6話 一口かじっていいからさ、一回すすらせて?
駅の北側が賑わっている方で、南側にはロータリーがあるだけだ。タクシー乗り場やバス停なんかも南側にある。
北側に着いた俺と晴夏は、半分ほどシャッターが閉まった商店街に目をやる。
「商店街ではよく遊ぶ?」
「うーん、ちょっと前まではゲーセンがあったんだけどね」
「潰れた?」
「うん」
晴夏はゆっくりと商店街に向かっていく。俺はその後に続いた。
「お昼どうする?」
「どうしよっか?」
ここも閉まってるのか。こんなブティックどうやって生計立ててるんだろう。なんて思いながらどんどん奥へと進んでいく。
俺は晴夏より年上ではあるけど、この町に長い間住んでいるのは晴夏だ。その面だけは俺よりも先輩なわけで、晴夏が進む方へと俺は黙って着いていく。
「何処に向かってるんだ?」
「ん? 適当かな?」
「まぁいいけど」
本当にここは土曜日なんだろうか。商店街の他はスーパーがあったりコンビニがあったり、本屋があったり、ファミレスがあったりと、そこそこ必要最低限はお店がある印象だ。だけど、この商店街は中に入ったときの雰囲気というか空気が、一気に衰えた気がする。十年か二十年か、タイムスリップした気分だ。二十年前ってまだ生まれてはないんだけど、テレビで映像を見たことぐらいはある。
俺と晴夏は商店街を抜けた。大通りの向こうの、そのまた向こうぐらいに大きなピンク色の建物が見えている。あれは全国展開されている大型商業施設だ。まぁ俺の田舎には小さな店舗しかなかったけど、まだあそこには行ったことがない。
「あれ、行ったことある?」
俺は大型商業施設を指さした。
「あるよ。前住んでたところの近くなんだ」
俺はこのとき思った。晴夏の家が持ち家か賃貸かは知らないけど、そのまま晴夏が住み続けるわけにいかなかったのだろうか。
「行く? なんかフードコートみたいなのあるよね? そこで食べる?」
「食べる食べるぅー」
晴夏は両手をグーにして、空へと掲げた。身体を伸ばすように、んーっと閉じた口から聞こえてくる。気持ちが良さそうだ。真似てみようかなとも思ったけど、恥ずかしさが勝った。
「気持ちよさそうだな」
「良い天気だもん」
「洗濯物でも干してくればよかったかな。ちょっと溜まってたと思うし」
「私のも溜まってるよ」
「洗えば?」
「ん? 一緒に洗わないの? 一台しか使わないで済むよね。私の部屋にもあるけど」
「年頃の女の子だったら、一緒に洗うの嫌がると思ったのに」
「え? 気にしないよ? お兄ちゃんだから」
「いや、気にしてくれよ」
「やだ」
「なんで」
「好きだもん」
「え?」
好きとは? なんですか? お嬢さん。
俺と晴夏は話しながら歩いているお陰か、すぐに目的地に着いた。
「何食う? 腹減ったな」
「私、ハンバーガーかなぁ」
「じゃぁ俺は・・・・・・ラーメンで、先そっち行く? 払わないといけないし」
「私も財布持ってきてるよ。後で集合で大丈夫だよ。そんなに混雑してないし」
土曜日にしては人が少ない気がした。多分だけど、お昼時を少し過ぎたからだろう。
「わ、わかった」
晴夏はハンバーガー屋さんのレジへと向かった。その背中を見送った俺はラーメン屋へと足を進める。
俺はお金を出してあげるつもりでいた。でも、よく考えたら、晴夏だって両親からお金を受け取ってるだろうし、あまり世話しすぎると、よくないような気もした。決して自分の懐をケチったわけではない。
こうやってお金を使っていくことで、色々と覚えていくこともあるはずだ。たかだか大学生になりたての俺が何を偉そうにと思うかもしれない。
俺は大学に入学して最初の一ヶ月、両親からの仕送りのお金を半分以上残した。光熱費込みの賃貸だから、食費としてだけ渡されていたけど、一日何円使えば一ヶ月食べていけるのかわからなかった。二ヶ月目の今にしてみれば、一ヶ月の日数で金額を割れば済む話だ。なんで、そんなことになってしまったのか。お陰で貯蓄は少しだけある。晴夏と一日ぐらいは贅沢に遊びに行けるだろう。
いつかのために置いておく。
「お兄ちゃん」
お金を払っている俺のところに、トレーを持った晴夏がやってきていた。
「お、早いな」
「ファーストフードだから、そこ座っとくね」
そう言って晴夏は近くの四人がけテーブルへと座った。コトッというトレーの置く音が聞こえる。
「妹さん?」
ラーメン屋の店員の女性に不意に聞かれた。
「あ、え、まぁ」
動揺した俺は肯定してしまう。嘘をついた。正式にはいとこというのが正しいからだ。
俺はおつりとラーメンを受け取ると、晴夏の正面に座った。
「先に食べててよかったのに」
「待ってた」
晴夏は可愛く微笑んだ。
「いただきます」
晴夏は手を合わせる。俺も声は出さなかったけど、手をちゃんとあわせてから、割り箸を割った。
「きれいに割れたね」
ポテトを口に加えながらしゃべる晴夏。
「食べながらしゃべるな」
むしゃむしゃむじゃ。という擬音が正しい。
「はーい」
晴夏はちゃんと飲み込んでから返事をして、ストローを口に加えた。
「なに飲んでるの?」
「コーラ」
「うまいよな」
「飲む?」
「いや、良いよ。ラーメンに合わなそうだし」
違う。本当は間接キスに照れた。たかが小学四年生の女の子に照れただけだ。
「一口かじっていいからさ、一回すすらせて?」
「お、おう、良いけど」
晴夏は席を立つと、俺の隣に来て、俺の箸を取り上げて、三本ほどの面を掴むと、口へと入れて、ズズズズズと音を立てた。そして、レンゲでスープをすくうとゆっくりと飲んだ。その後、トテトテと席に戻ると、少しかじられたハンバーガーを俺に差し出してくる。
「いや、いいよ。そんなに食えないし」
「そう? 遠慮してない?」
「してないしてない」
遠慮をしたわけじゃない。たかだか小学四年生の女の子との間接キスに照れただけだ。
俺はレンゲでスープをすくい、唇につける。そして、ゆっりと飲んでいるとき、まるで時が止まったような感覚に襲われた。
これ、間接キスしてるよな?