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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編 いろいろ

精霊の愛し子護衛騎士VS魔導師団で戦闘訓練。

「地獄に、落ちろっ!」


それこそ地獄の守り人のように、地を這う声で彼女の拳が地面に叩き込まれた。瞬間、地響きと共に地面に亀裂が走り、半径10m、魔導師達の足元は崩れ落ちる。逃げ遅れたものはそのまま5m下まで落下したが…まぁ、大丈夫だろう。


「はっはー!馬鹿めっ!」


「凄いな。精霊に愛されると、身体強化だけでここまで効果が出るのか。」


仁王立ちで踏ん反り返り、魔王のように高笑いする彼女…イリヤ。王妃の護衛騎士である彼女と、俺達魔導師団で戦闘訓練をしている。多勢に無勢ということなかれ。イリヤは生まれつき精霊に愛され、その身体に莫大な魔力を循環させ生きている。魔法のコントロールが下手な分、攻撃には向かないが、内面に向けた身体強化や魔法無効化は持ち前の勘とやらで習得済み。お陰で全く魔法が通らず、恐ろしいほどの破壊力(物理)を叩きつけてくる。


イリヤは完全に耐魔導師特化。むしろ魔導師を潰す為に生まれたのではと言われるほどだ。イリヤと戦闘訓練をするようになってから、うちの団の防御はかなり高くなった。


「この、ゴリラ!!」


「誰がゴリラだっ!」


浮遊によって回避した魔導師は5人。そのうちの一人がイリヤに向かって高度魔法を放つ。それを虫でも払うかのように拳を振るい、パァン!という軽い音共に霧散させてしまった。


「お前らが、貧弱なだけだろう…がっ!」


二歩下がり助走をつけると、まるで羽でも生えているかのように高く飛び上がり、先ほど魔法を撃ってきた魔導師の腹に飛び蹴りを食らわせている。防御魔法は無効化されたのか、ミシミシと骨の軋む嫌な音がこちらまで届く。下で待機している医療班が、青ざめた顔でその様を見ていた。痛みに呻き気絶した魔導師が墜落してくる。それを回収班…見学と称してやってきた騎士団が危なげなく回収し、医療班へ届けていた。


「イリヤ、がんばって~」


「お任せください、王妃様!」


身を護る物もない軽装で、獲物もなく素手。身体は小さく、護衛騎士になど全く見えないというのに。音もなく着地し、声援を送る王妃様へ笑顔で答えるさまは、まるで先ほどとは別人で。人畜無害な子供に見える。しかし、雨あられのように打ち込まれる魔弾の中を、除けもせず叩き落して笑いながら進んでいく様は悪鬼か武人だ。


「ふふふ、ねぇ副団長。今回もイリヤの勝ちかしらぁ?」


「いえいえ、今回は一味違いますよ。」


戦闘訓練は20名を選出している。イリヤと戦闘の後は、皆殺意が高く、やる気に満ち溢れているため集いやすい。それでも希望制でとっているためだいぶ偏りがあった。が、今回は違う。高位中の高位。この国に5人しかいない最高位魔導師を三人も連れてきたのだ。…流石に、負け越しすぎてうちの指揮に関わるのでな。今だけの仮団員になって頂いた。お三方とも、イリヤの体質が気になるようだしな。


「あと三人っ!」


イリヤは撃ち返した魔弾を煙幕代わりに、空中浮遊していた魔導師のはるか上から踵落としが決まった。ゴキっと骨の折れる音共に、魔導師が意識を失い落ちてくる。…殺すなよ?


「なるほど、これは凄いのぉ。」


「ヤダわぁ。野蛮じゃなぁい。」


「……。」


危なげなく着地した、尻尾のようなイリヤのポニーテールが、ゆらゆらと揺れている。勝ちを確信して浮かれているのだろう。だが、そうはいかないさ。


「痛い目に合う前に、降参したほうがいいですよ?」


ハンっと鼻で笑い挑発するイリヤに、胆が冷える。いや、イリヤは相手が誰かわかっていないのだから、仕方がないが。物腰柔らかなロマンスグレーの老紳士は、学園の理事を務めていらっしゃる、ワイルダー様。隣は魔術師協会の副会長、リリーエ様。そして、遠征から帰ってきた、我が魔術師団のウェザー団長。


