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そして、腐蝕は地獄に――  作者: ヰ島シマ
第三章 口腹の幸福
41/103

41.色々

 魔物には空を飛ぶ者もいる。エカノダの領地にもよく上空を素通りする影を見掛けるが、これといって害を及ぼすことがなかったため見過ごされていた。


 地表を歩いて移動する者もいれば、飛んで移動する者もいる。それだけの話だ。

 ただ、今まで好き放題に領地を横断していた彼らにとって、捕食者がいきなり下方に現れたことは災難と言えるだろう。

 フポリリーはいつも通り素通りを決めようとしていた上空の魔物達にツルを伸ばし、捕らえた獲物を中央の雌しべに突き刺して中身をチュウチュウと吸い上げていった。内蔵は嗜好しこう品として味わい、魂は幹と連結したエカノダの卵へと直送するのだ。


 食虫植物の如きおどろおどろしい姿で敵をむさぼり食う怪花に、根元にいた獄徒達は頼もしいやら恐ろしいやらで呆然と首を上に向けるしかなかった。


「美しさの中の凶悪さ……フポリリーね、気に入った。魂が湧く池も手に入れたことだし、これで供給は安定してきたわね。ベルトリウス、お前の能力を上げてやるから要望を言いなさい」


 満足げに呟いた後、エカノダは空を見上げるベルトリウスに向かって言った。

 ベルトリウスはカイキョウでの戦いを振り返り、思い付く問題点を挙げた。


「広範囲に毒をまき散らせるようにしてもらいたいですね。仕込みをしなくても相手の頭の上に毒の雨をお見舞いできる……みたいな。とにかく攻撃の手が増えれば今後の活動が楽になりますからね。あと、肉体の再生力も上げてもらいたいです。げた肉だけじゃなくて髪も元通りに生え直してくれれば、いちいち地獄に戻って態勢(たいせい)を立て直す必要もないですし」

「そのくらいなら今の蓄積量でも問題ないわ。他には?」

「他……じゃあ、この肌もお願いします」

「肌?」


 エカノダは目をパッチリと開けて、ベルトリウスの露出している赤黒い肌に目をやった。


「襲撃前に街中で酔っ払いに絡まれて、危うく兵士に捕まるところだったんですよ。この色じゃ病気持ちだと思われて目立っちまうし、何とか元の色に戻せませんか?」

「まぁ、できなくはないけれど……私は今の方が魔物らしくていいと思うけどね」

「らしいとかじゃなくて、潜入活動を円滑に進めるためなんですよ!」

「はいはい、うるさいわねぇ……全部叶えてあげるから中に入りなさい」


 エカノダがシッシッと動物を追い立てるかのように手を払うので、ベルトリウスはぶつくさと文句を吐きながらフポリリーの根が絡まる卵の中へと進んでいった。


 卵の操作を行う前に、エカノダは部屋にいる他の獄徒に指示を出した。


「イヴリーチとトロータンは崩れた天井を整えなさい。フポリリーが窮屈な思いをしないように気を付けてね」

「えぇー、これ直すんですかぁ……?」

「当たり前じゃない。このままでは見栄えが悪いもの」

「コォーーー……」


 イヴリーチとトロータンは溜息を吐きながら再度合体し、太く固くなったフポリリーの茎を伝って、天井から外に出ていってしまった。

 エカノダは残りの一人に向き合った。


「マギソン……今はもうケランダットだったわね。お前はどうする? 強化するところが多いから長いこと掛かるわよ。一応獄徒のために個室も作っておいたから、そこで待つこともできるけど」

「どこで待ってようが、やることがないのは変わらない。さっさと終わらせろ」

「へぇ……えらくしつけられたじゃない。まるで忠犬ね。待ての上手なこと」


 ケランダットはおちょくるエカノダを無言で(にら)み付けた。

 暇だから待つだけだ。部屋があると言われても通路が暗すぎてどこが誰の部屋だか分からないし、移動先でも手持ち無沙汰(ぶさた)には変わりないのだから留まるだけだ。

 彼女の何かにつけて怒りを煽る言い方はケランダットを苛つかせた。権高な態度が貴族時代の周囲にいた女共を思い出させる。カイキョウで弱っていた時は心身の状態と物理的な距離のお陰でマシに……大仰に言えば恋しく思えたが、こうして会話しているとそんなこともなかったなと一気に気持ちが冷めた。


 刺すような視線にエカノダは”怖い、怖い”と含み笑いをすると、先程のように卵に手をつき、ベルトリウスの強化を進めるべく手元に意識を集中させた。

 ケランダットは舌打ちをして部屋の隅の壁に背を預けて座り込んだ。頭上からはペチャペチャと妙な修繕音が聞こえる。貫通した穴が徐々に塞がれ、フポリリーの茎と天井との隙間が埋められてゆく。屋内に降り注いでいた荒野の赤みがかった空の明かりは、木漏れ日のように、ささやかなものになっていった。



 ケランダットはうたた寝をしながらも、女王の後ろ姿と巨大な卵を交互に見つめて待ち続けた。

 強化が始まってから一時間は経過しただろうか。ようやくエカノダが卵から手を離し、女性の中では高身長の部類に入る彼女の背後から、頭一つ分大きな人影が現れた。ベルトリウスだ。


