に上る。

 

 わざとらしくユイの方にお尻を向けて座り込むと、それを見ていたユイは小さく笑った。

 

(本当に、分かってるんだか分かんない奴だな)

 

 頭上で「素っ気ないなぁ」なんて呟きが聞こえたので、それに反応を返す代わりに尻尾を不快に揺らす。

 

 やっぱり分かっていなさそうだ。

 

 興味本位に触れようと差し出された手をわざと尻尾で叩いてみせると、再び小さな笑い声が聞こえる。

 

 顔を上げると微笑ましく笑顔を浮かべるテオがいて、不服に思いつつも嬉しそうな愛し子の姿に心が綻ぶ。

 

 人間と同じで、妖精猫の眷属となったこの身もまた、人間ほどではなくとも妖精にはない感情の機微があって、それは中々に理解しにくい。

 

「気を付けて行ってきてね、テオ」

「うん」

 

 人間の感情は難しい。

 

 番は送り出す言葉を口にするし、テオは素直に送り出されるつもりでいる。

 

 その本心は、どちらも同じだ。

 

 同じはずなのに、離れたくないと言うような言葉は決して口にしない。

 

 番の親達もそうだ。誰もが本心で思っている言葉とは違う言葉を口にする。本心をそのまま口にすることは滅多にない。

 

 妖精は本心とは違う言葉に反応しない。

 

 愛し子たる者達の本心を直感で感じ取り、その願いを叶えてあげるべきだと考える。

 

 しかし、あの愛し子は人間をもっと知るべきだと言っていた。

 

(理解出来ない)

 

 それでもこの二人を見守り続ければ、いずれはその感情を理解出来るようになるんだろうか。

 

 不可思議な人間の感情に疑問を抱きながら、僕は今日も愛し子達を観察する。

 

 

 

次章はのんびり書き進めています。

今のところ起承転結の承の部分に入り始めたところで、当初より時間が掛かりそうなので一旦完結とします。

次章の準備が出来次第、連載に戻そうと思います。


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