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主人公は、私です。


 (わたくし)は、ジルの言葉を一つ一つ思い返しながら、一生懸命なジルを抱きしめてお礼を言いました。ジルの気持ちは嬉しいし、話にもおかしなところはありません。



 けれど。



 嘘、ですね。



 いいえ。嘘、ではないかもしれません。



 けれど、本当でもない。


 多分、ジルの、ほんの一部の話ですね。



 私はジルから体を離して、一歩、下がりました。ジルの両手が私の肩を名残惜しそうに、撫でていきました。



 私はまっすぐ、ジルに向かって問いかけました。


「ジル。ジルの目的は、王妃の手紙の解読だけじゃないよね。手紙の謎は、私が王太子ディミトリと結婚してても、頼めたはず。」


 ジルの表情が、柔らかくなりました。


「それでもジルが、私にこだわったのは、なぜ。」


 ジルの柔らかさの中に、固さが混じりました。



「君を、愛しているから。そう、言ってる。」



 愛とは、なんでしょうか。



 確かに、突然生まれることもあるでしょう。運命の二人なら。


 けれど私達は、「惹かれ合う運命の二人」ではありません。私はジルのサポートキャラです。会って、愛が芽生える。そのようなことは、あり得ません。


 それは、何の制限もない、自由奔放なあの物語の中でさえ、禁忌なのです。


 主人公であるジルが、サポートキャラである私と恋におちたら、ゲームが進まないからです。



 そもそも、私がサポートキャラではなかったとしても、人と関わることが苦手なジルが、簡単に、人に惹かれるとは思えません。


 あの第七図書館で、私と会っていたジルが、私のことを好きだったと言われても信じることができません。私達の間に、友情はありました。けれど、愛情は、見た記憶がありません。


 私が可愛いと書いてあるあの手紙、あれは、ジルが後から作ったに違いありません。私を最初から愛していたと、私を騙すために、ジルが作ったのではありませんか。



 ジルには、私にこだわる理由が、手紙の解読以外にあるのです。


「さっき、自分でも言ってたじゃない。私を、見てなかったって。ジルは、何を誰を見てたの。ジルが見てたのは、私じゃなくて、王太子ディミトリ。そうでしょ。」


 ジルが、目を細めました。その顔に、表情はありません。


 私は、静かに、続けました。


「私を愛していて、私が欲しいだけなら、堂々と、告白すれば良かった。私とディミトリ殿下は、まだ、婚約すらしていない状態だった。」


 私はジルと会った頃、王太子とも、アシュリーとも婚約していない、自由な身でした。


 王子なら、私を望むことができたはずです。私を、直接、公爵であるお父様に。そしてお父様は喜んで、私とジルを応援してくれたはずです。


「無理だ、フローレンス。確かに、正式には婚約してなかった。でも、ディミトリは君を望んでいて、俺では、とても無理だった。殺されるかもしれない。そう、思ってた。だから俺は、策を練るしかなかった。ディミトリを怒らせず、君を手放してもらう、策を。」


 なるほど。話に、筋は通っていますね。


 けれど。


「ジルはなんで、エミリー王女を、連れてきたの。」


 ジルは静かに私を見下ろしています。


「他にも、来てくれそうな王女はいるのに。ディミトリ殿下好みの、王女が。沢山。」


 妻子がいても、嫁いでくれる他国の王女など、沢山、います。母親の地位が低いとか、生まれた順番が遅すぎるとか、理由は溢れています。


 その中で、ジルがあえて選んだのは、エミリー王女です。


「エミリー王女は優秀で、人気がある国の守り神のような武人で、国を出れば、国民は失ったものの大きさに、きっと気づく。平凡な兄弟達に不満が募れば、エミリー王女に国に戻り、王になって欲しいという意見がでそうな、そんな方。」


