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そして、腐蝕は地獄に――  作者: ヰ島シマ
第一章 出会い、敗北、勝利
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17.卑怯者

 一人、また一人と、イヴリーチはその場にいた人間達に思いの限りをぶつけた。しかし、少女の心は晴れない。商会に携わる者は他にも大勢いるはずだ。あぶり出して滅殺しなければ、この復讐に終わりは訪れないのだ。




 イヴリーチが周辺を血の海に変えている最中、ベルトリウスは彼女から存在を伝えられていた地下室を探していた。物置小屋や家の中に入り、それらしい扉がないか見て回っていると、三軒目の家のベッドの下で不自然な取っ手の影を発見した。

 ベッドをずらして現れた両開きの木の扉を開けると、きしむ音と共に奥から放たれた冷気が体をすり抜けていった。


「ここにもいるの?」

「ぬおっ!?」


 音もなく気配もなく、いつの間にか真横に並んで扉の奥を凝視するイヴリーチに、ベルトリウスは思わず飛び退いてしまった。たくさんの人の血を浴びた少女は胴部分は勿論のこと、口元にもべったりと鮮やかな(べに)を付着させていた。


「そいつ大丈夫なのか、人の首にかぶり付いてたぞ」


 正気を疑うような目で訴えかけるマギソンも交え、三人は怪しげな入口を取り囲んで見下ろした。


 地下に作られる部屋というのは大抵が手狭なものだ。ここは胴体の大きなイヴリーチには我慢してもらい、ベルトリウスとマギソンの二人で中を確認しにいくことにした。

 二十段ほどあった階段を下ると、先には明かりのない一本道が続いていた。少し進むと通路に面して建てられた(おり)が何部屋も連なって現れ、地下室がどういった用途で使用されていたのかが窺えた。

 それにしても、天井が近いこの空間は体格の良い二人にとっては窮屈(きゅうくつ)で仕方なかった。膝を伸ばして歩くベルトリウスが脳天すれすれで通っているのだから、それよりも背の高いマギソンは腰から上を丸めて歩くしかない。

 ここで敵に遭遇したとして負ける気はしないが、普段より戦うのが億劫(おっくう)なのは確かだ。


 だが、それも杞憂(きゆう)に終わった。

 突き当たりにある一番大きな檻の中に潜んでいたのは、イヴリーチと同じような年代の子供ばかりだった。


 裏で流す商品の一つなのだろう。十代後半とおぼしき年長の少女は、自分より小さな子供達を守るように抱き寄せ、こちらに反抗的な眼差しを向けている。


「わたしたちに……何をするつもり……?」


 上の狂騒が届いていたのか、年長の少女は恐る恐る尋ねてきた。

 最奥のこの区域にも明かりがないため向こうには見えていないかもしれないが、ベルトリウスは得意の薄っぺらい笑顔を浮かべ、子供達が怯えないように柔らかな口調で語り掛けた。


「もう大丈夫だよ、俺は君達を助けに来たんだ。ここで怪しいことをしてる奴らがいるって情報が入ってね、調査に訪れたら急に襲われたものだから……反撃したんだ。でも、君達に危害を加えるつもりはないから安心してくれ」

