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主人公は、私です。。。


 (わたくし)は無事、王宮に入れました。


 

 私はフェルゼッドお兄様と腕を組みながら、懐かしい王宮に、心の中で、大興奮しています。


 ああ、私がいない間に、絵が増えています。薄れていた壁の装飾も、色濃く、修復されています。王宮万歳。



 きっと私がいない間に、沢山のドロドロも、あったことでしょう。グヒ。




 私は、白いドレスの裾をはためかせ、優雅に美しく、歩いています。



 本日のテーマは、大人のプロポーズです。


 お母様とフィーナが、最高のドレスを用意してくれました。


 真っ白な一枚の絹の生地で、ストンと落ちるような形に整えられたドレスはシンプルでシック。結婚適齢期をとうに過ぎ、出戻りの私に相応しい、大人っぽいデザインです。甘い花の刺繍もフリフリのレースも、ありません。装飾品も、断りました。ただただ上等な一枚の布をまとい、私は歩いています。


 今の私に、飾りは必要ありません。



 私が勝負するのは、ただの『私』、それだけです。




 暫くすると、奥の通路の前に、急に人だかりができました。高位の王族が来たのでしょう。



 私は、息を整えました。


 バーゼル第三王子です。見なくても、分かります。



 私はお兄様に誘われて、その人だかりの方へ向かいました。


「これは、会えないかもな。」


 お兄様の呟きに、私は集まった人々を眺めました。ジルの周りに、人がたかっています。ジルを空気のように扱っていた人々が、今は次期王太子候補の周りに、たかっているのです。

 