 私の言葉を聞いて、ジルが失くしていた表情を取り戻しました。それは、私が今までに一度も見たことがない、冷めた、狡猾そうな、表情でした。


 私はジルのその表情に少しおびえてから、続けました。



「二百年前の物語。私達が、何度も話し合い、笑いあった、あの話。」


 私の大好きな政変特集にのっていた話です。


「エミリー王女を選んで、連れてきて、王太子と結婚させて、一緒に国に戻らせる。聞いたの。エミリー王女の計画は、ジルが、考えたって。他の女性では、王太子を廃位にはできないから、わざわざエミリー王女を連れてきたんでしょ。」



 ジルが、冷たい瞳で、私を見つめています。今までジルが、こんな瞳をしたことはありません。柔らかく微笑むジル、子供のように笑うバカなジル、ギラギラと輝く英雄の瞳を持ったジル。


 それとは全く違う、ほの暗い瞳をしたジルが、私を見つめています。


 けれど、これこそが、本来のジルなのかもしれません。



 私は勇気を振り絞って、両手を握りしめ、ジルをまっすぐ見つめ返しました。


「ジルは、復讐がしたい。そうでしょ。王太子ディミトリを、王太子位から落として、王になれないように、仕組んだ。それは、ジル一人ではできなかった。だから、案を考えてくれるフローレンス・ジェススと、力を持っているその家族の協力が必要だった。」


 私の言葉に、ジルがはははと笑いました。けれど瞳は、全く、笑っていません。


「よく、気づいたね、フローレンス。流石だ。」


 ジルは私を褒めて、また笑いました。


「でも残念。外れ。」



 ジルの笑顔が、怖い。


 怖いです。


 私は、まるで初めて会った人を見ているような感覚に襲われました。



「俺は、復讐など望んでいない。殿下を、恨んでなどいない。」


 ジルは坦々と否定して、私に両腕を伸ばすと、私を腕の中に閉じ込めました。



「それなら、なぜ。」


 私は喘ぐように尋ねて、ジルから体を離そうともがきました。けれどジルが両腕に更に力を込めて、私を、離しません。


「フローレンス。もう、止めよう。この話は、ここまでだ。」


 ジルが私の両頬を押さえて、無理やり唇を重ねてきました。私は激しく頭を振って抵抗し、ジルの顔を押し退けました。


 けれどジルの腕に捕らえられ、また、抱きしめられてしまいました。



 ジルはほの暗い瞳で、私の瞳を覗き込んでから、私の耳元で囁きました。


「俺と、結婚して欲しい。君を愛している。」



 私は、泣いています。


 これは、誰ですか。ジルは、どこ。



 私はジルのプロポーズを無視して、懇願しました。


「教えて。この話を、私は、聞かないといけない。」


 ジルがまた、私の耳元で囁きました。


「この話を聞くなら、俺達はもう、一緒にはいられない。フローレンス、君が、いられなくなる。」


 そうかもしれません。


 私と家族を騙して利用して、王太子に復讐をしようとしていたのなら、ひどい話です。


 けれど、それでも。


「それは、聞いてから、私が考えて、決めるから。ジルが勝手に決めないで。」



 私は、知りたいのです。


 私はジルから離れ、一息つくと、姿勢を正しました。私はまっすぐに伸びた背で、正面のジルと、相対しました。そして、お腹に力を入れ、低い声で言いました。


「バーゼル。話しなさい。」


 私はジルの濁った瞳を見上げて、目に、怒りを込めました。



 ジルが私を暫く見つめてからため息を吐いて、諦めたように話しはじめました。とてもなげやりに、私の耳元で。


「俺は、ディミトリの人生に、影響を与えたかった。」


 影響。

 

 一体、何の話でしょう。


「どういう、こと。」


 私の疑問に、ジルが答えます。


「傷つけたかった。」


 私は小さく首を傾げました。恨んでいない相手を、傷つけたい、とは、一体どういうことでしょうか。


「嫌い、なの。」


 