「ほ……ほんとう? わたしたち、助かるのっ?」

「あぁ、今出してあげるから待っててね」


 その詐欺師のような口振りにまんまと騙され、子供達は歓喜の声を上げた。

 マギソンはよくやるもんだと呆れた。魂の回収を目的としている魔物が、女だから子供だからと容赦するはずがないのに。……現に一度、イヴリーチを殺している。


 しかし、劣悪な環境で監禁されていた子供達にとって彼の言葉は一条の光だった。疑うことも忘れ、皆で解放の喜びを分かち合っている。


「俺は一度上に戻って檻の鍵を探してくるよ。ここに仲間を立たせておくから、一緒に待っててね」

「はいっ、ありがとうございます!」


 ベルトリウスは”頼んだぞ”とマギソンの肩に軽く手を置き、来た道を引き返していった。

 残されたマギソンは”どうやってここまで来たのか?”、”上の悪党達はどう対処したのか?”と矢継ぎ早に質問を放たれ、(わずら)わしさに深い溜息を吐いた。


「あっ、ごめんなさい……ずっと閉じ込められていたから、助かると思うとついはしゃいじゃって……」

「……いや」


 こんな短い返事にも少女は安心したようにホッと胸を撫で下ろす。マギソンはこの後の落差を想像してキリキリと腹を痛ませた。

 ふと……暗闇の中だというのに、隣の子にもたれ掛かってこちらを見つめている端の子供と目が合った。


 ―― 少年だ。出会ったばかりだというのに、信頼のこもった瞳を向けてくる。子供特有の、大きな目で……。




 途端、強烈な吐き気がマギソンを襲った。

 慌てて手で口を塞ぎ、ギュッと強く目を閉じる。記憶に染み付いてしまったあの目を必死に忘れようとするも、目は消えるどころか、より鮮明に形を成してマギソンを追い詰める。


 目……子供の大きな目……クリッとした、あの(けが)れのない目が当の昔に捨てた過去を思い出させる。


『お父様が言ってたよ、お兄様は――』


 まだ変声期を迎えていない少年の声が頭に響く。

 口に当てていた手を離し、今度は両耳を塞ぐ。震えだした体は止まらなくなっていた。呼吸が荒く苦しい。奥歯を痛いほど噛み締めても、ガチガチと小刻みに鳴る音は防げなかった。

 目を閉じているのに、あの無邪気な笑みが闇の中で己を嘲笑(あざわら)う。耳を塞いでいるのに、女子のように高い含み笑いが後ろ指をさす。アハッ、アハハハッ!



 やめろ……笑わないでくれ……笑わないでくれっ……笑わないでくれっ……!!



『卑怯者――』

「やめろっ!!!!」


 マギソンは叫んだ。そして自分の発した声で我に返ると、見えたのは監禁されていた子供達の怯える表情であった。


「す、すみません……何かしてしまったのなら……」

「いや……違うんだ……お、俺は……」


 居ても立っても居られず、子供達に背を向けた。あの大きな目で見つめられると駄目だ、どうにも思い出してしまう。


 マギソンは懐をまさぐって喫煙道具を取り出し、立ちながら器用に紙を巻いて火をつけた。

 ラトミス……これだけが頼りだ。誰が何と言おうと、このまやかしなしでは生きていけない。肺いっぱいに甘い煙を吸い込めば、どれだけ嫌な記憶だろうと(かすみ)をかけてごまかしてくれる。

 もう思い出したくないんだ……見せないでくれ、そんなもの……おかしくなってもいいから……。


「あっ! てめぇ、またやってんのか!」


 ほうけた頭に最近聞き慣れてきた声が反復する。いつの間にか戻ってきたベルトリウスが気に食わなさそうな顔をして正面に立っていた。

 マギソンは揺れる瞳でベルトリウスを(とら)えながら、もう一度肺を煙で満たした。そう……ラトミスに縋ればいつもの”マギソン”になれる。これさえあれば大丈夫だ。幻影だって消してくれる。これさえ……これさえあれば……。


 ……目を据わらせたマギソンは何も言わずベルトリウスの横を通り抜けると、一人で地下室から出ていった。


「おいこらっ、後で話し合いだかんな! ったく! ……さぁ、お待たせ。連れてきたよ」


 ベルトリウスは小さくなる背中に向かって叱咤(しった)した後、何事もなかったかのように子供達に微笑みかけた。

 だが子供達は、鍵を取りに行くと言って消えたはずの男が何者かを連れてきたことに訝しさを覚えていた。


「あの……連れてきたって、誰を?」


 年長の少女が檻の中で眉をひそめながら尋ねた。近くでシュルシュルと地に縄がこすれるような耳障りな音が聞こえ、少女は発見した時と同じように他の子供達を抱き寄せて身構えた。