 私は苛立ち、目を細めて集団の中の方を見ました。人と人の間をぬって、ジルと、目が合いました。ジルが目を見開いて、息を飲んだのが分かりました。


 私はドレスの裾を掴み、一歩、ジルに近づきました。ジルが、一歩、後ろに下がりました。


 あ、逃げた。



 なんということでしょう。


 ジルが、逃げました。



 私は、追いかけました。


 奥へ続く通路でフーリィが鬼のような形相でジルの行く手を阻んでいました。私は必死に腕を伸ばし、ジルの手を掴みました。


「なんで、逃げるのっ。」


 懐かしい、ゴツゴツとした、ジルの、手です。私は右手にギュッと力を込め、掴んだジルの手を握りしめました。



 ジルが観念したように振り向くと、私達は向かい合うことになりました。


 昨日私が思った通り少し痩せて表情が暗くなったジルが、右手の甲を額にあて私がいない方角を見ながら、ぼそぼそと答えました。


「君に。会いたくない。」


 心臓を鷲掴みされたような衝撃が私の体を揺らしました。私は苦しくて胸を押さえ、息を吸おうとして口を開きました。


 確かに、昨日プロポーズを断ったのは、私です。


 私ですが、そのような言葉、聞きたくなかった。



 ジルが慌てて、いや、あの、その、と何かを言おうとしています。



 あとからあとから私の中に湧いてくる悲しみが、そのうち怒りに代わり、私の中で、爆発しました。私はジルの胸ぐらを掴むと、ジルの顔を自分に引き寄せ低い声で囁きました。


「会いたくないって、どういうこと。昨日は愛してる。今日は会いたくない。私のこと、バカにしてるの。」


 ジルの表情が、凍りつきました。


 違う、違うんだ、とジルは両手で否定しながら、私の両肩に手を置くと、一度息を吸ってからまたぼそぼそと話はじめました。


「ええと、君に、会うと、なんていうか、離れられなくなる。だから、その、会うのが、怖くて。」


 離れられなくなるから、怖い。


 私には、ジルが何を言っているのか、全く理解ができません。


「なんで、離れることが、そもそも前提なの。ずっと一緒にいれば、良かったじゃない。」


 私は首を傾げました。


 そもそも結婚とは、ずっと一緒にいることを誓う儀式ですよね。



 ジルがうつむいて、言いました。


「その、いつか、フローレンスを手放さないといけない。そう、思ってた。」


 いつか、手放す。


 あれだけ情熱的なプロポーズをして、私をメロッメロにしておいて、その後、捨てよう。そう、思っていたのですね。


「だから、ずっと私に、会いに来てくれなかったの。謎解きが終わったら、捨てるから。」


 分かっていたことです。私が騙され利用されていたことは、分かっていたことです。



 けれど、やはり、実際にジルに言葉にされると、辛いです。


 胸が、痛いです。



「違う。フローレンス、それは誤解だ。」


 ジルが珍しく大きな声を出しました。私の両肩に置かれた手に力が入り、私は眉を寄せました。


 痛い。



 私の表情に、ジルが私の肩から手を離し、一歩、後ろに下がりました。そしてとても悲しそうに眉を寄せ、静かに話はじめました。


「俺が、君を、捨てたんじゃない。俺は君を愛してる。でも俺は、何者でもない。そんな俺に、フローレンスはもったいないって、誰だって、思うだろ。」


 私は、驚きました。


 もったいない。私が、ジルに。


「思わないよ。私は、ジルが何でも良かった、何も持ってなくても、良かったのに。そんなの、どうでもいい。どうでもいいよ。何で、言ってくれなかったの。」


 私は一歩ジルに近づきジルを見上げると、はっきり、きっぱり、否定しました。



 ジルは私の勢いに押されてまた一歩下がりつつ、困ったように呟きました。


「言えるわけない。格好悪くて、言えない。」


 ジルの声が小さくて、私は首を傾げました。



 この男、今、何つった。


 格好悪い。カッコ悪い。カッコワルイ。



 おいっ。舐めてんのか。



「何それ。私の前で、ただ、カッコつけたかっただけなの。そんな下らない理由で、私達、離婚したの。」


 私はもう、ジルのバカさ加減についていくことができません。


 もう帰ろう。


 帰ります。


 私はため息をつくとジルから離れました。最後に、ジルのミルクティ色の瞳を見つめて、私はさようならと呟きました。



 私の言葉に、ジルの瞳が揺れました。不幸で頼りなさそうな顔が歪みました。


「フローレンス。俺は、君の前では、格好良くいなければいけない。いや、格好良く、いたい。いたかった。」


 プッ。私は怒って呆れて、もうジルが嫌なのに、ジルのバカで子供っぽい発言につい笑ってしまいました。



 しかも、正面のジルは真剣です。真剣に、バカです。


「だって、フローレンスが愛したジルは、格好良くて、大人で、穏やかで、聡明で、君を守れるジル、だろ。俺が、ずっと演じてきた、ジルだ。」


 私はそう問われ、息を飲みました。


 そうです。


 確かに、私の愛する旦那様は格好良くて、大人で穏やかで聡明で、私を守ってくれる、男性です。


「でも本当のバーゼル第三王子は、意気地無しで、弱くて、何もできない、何も持ってない、バーゼルなんだ。本当の俺を、君が見たら、幻滅する。俺から、離れていく。そうだろう。」


 そういうことですか。


 私は、息を吐きました。


「バカ。ジルは、本当にバカ。ジルが本当は子供っぽくてバカで格好悪いことなんか、私は気づいてたし、そういうところもかわいくて、好きだと思ってた。ジルは、演技、下手だもん。」


 私の言葉に、ジルが頬を赤く染めました。ミルクティ色の瞳が驚きで丸まり、幼く見えます。


 ジルが困ったように私の方を見ると、今度はうつむいて照れていています。


 ジルは、こんなにも表情豊かで素直なのに、これを全部私の前で隠せていると思っていたのでしょうか。本当に、ジルは、バカです。


 バカで、バカで、かわいい。


「だから私のこと、もったいないって思ってくれるなら、逆。会わないんじゃなくて。」


 私はまたジルに近づいて、ジルのミルクティ色の瞳を捕らえました。


 私は微笑んで、ジルの胸に手の平をあて、空いているそこに額をすりつけました。


「会って、抱きしめて、ただ大事にしてくれれば良かった、それだけなのに。」


 私は不器用でバカなジルを抱きしめました。見た目よりも厚い体から、ドクドクと心臓の音が聞こえてきます。私の心臓も、重なるように速くなるのが心地よくて、私は瞳を閉じました。



 ジルが、そうか、そうだな、と呟いたのが、上の方から聞こえました。


「俺は、自分の事で手が一杯で、君の事が、見えてなかった。君を、傷つけた。」


 ジルの大きな手が、私の頭をおそるおそるなでました。


「ごめん。」


 ジルが私の髪の毛に頬をすりよせ、私の頬に手を添え上を向かせました。私とジルの視線が、絡みあい、溶け合って、交ざっていきました。



 ジルが、ミルクティ色の瞳に情熱を込めて、私に宣言しました。


「これから、君を、大事にする。もう傷つけない。ずっと守る。幸せにする。愛してる。俺と、結婚して欲しい。」



 私は嬉しくて、涙目になりました。溢れてくる涙が、真っ赤に染まった頬をつたっていきます。



 もう、何でもいい。ジルと一緒にいたい。






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