 私の疑問に、ジルが両手を私に向かって伸ばし私の体を抱き留めると、力いっぱいに私の体をがんじがらめにしてきました。私の体は潰され、息が思うようにできません。



「いや。むしろ、好きで、大切で、裏切れない存在。」


 ジルの声は、少し楽しそうでした。


 私の肩に顎をのせたジルの表情は、私からは見えませんでした。



 私はジルが何を言っているのか、全く、分かりません。



 私はうまく息ができないまま、あえぐように聞きました。


「どういうこと。全然、分からない。」



 ジルは私に抱きついたまま、震えています。


「何でも持っている君には、分からないかもしれない。持っているものを、簡単に捨てられる君には、分からないかもしれない。」


 ジルの言葉は、呪いのように重く濁っていました。


「空っぽの俺を、埋めてくれる存在。ディミトリがいないと、俺は、生きていけない。ディミトリを、愛している。」


 ジルの言葉の意味が、分かりません。


 私には、全く、これっぽっちも、意味が、分かりません。


「愛。実の、兄を。どういう、愛なの、それは。家族愛では、ないの。」


 涙声の私に、ジルは囁きました。嬉しそうな声音に、私の体が震えました。



「俺だけを見て欲しい。俺だけに話しかけて、抱きしめて欲しい。俺のことだけをずっと考えて欲しい。ずっと、二人で、二人だけで、生きていきたい。」



 同じだ。


 同じです。


 ジルに恋をしている私と、同じ、ですね。



「俺は、おかしいか。狂っているのか。フローレンス。どう、思う。」



 ジルが、おかしいのか、狂っているのか、私には、分かりません。



 ディミトリ殿下の、ジルに対する扱いは酷いものだったと聞いています。殴る蹴る、蔑み嘲り、王宮の3階から飛び降りさせたこともあると聞きました。


 どうすれば、そのような相手を、愛することが、できるのでしょうか。



 私は、ぼーと天井を見つめました。ここからは、曇った空は見えません。ジルはいつも空を見上げていました。私は、ジルは、きっと抜けるような真っ青な空が見たいのだと、羽があるなら飛んでいきたいのだと、勝手に思っていました。けれど本当は、曇り空こそが、ジルが愛して止まないものなのかもしれません。


 空っぽの俺を、埋める存在。


 どのような相手だとしても、ジルを見て、ジルに触れて、ジルに話しかけて、居てくれただけ、いい。


 誰もいないより、いい。


 そういうこと、でしょうか。 



 私は、考えました。


 考えて考えて考えて、私を包む固い体を抱きしめました。


「全然分からない。」


 私には、分かりません。



「でも、これからは、私がいる。ジルが空っぽなら、私で、埋め尽くす。」


 私がそう言って笑うと、ジルが私の肩にうずめていた顔を上げて、体をそっと離しました。


 私を不思議そうに眺めてから、眉を寄せ、ため息を吐きました。



「フローレンス。まさか、俺を、受け入れるつもりなのか。この、俺を。」



 私はジルの、少し温かくなった瞳に向かって首を傾げました。


「分からない。私も、自分でも、よく分からない。でも受け入れるとか、受け入れないとか、そもそも、そういうことじゃないの。」



 私が何を言うのか、ジルが待っています。


「私はジルが好きで、一緒にいたい。だから、一緒にいる。それでも、いいかな。」



 ジルはまた私を眺めて、プッと笑いました。


「フローレンス、君は、本当に馬鹿だな。もっと良い相手が、いくらでもいるのに。」


 私も、そう思います。


 けれど、私の心が、もうどうにもならないのです。ジル以外に、動かないのです。


「うるさい。もう、ジルは黙って、私を抱きしめて。」


 ジルはとても嬉しそうに、私を抱きしめてくれました。



「フローレンス、君のことも大切で、愛おしい。」



 そりゃあ、これだけ、愛に飢えた人に、私は惜しみない愛情を注いできたのですから、きっと、ジルは、絆されたのでしょう。私に。




 愛とは、なんでしょうか。



 私は、ジルが何でも好きです。何も得られなくても、愛されていなくても、一緒にいたい。



 ジルは、私が歴女で、ジルを愛しているから、私のことが好きです。


 それは、愛ではありません。


 私がジルを愛さなくなれば、ジルは私を捨てるのでしょうか。私よりも、沢山愛を注いでくれる人がいたら、そちらへ、行くのでしょうか。



 ジルの愛するディミトリが、ジルを愛することはないでしょう。

 