 その様子を受けて、謎の人物は戸惑いの言葉を口にした。


「お兄ちゃん、どうして私をここに……?」


 動揺する声はイヴリーチのものだった。

 声でしか判断できない地下の子供達は他にも捕まっていた被害者がいたのかと勘違いした。ただ何故、その子をこの場に連れてきたのかが分からなかった。


 ベルトリウスはイヴリーチにもっと檻のそばに寄るよう促して己は後退し、萎縮する小さな肩に手を乗せて優しく囁いた。


「イヴリーチ、君が殺すんだ」

「えっ……」

「ちょっ、何を言っているのっ!? 助けてくれるんじゃないのっ!? ねぇっ!?」


 イヴリーチの控えめな反応は、檻の中の少女の叫びにかき消された。喜びから一転……予想だにしない絶望へと突き落とされた子供達はそれぞれ悲痛な嘆きを放った。


「やめて!! やめてよ!! じゃあ何でさっき助けるって嘘ついたのよっ!?」

「やだ……こわいよぅ……っ」

「お願いします!! そんなバカなマネはよして!!」

「ゔぇぇぇーーーーんっ!! おがぁち”ゃーーーーんっ!!」


 まだ舌足らずな子供さえ死の恐怖に泣き叫んでいる。密閉された空間で反響する悲鳴の波に飲まれ、イヴリーチは次第に浅い呼吸の律動を早めていった。ベルトリウスは手のひらから伝わる焦りや混乱の感触に恍惚(こうこつ)の表情を浮かべ、小さな背中からもたらされる言葉を待った。


「お、お兄ちゃんなんで……? この子たち悪いことしてないのに……できないよ……」

「ああ、確かにこの子達は君と同じ被害者だ。悪いことは何もしていない。イヴリーチが殺さないって言うんなら、全員無事に解放してやるよ」

「う、うん……じゃあ、解放してあげ――」

「いいよなぁ、この子達は。何の犠牲も払わずに五体満足で幸せな家庭に戻れるんだ」



 ベルトリウスの言葉に、イヴリーチの思考は停止した。


 妹を失い、復讐のために自身の命をなげうって異形の力を得た。それなのに、この子供達は何も失うことなく、運良く助けが来たから無事に帰れる? 温かな家族の元や、愛する故郷へ?

 ……そんなのは許せない。何の代償も払わずに、のうのうと笑って暮らせるなんて……そんなのは……。


「卑怯よ!!!!!!!!」


 イヴリーチは長い胴をしならせ、尾を極太の鞭のように振って子供達に叩き付けた。両者を隔てていた檻の鉄格子(てつごうし)は木の枝のように容易く曲げ折られ、子供達が背中を預けていた石の壁も崩壊してしまうほどの衝撃が真横一列に与えられた。

 全員一撃で即死したのが、せめてもの救いだろう。それでも尚、イヴリーチは繰り返し尾を叩き付けた。


「許さない許さない許さないっ、誰も幸せにさせないわ!!!! 私が愛する者以外死んでしまえばいいのよっ!!!! お前らも死ねっ、死ねっ!!!! 誰が助けてなんてやるもんか!!!! 死ねっ!!!! 死ねっ!!!! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 髪を振り乱し、錯乱状態で聞くに()えない罵りの言葉を吐き散らすイヴリーチ……その姿はまさしく狂気の権化(ごんげ)であった。彼女の荒れ狂う様のどこが面白いのか、ベルトリウスは肉塊でいっぱいになった檻の前で腹を抱えて笑っていた。


 一足先に陽のあたる場所に出ていたマギソンは穴蔵(あなぐら)から流れくる悲喜(ひき)の協奏を閉じ込めるかのように、扉を閉めて上にベッドの脚を乗せて(ふた)をして、また一本新しい煙草を巻いて火をつけた。

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