主人公は、私です。。
私はそう思い頷こうとしたその時、ジルの後ろの方から、殺気を感じました。
あ、あれは、お父様お母様お兄様フーリィフィーナと、お姉様まで、いる。危ない、危ない。私はまたジルの甘い言葉に流されて、絆されて、全てを許して、受け入れてしまうところでした。
「お断りします。私は、ジルの言葉を、信じることができません。」
私は今日、ジルと向き合うことを家族に誓いました。ジルが何を見て、何を考えてきたのか。私を騙していたのか、愛していたのか。
ジルが驚きすぎて目を丸め、口が開いたまま固まっています。
そりゃそうでしょう。このラブラブな流れからのプロポーズを、まさか断られるとは思わなかったでしょうね。
しかも、プロポーズを断られるのは、三度目ですもんね。私は、今までのお返しが少しはできたと心の中で笑ってやりました。
そして、私は意を決してジルから体を離し、ジルを見上げました。
「だってジルは私のことを騙してた。手紙の謎を解くために。そうでしょう。ジルは、何を考えてたの。」
私への言葉も態度も、何が嘘でも本当でも、私はジルが好きです。格好悪くてもバカでも、そんなジルすら愛おしい。例えジルが私を好きではなくても、それでいい。
これから、落としてみせる。
けれど、私は知りたいのです。ジルは多分、私が知らないことを沢山知っています。
私は見たいのです。ジルが見ているものを、一緒に。
私は、聞きたいのです。ジルから、ジルの考えや、想いを。
そうでなくては、私達は一緒に生きてはいけません。
ジルが弱々しく、頭を左右に振りました。
「違う。逆なんだ。フローレンス。多分、逆。」
逆。とは一体どういうことでしょう。
「最初は確かに、手紙を解読して欲しかった。俺は、王宮に、お母様に捕らわれてて、動けなかった。君なら、俺をここから引っ張り出してくれる。そう、思った。」
ジルは私の正面で、両手を握りしめて話しはじめました。
「君と初めて会った時、俺は、君にどうしようもなく惹かれた。楽しそうな君から、目が離せなかった。」
ジルが胸ポケットに手を伸ばし、その中から手紙を取り出しました。それは小さく折られた手紙でした。例の、王妃の手紙でしょうか。
「そのうち、ただ君に会いたい。そう思うようになった。いや、違う。俺は、最初から君に捕らわれていた。手紙は、どうでもよくなった。」
ジルが折られた手紙を広げると、それは王妃の手紙ではありませんでした。
それは、私がいつも肌身離さず持っているお守りの手紙と、そっくりでした。
同じ紙。
同じ大きさ。
書いた人物も、同じです。
けれど、書いてある文章が、似ているけれど、違う。
『貴女様があまりにも可愛くて、つい見とれてしまいました。』
私の心臓がドクリと跳ね、頬は真っ赤になりました。
私達が初めて会った日、あの図書館で、私はジルから初めての贈り物を受けとりました。
手紙です。
私は急いで、自分の手紙をドレスのスカートの中から取り出し、広げました。
『貴女様の百面相が面白くて、つい見とれてしまいました。申し訳ありません。どうか、お許しください。』
ジルが私の手紙を覗き込み、苦く、笑いました。
「最初に書いたのは、俺が持っている、こっち。君が、可愛いと。でも、これを渡したらまずいだろ。ほぼ、愛の告白だ。」
ジルは自分の手紙をもう一度見てから、私の物を指差しました。
「だから書き直して、渡した。」
愛の、告白。
会った時から、ジルが、私に、惹かれていた。そんな素振りは、全く、ありませんでした。ジルはいつも柔らかく微笑んで、私と一定の距離をおき、私が一歩踏み込もうとすると、するりとかわしていたのです。
結婚してからは、私は、ただの、謎解き係りでした。ジルが愛していたのは、王妃、ただ一人でした。私が付け入る隙は、ありませんでした。
複雑な想いに私の瞳から溢れてきた涙を拭ったのは、ジルの優しい親指でした。
「図書館で君と出会ってから、俺はずっと君に捕らわれてる。ディミトリに殺されるかもしれない。お母様に嫌われるかもしれない。そう思いながら、俺は手紙の為だと言い訳をして、君に、何度も会いに行った。俺はただ、君に会いたかった。」
ジルの両手が、私の両頬に添えられました。私達の目が合い、ジルは私の瞳を見つめながら続けます。