 ジルは私と出会い、ジルに恋をしている私に利用価値を見つけてしまった。ディミトリに対して何もできなかったジルが、フローレンスとその家族を利用すれば、愛するディミトリを傷つけられるかもしれないことに気づき、それを実行した。


 同時に、誰からも愛されたことがないジルは、きっと私に戸惑い、疑い、最後には絆されて、私に愛されていることを、心地良いと感じはじめた。


 いつの間にか、ジルにとって、フローレンスは居なくては困る、必要な存在へと変わっていった。



 これは、愛ではありません。


 依存、です。


 ジルは、『私』ではなく、『ジルを愛する私』に、依存している。



 ジルは、「フローレンスに愛されている」という事実から、自分に自信が持てるようになったのでしょう。だから、私が居ないと、ジルは不幸なのです。私が居ないと、ジルは、幸せになれない。


 依存は、強い愛情と、似ています。


 周りの皆が、ジルが私を愛していると勘違いする程、似ています。



 依存と愛情の違いを私はうまく説明できません。けれど、多分、アシュリーは私を愛しています。そしてジルは、私に依存しています。



 ふむ。


 そもそも、ジルのディミトリへの感情こそが、依存のような気がします。



 もしかしたら、愛を知らないジルは、誰かを愛することができないのかもしれません。


 私は、ここを、立ち去るべきです。


 今すぐに。


 今、すぐ。




 けれど。

 


 25年間、ディミトリが空っぽのジルを埋めてきたのなら、私はもっとずっとずっと長い時間を一緒に過ごして、ジルをかわいがり、甘やかして、ジルを私の愛で埋め尽くしてやろう。



 そう、思いました。




 私は、私にベッタリとくっついているジルの頭を、まずは撫でまわしてやりました。



「そういえば、昨日のプロポーズは、突然、どうしたの。」


 さて、ジルが複雑すぎて、意味不明なので、一度話をまとめてみましょう。



 ジルは、王妃の手紙の解読と愛する王太子を傷つけるために、フローレンスとその家族を騙し利用した。けれど私の愛に絆されて、離れられない依存状態になった。ジルは、私を幸せにするために権力を求めて王になろうとしたけれど、私が王妃には向いていないと誰かから言われた。


 ジルは、自分では私を幸せにできないと判断し、アシュリーに私を頼んだ。それから4年が過ぎ、私とアシュリーは結婚することはなく、ジルは王妃が押しているご令嬢との婚約を迫られている。


 ジルはフローレンスにプロポーズをしたけれど断られ、なぜかそのフローレンスが今、ジルに迫っている。


 

