1話 この部屋はお兄ちゃんが絶対王政だからな!
ドアを開けると、そこに居たのは・・・・・・。
「久しぶり! キミトお兄ちゃん!」
見覚えのある女の子だった。背の高さからして、百四十センチぐらいだろうか。真っ白なTシャツにハーフパンツで身を包んでいる。
「えっと、ごめん。誰?」
「ひどいなー、忘れちゃったの? 去年、夏休みに会ったんだけどなー」
去年の夏に会った? 確かに俺は子供が好きだ。しか、こんな小学生の女の子に声をかけるほど、犯罪者予備軍ではない。遠くから見つめているのが関の山。
「私のお母さんが、キミトお兄ちゃんのお母さんの妹だって言ってた! それで思い出すだろうって」
そういえば、去年の夏、お母さんの実家へ遊びに行った。そこに小さな女の子がいたことは覚えている。だけど、その子がこの子なのか、まだはっきりとしない。それもそうだけど、俺がこの晴夏と名乗る女の子の存在を忘れていることさえも見抜かれていることに少しばかりイラッとした。
「お名前は?」
「晴夏! 晴れに夏って書いて晴夏!」
俺のお母さんの名前は確か、晴美だったはずず。お母さんの妹さんの名前は知らないけど、晴れ繋がりで名前をつけたとしたら、この子の言ってることは正しい。
「ちょっと待っててくれる?」
俺はポケットからスマホを取り出して、お母さんに電話をかけた。
プルルルルと何回か鳴ったあと、お母さんの声が聞こえる。
「あ、キミト、どうしたの?」
「今さ、春夏って女の子が訪ねてきたんだけど、誰なの?」
「誰って、私の妹の晴子の娘よ」
やっぱりか。俺の予想は当たっていた。まぁ、去年の夏に会ったばかりの女の子を忘れてしまっている俺もどうかとは思うが。
「で、なんでいるの?」
「話せば長くなるんだけどー」
と、お母さんは話し始めた。
わかりやすくまとめると、晴子さんとその旦那さんが遠くに転勤になるみたいで、転校したくないと駄々をこねた晴夏を残すことに決めたらしい。なんの偶然か、俺の一人暮らし先が晴夏の通っている小学校区内にあったらしく、更に大家さんと知り合いということで、勝手に話が進んでいた。
結論、俺の住む二〇二号室の隣、二〇三号室に小学生の女の子たった一人で住むことになったのだ。契約者はもちろん晴夏のお父さんだし、緊急連絡先なんかもお父さんだし、もしなにかあったら俺を頼れ。そういうことらしい。
簡単に信用して大丈夫か? って思うけど、きっと俺のお母さんがうまいこと言ったんだろう。
先ほども話したが、確かに俺は子供が好きだ。もう大学生になったのだから、頼られることは嬉しいけど、ほぼ年齢が一回り違う。色々と周り住人たちの視線みたいなものも気になってはくるだろうし、ちゃんと、決めてしまう前に相談はしてほしかった。
もう今更なんだろうけど。
「信じてくれた?」
晴夏は俺を見上げる。
「ま、まぁ一応」
俺はとりあえず部屋の中へと晴夏を入れた。ドアの方を向いて脱がれた靴。靴の先はちゃんとドアの方へと向けられてはいるが、きれいに整えられているかというと、少し乱れている。
「なるほどー」
俺の後ろから声が聞こえる。
「なに?」
「私の部屋と逆なんだね」
「そうなんだね」
何度も言うが、俺は子供が好きだ。しかし、話なれているかと言われると、そうではない。
このアパートは全室ワンルームだ。玄関を入れば一直線に廊下があって、右手にトイレとお風呂、左手にキッチン、その廊下の真上がロフトで、奥にドアが一つあって、その先が部屋だ。
詳しくは話したけど、まぁ、何処にでもあるような間取りだ。
かなり年下の女の子にため口をされているが、悪い気分はしない。むしろ、小学生の女の子に敬語を使われる方が大人びていて気持ち悪い。 俺は部屋へのドアを開けた。
「なにもないけど、どうぞ」
小さなテーブルと、小さなテレビ。小さな棚に少々の漫画本が入っているぐらいだ。他にはたいしてなにもない。
手ぶらな晴夏は立ち尽くす。
「でー、何しに来たの?」
「どいうやって協力して行くか、キミトお兄ちゃんと相談しなさいって、ママが」
「あー」
あー、そういうことか。
どうやら、家具家電は全部揃っているようで、寝具もあればなんでもあるようだ。
「そんなにもなんでもあるんだったら別々で良いんじゃない? なんかあったときだけ駆け込んでくれれば。鍵開けとくからさ」
「あ、うん、そうだけど・・・・・・」
晴夏は窓際に行って、空を見上げた。
「ちょっとは後悔してるんだよね。パパとママに着いていけば良かったかなって」
「どうして?」
俺は壁にもたれて胡座をかいた。
「ちょっと、さみしい」
「そっか・・・・・・」