「どれどれ、受けてごらんなさい。」


「わっ、」


ワイルダー様がイリヤへ指差す。一瞬のうちに光が収束し、閃光のように飛んで行った。…なんだ今のは?!イリヤを見ると、ギリギリ裂けたのか、うっすら肩の服が切れて、赤く線が入っている。


「こ、攻撃が通ったぞーっ!!」


固唾を飲んで見守っていた、リタイア済みのうちの団員が盛り上がる。うおおおっ!と男臭い雄たけびを上げながら。隣の騎士団達も、驚いたのか、どよめきが起こっている。


「びっくりした。」


「ほっほっほ。なになに、驚いただけかな?」


髭を撫でつけながら、好々爺のように笑うワイルダー様。しかし目はギラギラと探求心が刺激されていらっしゃって。今度は指先を上へ払う。途端に地面が盛り上がり、イリヤの足元が隆起する。バランスを崩し落ちていくイリヤに、容赦なく追撃の閃光が襲う。


「わわわ、」


猫のように地面をけり、身をよじっては閃光を間一髪避けていく。どれだけ身体が柔らかいんだ彼女は。…我々だけでは、到底イリヤに勝つことができそうにない。が、今回は、なかなか追いつめているのではないか?


「うむ、なかなかどうして。よい動きであるの。」


「そうだろう!」


避け切り、胸を張るイリヤは、服のあちらこちらが切れている。おお、本当に間一髪なのだな。それにワイルダー殿も笑いながら、にこにこと機嫌よさそうに攻撃を再開する。


指を降ろせば隕石が落ち、払えば地面が隆起する。十本の指がそれぞれ意志を持っているかのように、凄まじい猛攻だ。あまりの魔力。凄まじい技術に、湧いていた外野もしんと静まり返り。そしてそれをも避け、時に打ち壊すイリヤ。今までとは一変して、真剣な表情で対処している。三十分は立っただろうか。ふと、ワイルダー様の攻撃が止まる。


「余裕はなくなってきたかのぉ。しかして、私の魔力はそろそろ限界じゃて。あとは若いのに任せるとしよう。」


「良かった。少し疲れた。」


「少しか。ふぁっふぁっふぁ!精霊の愛し子とは、なんとも愉快。」


互いにうっすらと汗をかき、笑いあうとワイルダー様は自ら控え所に入ってしまわれた。残り二名。我々が考えるよりも、イリヤという女は、魔導師にとって厄介な存在なのかもしれない。本気かは定かではないとはいえ、この国の三番手を下してしまった。


「あと、二人。」


「はぁあ、なにが楽しくて、女の相手なんか。副団長ちゃんがどうしてもっていうから来たのよ?」


仕草と言葉遣いは女性的なのだが、声は酒に焼け、五分刈りの頭にやせ型の男はシナを作って俺にウィンクを飛ばしてくる。そんなリリーエ様に、背筋がぞわぞわと怖気る。それを顔色に出さぬように胆に力を入れ。しかし思わず乾いた笑いが口から出ていく。実力は、折り紙付きなのだ。とても個性的でいらっしゃるだけで。


「さっさと終わらせましょう。全力で行くわ。」


ぱちんと、リリーエ様が指を鳴らすと、イリヤを中心に防御陣が展開され球体の中に閉じ込められた。イリヤは何度か球体の壁を叩くが、ゴンゴンと鈍い音がするのみ。


「…あたし、男女平等なの。早く出ないと、酸欠で死んじゃうわよ?」


反転魔法か!本来防御は対象を中心に外に向かって展開する。それを内側に向ければ、攻撃は吸収されいくら暴れても出ることはできない。破るには、防御より強い力で壊すか、術式を解読して書き換えるか。しかしいくら精霊の愛し子でも、イリヤに魔法知識はない。物理で壊す以外に、選択肢はないのだ。リリーエ様はこの国の防衛の要。ただでさえ防御特化の魔導師、その全力。


イリヤはしばらく何か考えると、大きく深呼吸しだした。バカタレっ、ただでさえ酸素に限りがあるのにそんなことをしたら…!解除方法を話し合っていた外野も、予想外の行動に動きが止まる。二呼吸、大きく息を吸い、ぴたりと止まると、