 ジルは、これからの未来を、どうしたいのでしょうか。私はもう、図書室の整理係も、便利屋も、するつもりはありません。


 ジルが私から離れて、スッと背筋を伸ばしました。そして、子供のように笑いました。



「やっと、覚悟ができた。」


 ジルの顔から表情が消えました。伸ばされた右手が軽く振られると、その手の中に、一本の剣があらわれました。装飾のない、単純で武骨な形をした、土の剣です。


 広間にどよめきが起こりました。皆、意味のある魔法を、今初めて見たことでしょう。


 ジルはとても落ち着いた様子でその剣を下に向けると、宣言しました。



「君を愛する、覚悟が。誰かを殺す、覚悟が。」



 ジルのミルクティ色の瞳が、ギラリと輝きました。



「俺は、俺のために、君を手に入れる。邪魔な者は、殺す。そう、決めた。」



 ジルが剣を消し、そのまま私に向かって手を伸ばしました。


 邪魔な者、とは一体誰のことでしょうか。ジルは、私のために、父親と母親を殺す覚悟をしたというこでしょうか。




「俺は、君と、離れられない。」



 神様、ありがとうございます。


 私がいない間に、私よりジルを大切に想う人間は現れなかったのですね。良かった。ジルは、気づいたのですね。私が居ないと、幸せになれないことに。



 では、私は。


 私はディミトリを愛しているジルと、どのような未来を描くべきでしょうか。


 私は、まっすぐ私を見つめているジルにむかって微笑みました。ジルのミルクティ色の瞳が、不安そうに揺れています。



「私も、ジルと、離れられない。」



 この道は、フローレンス破滅への第一歩かもしれません。



 私は生涯、ジルに愛されていない不安に苦しむことでしょう。



 私を愛していると勘違いしているジルに悩み、ディミトリの陰に怯え、泣くことでしょう。




 それでも、欲しい。


 私は、バーゼル第三王子が、欲しいのです。



「私の名前は、フローレンス。」


 私は、ただのフローレンスではありません。



「私は、天才です。」


 私が持っているもの全て、全てを使って、手に入れたいものがあります。



 私の邪魔をする者は、誰ですか。とりあえず、黙らせましょう。あのクソ夫婦を。


 私は遠巻きに私たちの様子を見ていた国王と王妃の方へ体を向けました。


 そして、低い声で、言ってやりました。


「たかが王族風情が、この私を殺すなど。王や王妃などいなくても、誰も困りはしないでしょう。けれど、私がいなくなれば、国にとって大損失。一体誰が、この国で最も賢い私の死を、望むというのでしょう。」


 この国で、誰が一番賢いか、そんなもんは知らん。知らんが、実の息子であるジルを放置して、私を散々振り回しておいて、これからものうのうと生きていこうなど、まさか、思っていないでしょうね。これから、私が策をコネコネこねくりまわして、この王宮に毒の華を咲かせてみせようじゃありませんか。阿鼻叫喚の毎日をプレゼントしようではありませんか。



 私は二人に向かって微笑みました。今まで生きてきた中で、一番意地悪で、性格も悪そうな、上から目線の笑みが出てしまいました。


 私はあざとく、かわいらしく首を傾げ、猫なで声を出しました。王妃の得意技ですが、私だって使えます。


「国王陛下、王妃殿下。お二人は、私が王妃に向いていないとお考えなのですね。ご安心ください。私がどれだけ王妃に相応しいか、この国をどれだけ豊かにできるか、この先何年もかけて、証明してみせますわ。どうか、静かに、見守っていてくださいませ。」


 何もせず、黙って、見てろ。この老害どもが。



 私の言葉に、王と王妃は驚愕し、王は怒りに震え、王妃は真っ青になりました。


「この、小娘がっ。」


 王の低い声が広間に響き、護衛が私に剣を向けました。


 けれどジルが、静かにその護衛騎士の剣を手で押さえて止めました。そしてその剣を軽く払うと、砂埃が起き、広間全体が砂嵐に襲われたのです。


「止めた方がいいと思いますよ。私は、強いですよ。」


 ジルは冷静な声で、まっすぐ父親と母親を見つめ、首を左右に振りました。



 その堂々とした態度と余裕のある行動に、広間ではどよめきが起こりました。ジルの魔法のすさまじさと品格が、やっと、みなに知れ渡ったのです。



 国王は怒りに震えながら広間を出ていきました。王妃はジルに近づき、ジルの頬に手を伸ばすと、優しげに微笑みかけました。けれどジルが、いつもの柔らかい笑顔で、王妃の手を払い、私の手を掴みました。



 私は第三王子バーゼルに向かって、微笑みました。



「私は、ジェスス公爵家の娘です。私に手を出すならば、それ相応のご覚悟を。バーゼル第三王子。私に、散々、手を出しておいて、何もないまま終わるなんて、思っていないでしょうね。」



