プロローグ
勝者の宴が始まるまであと十数分。
姿見に映っているのは純白のウェディングドレスを纏った私。
並みいる敵を払いのけ、見事彼の心を射止めた私の武勲の結果。
彼の伴侶となる私の勝利の証。
本日を以て私は『日生純香』から『大河純香』となり、彼と共に同じ人生を、未来を歩んで行く。
“すごく綺麗だ”
12年前に呟いた彼の言葉を思い出してふと笑みが零れてしまう。
ドレス選びは、彼には同伴して貰わず身内だけて選んで決めた。私のウェディングドレス姿を彼に今日初めて見せて驚いて貰うため。
全ては今日この日にもう一度その言葉を聴くために。
今度こそ私に向けて囁いて貰うために。
彼からその言葉を聴いた時、私は本当の勝利をこの手に掴むことが出来るのだ。
人払いを済ませた新婦側控え室には、私と、彼の妹の『大河愛海』の2人だけしかいない。
高校三年生である彼女はドレスアップなどはせず、高校のブレザー姿を身に纏っている。
綺麗な黒髪の姫カットに整った顔立ち、魅惑的な瞳の持ち主である彼女は高校一の美少女として名を馳せている。女の私が見てもその美貌に思わず見惚れてしまう。
彼女と二人っきりなのには理由がある。
何故ならこれから始まるのだから。
私と彼女の最終対決が。
「……許さない」
控え室のドア越しにたたずむ彼女の、小さな声だけどその怨嗟の込めた呟きは私の耳にはっきりと届いた。
「私から兄さんを奪った……」
奪ったのだ。だって私も彼が欲しかったから。
「私に注がれてた愛情をあんたが盗んだ……」
彼が妹に溢れんばかりに与えてた愛情が羨ましかった。
「あんたさえ、あんたさえいなければ……」
私も何度あなたと同じ事を思ったか。「あなたさえいなければ」と。
「兄さんを、兄さんを返せ、この泥棒猫!」
絶対返さない、絶対渡さない。彼は私のモノで、私は彼のモノだから。そして数分後には誓うのだから。病める時も健やかなる時も二人は一生共にするのだと。
だからたとえあなたが嗚咽を溢しながら、その右手に握られたナイフで私を脅そうとも私の意思は変わらない。
これ程勝敗の決した姿はないだろう。勝者たる私はナイフを向けられていて尚、余裕の笑みを浮かべ、負け犬の彼女は泣きじゃくりながらナイフを構えている。
この両極端な私達の姿にこそが結果を表しているのだ。彼に選ばれた者と棄てられた者、勝者と敗者、勝ち組と負け組。
私は両腕を広げ、彼女にトドメの一撃を放つ。
「愛海ちゃん、彼は私と結婚するの。彼は私を愛しているの。あなたではなく私を……」
無言でナイフを構え直し、私に向かい突撃する彼の最愛の妹。その瞳は覚悟を決めた時の彼の瞳と瓜二つだった。
「……私を選んだの」
私の胸に冷たいモノが当たる感触と同時に12年前に初めて彼と出逢った時の記憶が頭に流れた。
“すごく綺麗だ”
もう一度聴きたかったな。
次回 12年前の回想編がスタート。