「俺は君と一緒に居たくて、必死になってその方法を探した。君にプロポーズをした時、君への想いが溢れてきて、止まらなくなった。」
心臓のドキドキが、どんどん速くなって、壊れそうです。
頬が熱すぎて、燃えそうです。
もう恥ずかしくて、死にそうです。死にそうですが、もっと、聞きたいです。
ジル、どうぞ、続けてください。
「本当は、君が手紙の謎を解いてくれたら、君を王宮から解放しよう。君には、俺より相応しい相手がいる。そう、思ってた。それなのに、会えば会うほど、手放したくない。そう、思うようになった。」
相応しい相手とは、まさか、アシュリーのことでしょうか。
そうでしょうね。私が王宮を出た時に、ちょうどアシュリーがいるなんて、おかしいですよね。
いや、待てよ、アシュリーなら、ありえるか。ありえないことも、ないですね。あの人、おかしいですから。
「だから結婚してから、ずっと、迷ってた。君のために、君を手放すべきか。俺のために、君を閉じ込めておくべきか。」
なぜ、私のために、私を閉じ込めておくべきだと思ってはくれなかったのでしょう。私はジルに、閉じ込められたかったのに。
ジルはいつも、自分に自信がない。
大事な時に、ヘタレなのです。
「結局俺は、君と離れることができなかった。あんなに離れて、会わないように気を付けてたのに、君に会ったら一瞬で、また、君に、捕らわれた。だから、君と一緒に王宮を出て行くことを決めた。でも、王子でない俺に、何の価値がある。外の世界で、俺は、君を、幸せにできるだろうか。」
悲しそうな、寂しそうなジルの表情が、急に、激しいものへと変わりました。ミルクティ色の瞳がギラギラと輝いて、金色に、見えました。
「だから俺は、力が欲しいと思った。俺が、力を欲したんだ。君を、幸せにするための、力を。」
私は、初めて見るギラギラとしたジルに驚きました。
けれど、嫌いではありません。むしろ、好きです。
英雄達と、同じ、同じギラギラとした瞳です。
「俺は、王になりたいと、望んだ。お母様のためじゃない。君の、ために。」
なんということでしょう。
ジルが欲したのは、王位ではなく、私との未来だったのですね。
「そうしたら、おかしなことが起きた。君のために、王になることを決めたのに、俺が王になるには、相手は君ではダメだと言われた。」
ジルが、笑い出しました。
そして私の額に唇を落とすと、囁きました。
「賢い王妃など、いらないと。」
私は、息を飲みました。
ジルは、「仕方がない」と、笑っています。
「王よりも賢い王妃など、邪魔なだけだと。悪いのは、俺だ。俺が、君に釣り合わないから、君を、王妃にすることが、できなかった。」
私は何と言っていいか分からず、ジルを見つめました。
王家は、私と王太子の結婚を望み、私を王妃にするつもりだったはずです。それなのに、ジルになったとたん、私が王妃になることを許さないとは、どういうことでしょうか。
優秀な王太子なら、天才であるフローレンスすら自分の付属物のようにできるだろう。けれど平凡なジルでは、天才で個性溢れるフローレンスを、押さえることができそうにない。
そういうことですか。
そういうことでしょうか。複雑な問題ですね。
けれど良かった。ジルが言いづらいことでも、私から目を逸らさず伝えてくれています。
「格好が良い俺なら、命を懸けて君と一緒に居るために、戦ったんだろう。」
確かに、私の王子様は、きっと格好良く戦い、敵をあっさり倒して、私達は幸せになれたのでしょう。
ジルの視線が、下を向きました。
「臆病で弱い俺には、できなかった。怖かった。君が、危険にさらされる。君を、俺の道連れには、できない。」
私の格好悪い王子様は、目を真っ赤にして、悔しそうに呟きました。
「君に、幸せになってほしかった。例え俺が隣に居なくても、君に、幸せになって欲しい。そう思ったんだ。」
王子様が、私の額に額をあて、目を閉じました。
不器用で、言葉足らずで、格好悪い、私の王子様。私はジルの体に手を回して、頭を撫でてあげました。格好悪くても、嫌いになどなれそうにありません。
「ジル。ありがとう。私のことを、沢山愛してくれて。」
もう一話、続きます。