「------------っ!!!!」


超音波のような爆音が、イリヤから発せられる。あまりの音にビリビリと鼓膜が揺れ、近くで見たいた外野の何人かが目を回して倒れた。俺も思わず耳をふさぐ。何だあれは!?イリヤの声なのか?!高さを調節するかのように声は絞られ、次の瞬間、パリンッと高い音を立てて、イリヤを捕えていた防御壁が破れた。


「成功。」


ぺろり、と舌なめずりをしながら。彼女は悠々と出てきた。我々と同じく、耳を塞いでいたリリーエ様が、呆気にとられて口が開きっぱなしになっているのが見える。


「ど、どういう事よ?!なんでっ?!」


ああ、リリーエ様。今この場にいるイリヤ以外、皆の心は一つです。なぜだ。なぜ壊れた?皆一様に、イリヤの答えを待っている。


「ええと、ワイングラスって、声だけで割れるんですよ。」


「…はぁ?」


ワイングラス?何の話が始まったのだ。


「お姉さんの防御壁、捕まってからも周りの音は聞こえていました。でも酸素は通らない。魔法って不思議ですね。でも音が通るなら話は簡単。防御魔法なのだから、攻撃以外は通るのでしょう?防御壁の中と外の空気圧を変え、超高音、もしくは低音で防御壁が共鳴する場所を探します。叩いた感じからも、魔力制御が繊細で無駄が無いのか、防御壁はとても薄かった。後は共鳴箇所の音を高出力で出し続け、空気を揺らせばいい。いずれ振れ幅に限界が来て、壁は自壊する。」


「…はは、なによそれ。」


さも当然のことのように説明をするイリヤに、リリーエ様は乾いた笑いを返す。かくいう私も、なにか空恐ろしい物と対峙しているかのように、嫌な汗が背中を伝っている。攻撃でも、解析でもない第三の選択肢。咄嗟のことも、冷静に分析し対処する丹力。行動に移す豪気さ。…確かにイリヤは、王妃様の護衛騎士にふさわしいようだ。


「やってらんないわ。」


ふぅ、と吐息をつくと、リリーエ様も自ら控え所に入ってしまわれた。控え所でこちらを見ていたワイルダー様と談笑をはじめて。


「あと一人。」


王妃様の声に、にっこりと、イリヤが笑う。


「その一人は、この国最強の魔導師ですよ。」


二人からの圧に、負けじと、俺も声を上げる。そう、ウェザー団長は、この国最強の一角。30歳の若さで魔導師団長まで上り詰める強さ。戦闘時の冷静な判断に、氷の様な冷徹さと残忍さから、魔導師団からも恐れられている。文武両道才色兼備な上司は、自慢でもある。いままでとは、違うのだ。もし万が一、イリヤが死なないように高位の神官や回復術師だって呼んである。もちろん、王妃様には承諾を頂いて。


俺が勝利を確信している間に、ウェザー団長の攻撃が始まっていた。無言のまま、なんの動きもなく地面から鋭い槍状の岩が飛び出してくる。


「っ、いたた…。」


流石に避け切れなかったのか、身体の彼方此方から血がにじんでいる。…なんだか、罪悪感が。いやいや、今までさんざん痛めつけられたのだ。これくらい。…しかし、忘れていたが、例えイリヤが行き遅れの25歳でも、嫁入り前の女性であることは確かで。いやいやいや!これは戦闘訓練で、向こうも護衛騎士なのだから怪我の一つや二つくらい!


ざわッと一際大きいどよめきが起こる。まずい、自分の思考に振り回されすぎて、戦闘を見ていなかった。団長の姿を見つけ、すぐ近くにイリヤの姿も発見し、息を飲んだ。


ぼたぼたと、零れ落ちる鮮血。遠くに転がる腕。イリヤの左腕が、切り落とされていた。


「…っ団長!!」


やりすぎだっ!ざっと血の気が引き、はじける様に椅子から立ち上がる。


「動くな。」


団長の低い声に、皆水を打ったように静まり返った。腕を切り落とされたイリヤは、眉間に皺を寄せたまま、大きく跳躍すると腕を拾い上げる。そしてそれを、切り口同士を繋ぐ様に押し付けた。