 目をつぶっている状態で卵から吐き出されたベルトリウスは、爪先に力が入らないのか上手く受け身を取ることができずに、顔面から床へ倒れ込んでしまった。

 ピクリとも動かない友にケランダットが”大丈夫なのか”とエカノダに尋ねかけたその時、くぐもった(うな)り声が伏せた男からしぼり出された。


「ぅぅ”……にかいめ……さんかいめ、だっけ……? なれねぇなぁ……」

「自力で意識が戻るようになっただけ進歩してるわよ」


 ふらつきながらも体を起こして倦怠感をぼやくベルトリウスに、エカノダは近付いてその変化を確認した。


「しょうもない見た目」


 卵に入る前の赤い肌色を気に入っていたエカノダは、落胆の声を漏らした。確かにベルトリウスの肌は濃赤から褐色へと変化していた。誰がどう見たって普通の人間の男であり、魔物だと紹介されても以前にも増してくだらない嘘と見なされるだろう。

 これで、いちいち悪目立ちすることもない。外見を理由に道端で酔っ払いに呼び止められることもなくなるはずだ。


 ベルトリウスは手足の色を確認すると、人間時代の懐かしき肌に歓喜の声を上げた。 


「おおおおっ、この健康的な肌!! ようやく元の俺だ!!」

「何よ、潜入活動のためとか騒いでたくせに普通に喜んでいるではないの」

「そりゃあ嬉しいですよ!! これで完璧な男前に戻れたんですから!!」

「さっきも今も、そう変わりはしないわ」

「変わりますって!! 分かってないなぁ!! ……お、ケランダット! 見ろよ、これで街で絡まれずに済む!」


 隔てるように立っていたエカノダを軽やかに避けると、ベルトリウスはニッコニコの笑顔で両手を広げ、自慢の容姿を見せつけた。


 周囲との温度差を物ともしない、かなりの浮かれっぷり。

 ケランダットは数秒の間を置いて答えた。


「余計軟派(なんぱ)野郎に見えるな」

「ここには素直な心と審美眼しんびがんを持った奴はいねぇのか?」




◇◇◇




 ベルトリウスは城を出て、少し離れた荒野に移動した。

 最近はよく同行者が眠りについた深夜の空き時間に能力の訓練を行っていた。体の至る所から瞬時に毒を発生させたり、物体の内側に仕込んだ毒を遠隔で破裂させたりと、持て余す時間を有効に使って着実に熟練度を上げていた。


 まずはラズィリーの炎を鎮火させた時のように、全身から大量の毒を溢れさせてみる。馴染んできた感覚を活かせば、すぐにドバァッ! と滝のように毒が放出され、辺り一面に大きな水溜りができた。

 ずぶ濡れのまま、次は目に付いた近場の枯れ木を敵に見立てて、木の上に毒の塊が浮かぶように頭の中で思い描く。すると、何もない空中にブクブクと茶色い水の塊が生まれ、人の頭くらいの大きさになると成長を止めて静止した。

 できるだけ広い範囲に拡散するよう念じると、浮遊する塊はブシャアッ! と勢いよく(しずく)を弾き飛ばした。毒の塊は望んだ通りに広範囲に散らばり、枯れ木や地面に張り付いて侵蝕の音を奏でた。



 能力の発動は何ら難しいことではない。頭の中で想像し、体に力を込めて放つだけだ。他の魔物は違うのかもしれないが、少なくともベルトリウスはそうするだけで毒を操ることができた。今回の強化で得た力も難なく発動したので、これなら本番の戦いでも充分活躍できるだろう。

 残念なのは毒を使用すると肌がまた腐肉のような赤黒に変色することだ。時間が経過すれば褐色に戻るので、人目につく場での使用さえ避ければ問題はないのだが……。



 一通りの確認を終えたベルトリウスは、離れた所で試し打ちを見物していたケランダットの元へ向かった。そして茶色く(にご)る一帯を指差し、ある頼み事をした。


「あそこ、また光で焼いといてくれ。領地が荒らされちまう」

「俺に汚物処理を押し付けるな。自分で出した物だ、自分で消せねぇのか」

「いやぁ、一度体から離れちまったやつはどうにも戻せなくてな。頼むよ」


 ケランダットはフンッと鼻を鳴らし、面倒くさそうに振る舞いながらも詠唱を始めた。浄化の光が毒を焼き消してゆくその隣で、頼み込んだ本人は皮膚の表面に残っていた茶色い雫を体内に引っ込ませ、訓練を始める前に脱いでいた服に袖を通していた。


「わざわざ脱ぐ必要があったのか?」

「着たまま技の練習してたら服までずぶ濡れになっちまうだろうが。乾燥したとしても毒を吸った服なんて、どこでどんな被害を及ぼすか分からねぇしな。予防だよ、予防」

「まぁ……」


 割とまともな理由で返され、ケランダットは納得したような、しないような曖昧(あいまい)な返事をした。如何せん胡散臭(うさんくさ)い男が言うと何でも怪しく聞こえてしまうのだ。


 毒が消滅するのも時間の問題なので、二人は城に戻ることにした。

 とりあえず、エカノダを初めに発見した玉座の間に向かう。暗い道を抜けて行くと、やはり彼女は足を組んで座っていた。


「どう? 満足のゆく強化だった?」

「敵に使ってみなきゃ分かりませんが、おおむね満足です」

「つまらない反応ね……これこそ両手を上げて喜んでほしいものだわ。まぁいい、次の仕事よ」


 玉座から降ってきた新たな命令に、二人は休む暇もないのかと揃って溜息を吐いた。

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