まだ小学生なのだから無理もない。夕日が部屋に差し込んでいるんだけど、夕日ってどことなくさみしい気持ちになるもんな。
「友達と離れちゃうのが嫌で駄々こねてたら、こうなっちゃった」
「今、何年生になったの?」
「今ね。四年生」
「じゃぁ、さみしくても仕方ないんじゃない?」
何かやさしい言葉の一つでもかけてあげるんべきなんだろうけど、何も浮かんでこなかった。
「お腹空かない? もう夕方だし」
「空いたかも」
晴夏はお腹をさすって、お腹を見つめた。
「買い物にでも行くか」
「うん!」
俺と晴夏は家を出た。家から一番近いスーパーへと向かう。
「晴夏、何が好き?」
「うーん、お肉!」
「やけにざっくりしてんなぁ」
「そう?」
「引越祝いにステーキでも焼くか!」
俺は晴夏を元気づけようと、見下ろして笑って見せた。
「焼くか!」
晴夏も見上げて微笑んでくれる。
「これ! 炊こう!」
買い物から帰ると、いきなり自分の家へと戻った晴夏は五キロの米を持ってきた。
「美味しいよ! いつもこのお米なんだ」
「じゃぁ、それ炊こうか」
「うん!」
小学四年生ともなると、もうキッチンに立つとき踏み台なんていらないぐらいの身長ではある。
「何センチ?」
「ひゃくさんじゅうはっせんち!」
「ちっさ!」
「ちっちゃくないよ!」
と、つま先立ちで俺を見上げ、少しばかり怒った表情をしている。
よかった。ずっとさみしそうにしてたから、色々な表情が見えてきて、安心する。
「キミトお兄ちゃんもかたかったのが、やわらかくなってきた気がするよ?」
「かたい? なにが?」
「なんだか緊張してるみたいだった」
「バレてたか・・・・・・なんだかはずかしいな」
ごちそうさまでした。
小さなテーブルで晩ご飯を食べ終えた。
「私たちって協力関係だよね?」
「ん、まぁ、そうだな」
「そしたら同じ部屋が二つあるのって無駄だと思わない?」
「どういうことだ?」
「こっちを寝室、あっちをリビングみたいにしたらいいんじゃないかな?」
「ご飯は?」
「あっち」
「勉強は?」
「あっち」
「風呂は?」
「こっち」
「トイレは?」
「それはー、贅沢に二つで! 女子トイレ男子トイレみたいな」
「それじゃぁ風呂も、男子風呂女子風呂でいいんじゃない」
「お風呂のあとはすぐに寝たいもん」
「そういうもんか」
俺はお風呂の後もテレビを見ていたり、散歩したりと起きてはいるけど、そうか、小学生なら普通は寝るか。思い出してみると、俺もそんな小学生時代だった気がする。
「ちょっと待ってて!」
晴夏は部屋を飛び出すと、色々とピンク色のリュックサックに詰めて、背負ってきた。
「なに持ってきたんだ?」
「パジャマとお風呂セット! ワクワクするね! 友達の家にお泊まりするみたい!」
「そうかもな」
「さぁ! お風呂に入ろう!」
「あのさ、行っとくけど、俺、男だからな?」
「あ、そうだった・・・・・・」
Tシャツを腕から抜こうと、バンザイしている晴夏。ピンク色のキャミソールが顔を出していて、めくり上がったシャツで顔は隠れている。こういうところは子供なんだなと実感させられる。
「だから、風呂も分けた方が良かったんだって」
「それだけは嫌、おばけでも出たらどうするの!」
「出ないって」
こういうところもかわいらしい。
結局、廊下部分を脱衣所とすることで解決した。俺は部屋に閉じ込められ、晴夏が入浴中はトイレにも行けないという刑が執行されている。それは仕方ないとしても、今どうして、こうなった。
部屋のど真ん中に二枚の布団を敷いて、二人は天井を見つめて寝っ転がっている。まだ全然眠たくないのだが、晴夏に手を引かれると、ついて行かざるを得ない。なんだか言われるがままに動いていたら、とりあえず、晴夏を悲しませないように振る舞っていたら、こうなった。
「今日だけだからな」
「なにが?」
「俺がなんでも、言うこと聞くの」
「どうして?」
「だってここ俺の部屋だし」
「私も使うよ?」
「この部屋はお兄ちゃんが絶対王政だからな」
「今、自分のこと、お兄ちゃんって言った?」
「言ったけど・・・・・・」
咄嗟に言ってしまい、顔が赤くなった。部屋の電気を消していたことが救いだ。
「ねー、ぜったいなんとかってなに?」
晴夏の顔が動いた音がした。視線を感じた俺は晴夏の方を向いてみる。暗闇でも少しは窓からの月明かりが差し込んでいて、うっすらと晴夏の顔が見えた。
「絶対王政っていうのはな、この部屋では俺の言うことが絶対だってことだ」
「へー、なんで?」
「いやだから、俺の部屋なんだって」
「ふーん」
「ふーんってなんだよ」
それから他愛のない話をしていたら、いつの間にか晴夏は寝息を立てて、俺に背を向け眠っていた。