なにを、しているんだ。早く回復魔法をかけないと、腕が…!繋ぎ合わせる様に抑えてすぐ、イリヤの周りがキラキラと輝きだす。数拍ののち、切り落とされたはずの腕が、まるで何もなかったかのように繋がっていて。手を何度か握ったり、開いたりして感覚を確かめている。


「うん、よし。ありがとう、大丈夫だよ。」


光の粒が、イリヤに寄り添うように纏わると、弾けて消えた。まさか、いまのは。


「精霊か。」


「さぁ。なんでしょうね。」


ウェザー団長の呟きに、そうだと言わんばかりにイリヤは笑って。い、今のが精霊!一生かけてもめったに会うことのない伝説の…っ!ざわざわと興奮で沸き立つ。それは、騎士団も、魔導師団も。頬を紅潮させて興奮していた。ただ一人を除いて。


「乙女の腕を切り落とすなんて。」


王妃様の言葉に、びりっと、緊張が走る。


「イリヤ。」


「はっ。」


「勝ちなさい。許すわ。」


「畏まりました。」


冷めた目で、命令を下す王妃様は、普段の民衆に愛される柔らかな雰囲気は消え、王族としての威厳に溢れて。イリヤもふざけた態度から一転その場に跪き、丁寧な、それこそ優秀な騎士の様に賜った。


「おいで。」


立ち上がり、両手を広げるように掲げると、どこからか光の粒が大量に集まり、イリヤの色彩を変えていく。黒い髪は白く色を変え、黒い瞳は金色に輝いて。


「精霊降ろし、だな。」


「降参、しますか?」


「はっ、まさか。」


俺達は、いったい何を見ているんだろうか。無詠唱無動のまま大量に展開される魔法。火炎が飛び、水が走り、稲妻が落ちる。地は裂け、岩が突き出し、吹雪が襲う。そしてそれらは、吹き消され、霧に代わり、霧散しては、打ち砕かれていて。まるで次元の違う戦いに、飛んでくる破片を各々避けるだけで精いっぱいで。お互い体中に傷を負い、ボロボロの様相だというのに、眼はギラギラと光り笑っている。あの、鉄面皮なウェザー団長が、笑っていた。


どれだけ打ち合ったのか、日が沈みはじめ辺りが夕日に染まるころ。ついに決着がついた。イリヤの尻尾のような髪を、団長が掴み引き倒す。それを、イリヤは自らの鋭い手刀で切り払った。ばさりと落ちる髪。楽しそうに笑っていた、ウェザー団長の目が見開かれ、一瞬動きが止まった。


瞬間、団長は仰向けに倒れ、イリヤはマウントを取ったまま団長の首に手をかけていた。


「はぁ、はぁ、…はぁーっ。…勝負あり、ですね。」


肩で息を整え、満足そうに笑うイリヤの顔が、夕日に照らされている。


「「「うおおおおおおおおおおお!!!」」」


「うわ、うるさっ。」


誰からともなく、むさ苦しい雄たけびが上がる。もはや、騎士団や魔導師団など、関係なかった。傷だらけのボロボロになりながらも、あの最強の一角と互角に渡り合う精霊の愛し子に、誰もが敬意と尊敬の眼差しを向けていた。王妃様も、満足げに微笑んでいらっしゃる。


それを確認すると、イリヤも破顔して立ち上がる。


「待て。」


王妃様の方へ歩き出すイリヤの手を、ウェザー団長が掴んで止める。まさか、まだ戦う気なのだろうか。みな、ごくり、と固唾を飲む。


怪訝な顔で振り返ったイリヤに、


「俺と、結婚してくれ。」


夕日の所為か目の錯覚か、ほんのり頬を染めて、ウェザー団長が跪いたままイリヤに求婚した。


「「「はっ?」」」


きゅ、求婚した?!あまりのことに、開いた口が塞がらない。いやいやいや、何言ってるんですか確りしてください団長!貴方今まで女性に興味なかったじゃないですか。なぜよりにもよってイリヤなんです?!戦闘ハイでご乱心ですか?!


「自分より弱い男はお断りです。」


「「「はぁあああ?!」」」


一切の躊躇もなくバッサリと切り捨てるイリヤ。何言ってんだ!!ウェザー団長は容姿良し、家柄良し、厳しさが玉に傷だがその辺の男よりよっぽど高給取りのハイスペックだぞ!というか、ウェザー団長より強い独身なんていねぇよ!!


