主人公は、私ではないかもしれません。
私達はしばらくの間、政変特集について話し合いました。
彼は話し始めるとかわいさが増し、少年のように語る姿はとても愛らしかったのです。
その姿をずっと眺めていたい、その瞳に映っていたい、その唇に触れてみたい、私は彼と話しながらずっと邪なことばかりを考えていました。そうして話した内容は、よく覚えていません。どうしましょう。私は、バカになってしまったのでしょうか。
会話が一段落した頃、彼が動きを止め、改まって私の方へと体を向けました。彼が背筋を伸ばすと、私は更に彼を見上げることになりました。男性の体は、見た目が細くても思っている以上に圧迫感があることに気づき、私はなんとなく、はにかみました。
「またこちらで、貴女様のお話を聞かせていただくことは、できますか。」
彼の窺うような表情に、私はすぐに頷いて答えました。
「もちろんです。」
良かった、そう呟いて彼は立ち上がり、お辞儀をしました。
「ジェスス様。それでは、また。」
ジェスス、やはり私のことを知っているのですね。そして下の者から上の者へのお辞儀を、私にするということは、侯爵か、それよりも格下の家柄だということです。
「あ、待って。」
考え中の私をおいて歩き出した彼の腕を、私は、なぜか、掴んでいました。
想像と違い、ゴツゴツと骨ばった彼の手首に、私の手が触れました。そして勢いのまま、私はそれを掴んでいたのです。
「きゃあ。」
自分で掴んでおいて、私ははしたない行動を無意識に恥じて、悲鳴をあげてしまいました。女性から男性に触れるなど、あってはいけないことです。恥ずかしい。どうしましょう。頭の中が真っ白になって、私は、固まりました。
彼はすぐに周りの生徒達に、虫がいたと告げ騒がしさを謝罪しました。そして固まってしまった私の手を取ると、落ち着くよう宥めてくれました。
「ありがとうございます。名前を、教えてください。」
私は恥ずかしさと、場が収まったことに安堵しながら、彼を見上げ、どさくさに紛れて尋ねました。女性から名前を尋ねるのも、あまり良い行いではありません。ですが、聞きます。私は、聞きます。
彼は、ハッとした表情をしてから、苦笑いをしました。
「申し訳ありません。ジェスス様との時間があまりにも有意義で楽しかった為、名乗ることすら失念しておりました。」
そう言いながら、彼はすぐに名乗ってはくれませんでした。名乗る前に、考えるなんて。名前を言うだけなのに、何を考える必要があるのでしょうか。
「ジルと、申します。今後もよろしくお願いします。」
なるほど。偽名ですね。そうですか。
いやいやいや、事情があれば、第二第三の名前など当たり前。そうよね。名だたる歴史上の人物達は、沢山の名前を持っていた。彼はきっと大物になるのでしょう。大物に。いつか大物。大物。おおもの。おぉ。
きっと、あだ名だわ。そうよ。そうに違いない。
私、フローレンス・ジェススに、あだ名を教えるなんて。名字も教えてくれないなんて。
本当に、あだ名かしら。
いや、やっぱり。
偽名。
偽名って、なんだよ。