7話 一人じゃないよ
帰りたくなくなる。どうしてだろう。いつからだろう。大学生になってからのような気がする。太陽が傾いて行こうが、俺の帰宅したい気持ちは高まらない。外出しているからって何か用事があるわけじゃないんだけど、ぶらぶらしている。
一人で家にいると出かけたくはならないくせに、一人で外にいると帰りたくなくなる。
「ちょっと、聞いてる? お兄ちゃん!」
「あ、あぁ、聞いてる聞いてる」
「じゃぁ今なんて言った?」
晴夏は俺を見つめて、眉をキリッとさせている。怒っているのかもしれない。
「えっと・・・・・・なんだっけなー・・・・・・ごちそうさまぁ、とか?」
いや、ごちそうさまは俺も一緒に言った。その記憶は真新しい。その後に何か話していたんだろう。
「聞いてなかったんだ」
そう、俺は考え事をしていて晴夏の話を聞いていなかった。
「ごめん」
俺は両手を合わせる。肘がラーメンの器に当たって地味に痛かったけど、今はそんなこと気にしている暇はない。
「何か考えてたの?」
晴夏は不思議そうな顔をした。まるで頭のてっぺんに大きなハテナマークを浮かべている感じだ。本当はそこまで怒っていないのかもしれない。
「うーん。謎でなー」
「何が?」
俺は今さっき考えていたことを晴夏に話してみた。
「お父さんお母さんが恋しくなったとか?」
「ホームシックってやつ? そういうことでは無さそうなんだよね。帰っても暇だしな、一人だしなって思ったら、外にいても一緒かもなって、寒くないじゃん?」
「でも、ママは暗くなったら帰ってきなさいって」
「義務教育のうちはそうなんじゃない? ん-、俺が夜一人で歩いてるところ見かけたとしたら、心配する?」
「する。だって、帰ってくるか不安になる。今の話聞いたら」
晴夏は少し寂しそうな顔をした。
「いやいや、例えばの話だから」
「わかってるけど、ちょっと想像しちゃった」
いったい俺は小学生の女の子に何の相談をしているんだ。なんで不安な気持ちにさせてしまったんだ。本当に情けないけど、俺は晴夏がいてくれることに安心した。それは間違いなく俺を支えていた。
俺は晴夏を支えてあげるつもりだったけど、俺も晴夏に支えられていたんだなと実感した。
「今日は帰るよね?」
「そりゃぁな」
「大丈夫だよ。帰ったら私がいるもん。一人じゃないよ」
ありがと。と俺は呟いた。それを聞いた晴夏は嬉しそうにニコニコとしている。
「後でゲームでもしよ。ゲーム、ちょっと寝るの遅くなるけど、明日日曜日だし良いでしょ?」
「別に良いけど、なんで俺に聞くんだ?」
「あ、そっか・・・・・・いつもパパかママに聞いてるから、ついつい聞いちゃった。お兄ちゃんってパパと身長が似てるんだもん」
ふーんって感じだった。なんとも言えない感情だ。
「お兄ちゃんって、代打の保護者みたいだし」
「まぁ、そうか」
間違えてはいない。
「なんかゲーム持ってるの?」
「うーん。二人でやるなら、レースゲームか、人生ゲームか」
「レースゲームしよう。昔やってて、久々にやりたくなった。人生ゲームはもう少し人数いた方が楽しそうだし」
お昼ご飯を少し遅めに食べた俺と晴夏は夜の八時になって、キッチンに立っていた。今までお腹が空かなかったのだ。
キッチンは晴夏の部屋ということが強引に決められていたので、晴夏の部屋に入っているが、実は初めてだ。引っ越してきたばかりだからか、たいした荷物を持ってきていないだけか、閑散としている。俺の荷物も少しだけ置かれてはいるけど、いつもの癖というか、当たり前に俺の部屋に置いてしまっている。
後でこっちに持ってこないといけないな。
俺はキッチンで晴夏が料理をするのを隣で黙って見ている。
手出ししないで。今日は作ってあげるから。
ということらしい。
狭いキッチンには六個の卵とケチャップが置いてあって、蓋の開いた炊飯器が湯気を出している。
これを見てできあがるものは想像がついた。オムライスだろう。でも、それは言わないでおく。包丁を使う料理でもないし、俺が見てる必要はないんだけど、晴夏がどれぐらい料理が出来るのか見てみたくなった。俺の印象では男より女の方が料理に興味がありそうだから、もしかすると俺なんかよりも色々と作れるのかもしれない。
「お兄ちゃんはオムライス好き?」
カミングアウトするんかい!
と心の中で突っ込んでしまった。何作るかは聞かないでって言ってたくせに。
「何作るか秘密じゃなかったのか?」
「いやー。、ここまで出しちゃったらあバレバレかなぁって」
「それもそうだな」
いただきます。
小さなテーブルで俺と晴夏は正面を向き合い。、手を合わせた。暖かい熱気を感じる、形の良いオムライスが二つ並んでいる。
「なんか俺の方が大きくない?」
晴夏のオムライスに比べ、俺のオムライスは一回り大きく見えた。
「だって、男の子でしょ? たくさん食べるでしょ? 大きくないとね」