「うふふふふっ、おっかしい~。」


大混乱の演習場で、王妃様だけが楽しそうに笑っていらした。



ーーーーーーーーーーーーーー


魔術師団の戦闘訓練から3か月が経とうとしていた。あの後、無情にもウェザー団長を切り捨てたイリヤは、王妃様と共に王宮に戻ってしまい。残された隊長も、文官に呼ばれていなくなってしまった。


「ウィリス副団長、ウェザー団長からです。」


「こちらの書類なんですが…」


魔導師団と騎士団での会議室が終わり、共に師団へ移動中、中庭から甲高い声が聞こえる。なんだ?皆顔を見合わせて、首を傾げる。近付くほど、鮮明に聞こえる声は、中庭を挟んで向かい側の通路。


「あの制服は、王妃護衛騎士(イリヤ隊)だな。」


「怒鳴ってるのは王妃付きメイド達でしょうか。」


ゲルド騎士団長の言葉に、隣の魔導師が乗る。確かに、エプロンの色が薄い緑で。あれは王妃様専属の新人メイドだ。なぜか示し合わせたように皆息を殺し、聞き耳を立てる。


「どうせ貴女が誑かしたのでしょう?」


「ほんと、野蛮よね。女性のすることかしら。」


「ふふ、女性と言うより野猿では?」


メイド達から口々に、イリヤ隊…と言うより、イリヤへ口撃が飛んでいる。


「それに、誑かすほどのモノをお持ちでは無いみたいだし…。」


「ふふふっ、確かにね。なら、怖い物見たさかしら。」


「たまの箸休め、気休めよ。わかったら、自分の立場を、勘違いしない事ね。」


散々嘲り笑うと、メイド達はそそくさといなくなって。残されたのは、困ったように笑って一言も発さなかったイリヤと隊員達。メイド達の後ろ姿すら見えなくなると、大きく息をついた。


「はぁあ。最近また増えたな。私に言っても仕方ないと、わかってるだろうに。」


やれやれ、と頭を振りながらイリヤが頭を掻く。


「仕方ありませんよぅ。イリヤお姉様がウェザー団長に求婚されたのは、王宮中で話題ですからぁ。」


「ウェザー団長、所構わず求婚に来るものね。」


後ろで控えていたイリヤ隊も、口々に、イリヤを擁護する。そう言えば、求婚事件後、暇さえあれば団長がいなくなっていたが…イリヤの所にいたのか。うちの団長がスマン…。


「だからって、あの言い方は酷くないっスか?!」


一際背の低い隊員が憤り叫ぶ。彼女は確か、ドワーフと人間のハーフだという新人か。


「ドミノは、はじめてだっけ?ふふふ、これから毎日のように、ああいうのは来るわよぉ。」


「ええええっ!」


緩く巻いた髪を靡かせて、隊員が笑っている。


「そうだな。まぁ、気にするな。いずれ慣れる。」


「そんな…姉様達にあんな酷いこと…、言わせっぱなしでいいんスか?」


まだ怒りが抜けないのか、ドミノは地団駄を踏んでいる。俺達がここに来る前の怒鳴り声は、隊員達に対する嫌味だったのか。他の隊員はそんなドミノを笑っては頭を代わる代わる撫でて。