 私は、跪きました。そして、ジルの右手を、私の右手の上に置きました。


「私が生涯、ジルを愛し、甘やかす。25年間の思い出はとっとと忘れて、私を、愛して。」



 私は固まっているジルの右手に、私の唇をおしつけました。


「私と、結婚してください。」



 ジルのミルクティ色の瞳が真ん丸になり、凍りつきました。


 私は繋がれた右手を揺らして、ジルの体が溶けるのを待ちました。凍っていた表情がだんだんと柔らかくなり少年のような顔になった時、ジルが笑いだし、私の右手を強く握り返してから私の体を引っ張りあげ、力いっぱい抱きしめてきました。


 そして満面の笑みで、言いました。 


「嫌だ。」



 なるほど、プロポーズを断られるのは、凹みますね。私が少し凹んでいると、ジルがまた満面の笑みで、言いました。

 

「俺も格好いい俺でありたい。俺が、フローレンスを愛し、甘やかしたい。」



 はぁ。


 ディミトリの話を知らなければ、私は最高に、幸せです。



 でも、ディミトリの話を知っているからこそ、できることもあるのです。


「諦めて。ジルは黙って大人しく、私に甘えてなさい。私が、ジルを、聖君にする。誰よりも優れた、歴代最高の国王に。」


 父王よりも、王太子よりも、ずっとずっとかっこいい王様になってもらいましょう。これで家族の呪いから解放されるでしょうか。


 ジルのことを考えていたら、涙が溢れてきました。私は鼻水をすすりながら宣言しました。



「私はジルを、国民から愛され、生きているだけで敬われるような国王にしてみせる。」


 ディミトリなんかいなくても、ジルが生きていけるように。




 私は、私を上から見下ろしているジルに苛立ち、ジルの体を強く押しました。バランスを崩したジルが床に尻餅をつき、ジルが握ったままだった私の手も引っ張られて、私はジルのお腹の上にのっていました。


 私はジルに両腕を捕らわれ身動きが封じられて、ジルと向き合うことになりました。



 私達の目線が同じ高さになり、私の唇に、ジルの唇が押し付けられました。


「絶対に嫌だ。俺が、甘やかしたい。」



 私は、心の中でため息をつきました。


 この無垢で真剣な顔。ディミトリの話を聞いていなければ、私はメロメロになって溶けてうんうんと頷いていたことでしょう。



 けれど。


「ダメ。余計なことは考えないで、私に愛されてて。」


 そうすれば、きっとジルは、ジルを愛する私に依存して、私の隣に、ずっといてくれるでしょう。



「嫌だ。」


 ジルがもう一度否定して、私の唇に、唇を重ねてきました。



 ああ。もう、ダメです。


 ギブアップです。


 このようなキスをされては、私は、自分が愛されていると、勘違いしそうです。


 

 もういっそ、それでいいのかもしれません。



 ジルは、フローレンスを、愛している。


 ジルは、フローレンスを、愛している。


 ジルは、フローレンスを、愛している。


 結婚詐欺はなかった。


 結婚詐欺はなかった。


 結婚詐欺はなかった。




 洗脳、完了です。


 私は楽しくなってきて、笑ってしまいました。



 ジルも、笑っています。


 とても、幸せそうに。



 ジルのミルクティ色の瞳と、私の真っ青な瞳が、絡んで、溶けて、交わりました。





 あー。私ってやっぱり主人公なんだなって、心底思いました。




 ジルが主人公だから、私が主人公ではないなんて、一体誰が決めたのでしょうか。


 ジルが主人公でも、私も主人公で、いいではありませんか。




 私フローレンスがサポートキャラだろうと、ジルがディミトリを愛していようと、そんなの、関係ねー。


 欲しいものは、手に入れる。


 それが、主人公です。


 



 こうして私は、王宮の中で日々リアル家政婦ごっこを繰り広げ、夜な夜なジルやゲーム仲間達とダラダラゲームをして過ごす、という最高に刺激的で怠惰な日々を手に入れたのです。やったね。





 おしまい。





この話を見つけてくださり、ありがとうございます‼️

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