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そして、腐蝕は地獄に――  作者: ヰ島シマ
第六章 遊猟区域
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89.嬉し涙の味 ― 1

「ケランダットくん、魔物料理に欠かせない物は何か分かるかな?」

「なんだよその呼び方……だから……肉だろ……魔物の……」

「違いまーす! 正解は”毒見役”でーす! というわけで、まずは適当に人間を(さら)ってこよう!」

「えぇ……?」


 ケランダットは屈託のない笑みを浮かべて先をゆくベルトリウスの背を追いかけた。

 タハボートとは別の国へ降り立ち、まず目についた二人組の旅人に襲い掛かり、気絶させる……。


「毒見役確保〜! あとはガガラの城から道具や食材なんかを分けて貰って、地獄でうまそうな魔物を狩れば調理段階に進めるぞ!」

「全てが急すぎるんだが……そもそもうまそうな魔物なんて存在するのか……?」


 目まぐるしく変化する光景にすでに疲労困ぱい気味のケランダットは、げっそりとした顔付きで、捕らえた旅人二名を連れてクリーパーの中へと飛び込んだ。



 続いてガガラの城へと移動したベルトリウス達は、内庭にいた人形兵士に旅人を見張らせて厨房へと向かった。

 まだ日が高くにあるうちから夕餉(ゆうげ)の準備に取り掛かる使用人達に、大鍋を初めとした調理器具から、野菜や香草などの食材を分けてくれるよう頼み込む。すると……。


「差し上げても構いませんが、その前にお嬢様が”上の私室まで挨拶に来るように”と、おっしゃられております」

「なんだよ、お前だって”エイレン”なんだろ? 必要な話なら今ここでしろ」

「対面でなければ意味がないのです。注文の品は一式揃えておきますので、その間にご挨拶を」

「はっ……わざわざ俺に会いたがるとは、一体どういう了見だ?」

「お部屋に向かわれれば分かります」


 人形である使用人は(うわ)(つら)な笑顔を浮かべた。

 ベルトリウスとケランダットは言われた通りに上階へ向かった。久しく訪れる少女達の花園に無遠慮に足を踏み入れると、天蓋(てんがい)付きの豪華なベッドに寝転がっていた金と銀の二つの頭が、同時にこちらを向けられた。


「復興を手伝った礼でもしてくれようってのか?」

「私があなたに感謝なんてすると思う? あなたを呼び出したのは、イヴの頼みだったからよ」


 斜に構えるベルトリウスに対し、エイレンは無愛想に答えた。

 ベルトリウスは尾の先をゆっくりと左右へ揺らしているイヴリーチへと視線をやった。ランカガとの戦いの後、先に復活させられたのはベルトリウスの方であった。目を覚ますなり巨人ノッコや建築修繕に長けたトロータンと共に地上へ送られ、人形達と協力して街中の建物を元通りに直して回った。

 数日間の滞在中、後から送られてきたイヴリーチとは一度も顔を合わせることはなかった。作業が終了した時も、偶然通り掛かったエイレンに一言告げて引き上げきたので、こうして対面するのは死の間際以来であった。


 イヴリーチはベッドから抜け出すと、するりとベルトリウスの前まで移動し、真紅の瞳でまじまじと紫眼を捕らえた。


「あの時……西手を相手にした時、私お兄ちゃんの言うことを聞かずに捕まっちゃったでしょ? だから、そのことを謝りたくって……」

「ああ、あれか。もう終わっちまったことだ。最終的に勝てたんだし気にする必要はないぞ」

「そう言ってもらえてよかった。でも……ごめんね、()()()()()()()()()()()()()()()



 その瞬間、ベルトリウスの体に強い衝撃が走った。

 イヴリーチが彼の死角から尾を放ち、腰に重い一撃を食らわせたのだ。



 ベルトリウスは勢いよく壁に叩き付けられた。痛みは感じないが、内臓が破裂して物凄い量の血が腹部からせり上がってくる、苦しさを伴わない何とも形容し難い感覚に襲われる。

 突然我が身に降りかかった悲劇に、ベルトリウスは驚きの表情を露わに床に崩れ落ちた。


「ヴぶぉ”ッ”―― !? ゔッ”、べっ……!?」

「お兄ちゃんのせいじゃないって分かってるんだけど、”エイレンを殺せ”って言われた時、私すっごく傷付いちゃったから」

「バッ―― !? 何してんだこのガキっ!? 大丈夫かベルトリウスっ!!」

「あっはは!! イヴさいっこう!! もっとやっちゃえばいいのに!!」


 イヴリーチが冷たく見下ろし、エイレンが歓声を上げる中、ケランダットは慌てて吹き飛ばされたベルトリウスの元へと駆け寄った。血を吐きこぼす相棒を抱き起こしながら損傷部分に目をやると、ひしゃげた腹が徐々に厚みを取り戻し、異常な速度で回復しているのが目に見えて分かった。


 ひとまず死にはしないと安堵したケランダットは、射殺さんばかりの鋭い目でイヴリーチを(にら)み付けた。

 対してイヴリーチはツンッと顔をそむけ、一切悪びれる様子なく意見した。


「先に酷いこと言ったのはお兄ちゃんだもん。おじさんは関係ないんだから口出ししないで」

「あ”あ”!? てめぇガキ相手だったら俺が何でも許すと思ってんのか!?」

「イヴが言ってるでしょ、先に酷いことしたのはそっちなの。あなたも変な人だね……その男の何が良くて一緒にいるの? あなたも散々酷い仕打ちを受けてるくせに……」

「受けてねぇよ酷い仕打ちなんてっ!! 今だって俺のために働いてくれてるっ!! 何も知らねぇ奴がこいつを語ってんじゃねぇぞっ!!」


 ついにイヴリーチも怒りの対象となってしまったケランダットは、疑問と同情が入り混じったエイレンの問い掛けに声を荒らげた。

 悪い付き合いにはまってしまった哀れな男に、少女二人は気の毒そうに静かに見据えた。


「おじさんの方が何も知らないじゃない。もうお兄ちゃんに夢見るのやめなよ」

「夢だぁ!? 俺がいつ――」

「グッ……くっくっ……!! イヴリーチっ、エイレンっ……おまえたち、俺のことがよぉく分かってきたじゃないかっ……! ふぐっく……くっ……!」


 慌ただしかった室内に、少し力の弱った薄ら笑いが響く。

 少女達は声の主であるベルトリウスではなく、彼を支えるケランダットの方をじっと見つめた。


 ケランダットの怒りはブクブクと膨れ上がっていく。

 それは直前に口論をしていた少女達だけに育てられたものではなく、己の好意を踏みにじり続ける眼前の相棒のせいでもあった。

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