「私達のために、怒ってくれてありがとう。だが、気にしなくて良い。彼女たちもまた、戦っているんだから。」


「…戦っている?」


諭すように、優しく笑うイリヤは隊長の顔をしている。ドミノに高さを合わせるようにしゃがみ込み、周りの隊員達もお互い目を合わせては笑い合っている。


「そうよぉ。ドミノは行儀見習いでウチに来たでしょう?メイドちゃん達も、似たようなモノよねぇ。」


「本来我々貴族令嬢は、家のために結婚し、子供を産み家同士を繋げるのが仕事。」


「いつの間にか結婚させられて、知らない男に身体を好きにされるのよぉ。冗談じゃないわよねぇ。」


「だが、ここで働く中、相手を見つけることが出来れば言うこともない。」


「恋愛結婚は、貴族令嬢の夢ですよね!」


「まぁ、相手の家柄とか派閥とか、チェック項目多すぎるけれど。」


「それでも知らない男に嫁ぐよりましよね。」


矢継ぎ早に話ながら、時折きゃらきゃらと笑い声が上がる。…男の立場からすると、笑える話ではないのだが。


「できる限り条件のいい男を、職場で探す。それは彼女達の為でもあるし、家のためでもある。」


「彼女達は、自分以外の女全てがライバルなのよぉ。」


「私達に対する嫉妬もあるわよね。向こうからしたら、そういった物なく生きてるように見えるもの。」


「重いドレス(期待)も、煩わしいコルセット(縛り)もないからね。」


そうそう、と同意するように盛り上がりを見せて。…聞き耳を立ててしまっている手前、出て行くタイミングがつかめない。後ろを見やるが、皆なんとも言えない顔でそれぞれ目をそらしている。


「だから、そう怒らなくていいよ。」


「わかったっス…。」


よしよし、と頭を撫でて立ち上がるイリヤ。なんとも気まずいが、話が終わりそうで良かった。思わず息をつく。が、


「でもっ!姉様達が()()()()()とかは!聞き捨てならないっス!」


「あぁー。」


イリヤは再加熱してしまったドミノに苦笑いしている。


「失礼じゃないっスか!見たこともないくせに!」


「みせびらかすものじゃないしなぁ。」


乾いた笑いで言うイリヤに、隊の者達が笑って。…確かにその、イリヤ隊の者達は本人を含め皆細身というか、凹凸があまりないというか。


「嘘じゃないっスか!姉様達、脱いだらもの凄ムグッ」


「こらこら。そういう事を大きい声で言うんじゃない。」


興奮するドミノの口を素早くイリヤが塞ぐ。…いま、聞いてはいけないことを言いかけていたような。


「ドミノにも支給したじゃない、上下のサポーター。」


「あれがないと、蒸れて大変なのよぉ?」


「それに走ると痛いし、肩は凝るし。」


「ジャンプなんて激痛よね。すれて肌荒れもするわ。」


「私なんて背中がつるの。」


「リリアンの大きさじゃそうなるわよね。」


「大きすぎるのも考え物よぉ。」


わかるわかると、口々にサポーターの有り難さと女性特有の悩みを話し始めてしまった。い、いたたまれないっ。


「重心が前にブレたり痛みがあったりと、悩ましくてな。サラシでは具合が悪くなるし。二年かけて作ったんだ。」


「イリヤ隊長がつくったんスか!?」


「皆に試して貰いながらな。身体の凹凸を無理なく潰し、動きを制限しないように。」


お陰で快適ですよねぇと隊員達は盛り上がっている。それは、その、凄いな。聞こえていた後ろの騎士団達がざわついている。やめろバレる。


「そもそも見た目で選ぶような男など話にならん。」


()()()のって、()()()()()()()()のよね。視線の先が。」


「騎士団とかねぇ。気付いてないと思ってるのかしらぁ。」


「新人団員とか特に露骨よね。」


「まぁ、それを叩き潰す為に演習するんだけれどな!」


はっはっはと大笑いするイリヤ。…いつもイリヤ隊の士気と殺意が高いのはそのせいか。思い至ってしまって頭を抱える。


「1年目はね、仕方ないわ。でも2年目はダメ。ちょうど厳しい訓練が終わって天狗になり始めた頃、鼻っ柱をたたき折るのよ。」


「ほんと、何様なのかしらね。結婚してやるだの、憐れんでるのかしら。」


「あれで相手にして貰えると思っているのが浅はかよねぇ。」


「はぁあ、演習楽しみだ!ボッコボコにしてやろう。」


さんせーい!と笑いながら、イリヤ隊は隊舎へ行ってしまった。残されたのは、そのボコボコにされる予定の団員達を指導している我々。先程の会議書類に並んでいる、2年目の団員達の名前と、演習内容。


「さっさと通り過ぎれば良かった…。」


「俺も2年目の時にボコボコにされたの思い出しました…。」


「確かに調子に乗り始めるよな。」


それぞれ思う所があるのか、八割悲痛な声が聞こえてくる。


「…とりあえず、師団塔で各自新人へ指導を。」


「了解しました。」


ゲルド団長の深いため息と、自分のため息が重なった。苦笑いで顔を見合わせる。新人共は、隊員達にぜひボコボコにされて貰おう。











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