主人公は、私です。
少し、時を戻しましょう。
フーリィはディミトリ王太子の側近を外れ、今はバーゼル王子に付いているようです。
私も先ほど、はじめて知りました。学校の寮の前で私がジルに捕まった時、ジルの後ろの方でニコニコ微笑んでいるフーリィを見つけました。けれど、私がジルの話を断ると、鬼のような形相をしてこちらを睨んでいたので、あえて触れませんでした。
「王子は今日はじめて、王妃に逆らって、結婚相手は自分で決めるって大見得きって出掛けたのに。まさか、断られるなんて。今王宮で、大恥かいてるよ。」
そう言いながらフーリィがクスクス笑いはじめました。そのうち、家族全員が笑いはじめ、大爆笑になっていました。
それにしても、ジルを良くは言わないものの、お兄様もフーリィも、私とジルのことを反対してきません。いくらお父様が認めても、文句くらいは言われるだろうと思って身構えていたので、正直拍子抜けです。
この和やかさは、なんでしょうか。
「フローレンス、はやく行ってやれ。王子が死んだら困るだろう。」
フェルゼッドお兄様が笑いながら、ウィンクをしてきました。
「お兄様が私達を応援してくれるとは、思わなかったわ。なぜなの。」
私が正直に尋ねると、お兄様はまたニヤニヤし始めました。素晴らしい筋肉を誇る強面のお兄様から、威厳が消え去っています。
「ああ。王子は、まあアレだが、お前のことは本気だろ。あれだけお前を愛してるなら、応援したくもなる。」
私は、驚きました。言葉を、失いました。
ジルが、私を愛している。
それは、まやかしです。私を騙すための、演技です。
「ジルが、私を、愛してる。」
私がそれを信じられないのに、皆にはそう、見えるのでしょうか。
私が呟くと、お兄様が続けました。
「俺は、王子がフローレンスの相手だから協力したわけじゃない。王子のことが面白いと思ったから協力したんだ。実際、あの王子は普通に考えたら出来そうにないことを簡単にやってのけて、あっさりお前を手に入れた。まあ、その後が最悪だがな。とにかく、王子はお前のためなら簡単に自分の命をかけられる。そういうバカな男は、嫌いじゃない。」
お兄様の瞳が優しげに細められました。そしてお兄様は私の頬に手を伸ばし、親指で私の目蓋をなぞりました。
「あとは。あの目がなぁ。お前のことを話す時の目が、まぁ愛に溢れてるわけだ。」
私は、またも驚きました。
ジルのミルクティ色の瞳が、ですか。
私が驚いてお兄様を見上げていると、お母様も頷きました。
「何て言うのかしら、二人を見た時に、ああこの二人は特別なんだわって、思ったわ。」
お母様の言葉に、お父様も続きました。
「そうだな。私の画策も忘れ、二人を見守ろうと思ったさ。」
フィーナもそうよそうよ、と頷きました。
「完全な、二人だけの世界だったわよ、お姉様達。」
そして最後に、フーリィがまとめました。
「姉様、今朝王子は、フローレンスしか愛せないからフローレンスと結婚する、って叫んでたよ。王宮の広間で。」
なんということでしょう。
皆に見えている事が、私にだけ、見えていないなんて。
そういえばアシュリーも、愛する私を、私を愛してもいない男の元に送り出すでしょうか。アシュリーも、ジルを信頼しているからこそ、私を送り出したのではないでしょうか。
考え込んだ私の手を引き、お父様がゆっくりと抱きしめてきました。
「フローレンス。私はずっと、お前の事で悩んでいた。」
悩む。狸のお父様とは相容れない言葉ですね。
「お前は小さな頃から天才で、価値観も生き方も、とても貴族の娘のものとは合わなかった。王宮が、お前にとって最も苦手な場所になるのは、明らかだった。」
お父様が、優しく私の頭を撫でました。
「だが、お前は同時に賢く、分別があり、冷静だ。男に生まれていれば、自分の家すら興せたかもしれない。だがお前は女で、その才能を発揮する場所は、この国にはない。いや、一人だけ、この国で、政治に参加できる女性がいる。王妃だ。」
女性の参政権、そのようなものが生まれるためには、まだまだ長い時間と、数多の命と涙が流されなければいけません。
「私はお前を自由に生かすために、貴族社会から距離を取り育ててきた。だが同時に、その才能を発揮させてあげたい、王妃にさせたい、そうも思ってきた。」
自由を取れば、才能を発揮する場所はない。才能を発揮させるには、自由が奪われる。
どちらかを取れば、どちらかが犠牲になる。
「だからバーゼル王子は、フローレンスにとって、最高の相手だと考えている。国王候補が、お前に本気で、お前も本気なら、お前にとって最高の未来があるだろう。我が家は、王子を推そう。」
お父様を、私も抱きしめました。
最高の父親です。
狸ですが、大好きです。
私が鼻をすすっていると、フーリィの声が聞こえてきました。
「俺が見た感じだと、あの王子は能はあるのに性格が破綻しすぎてる。マザコン、ネクラ、ヘタレ、コドモ、セケンシラズ、バカ。今は使い物にならない。でもフローレンスお姉様といた頃は、何か光ってる気がした。だからあの人と、結婚してあげたら。」
フーリィ。
自分の主人に対して、なんという上から目線でしょうか。四年前はかわいかったのに、今はその頃の面影はなくどんどん口が悪くなっていますね。けれど、悪態の中に主を慕う気持ちも、少し感じられます。
「確かにそうね。あの王子は、不幸が似合いすぎるというのかしら、重いものを背負っていて近寄りがたいのよね。でも隣に、可愛くてチャーミングなフローレンスがいると、王子の重りも魅力の一つかしらって思えてくるのよ。」
お母様の私への偏愛も、とどまることを知りません。
「王子のこと、多分お姉様以外の人は愛せないわ。あんな訳ありで、王妃がくっついてる王子、気持ち悪くて無理無理。」
フィーナの嫌そうな顔に、私は吹き出しました。ジルが酷い扱いになっていますね。もしかしたら本当に、ジルを愛せるのは私しかいないのかもしれません。
私は皆に見守られる中、宣言しました。
「私、明日、ジルにプロポーズする。絶対、落とす。」
女性からのプロポーズなど前代未聞のこの国で、私は歴史に名を残すことを決めました。
皆が作戦をたて始めました。
とても、楽しそうです。
お母様がまず私の手を引くと、私の頭のてっぺんから爪先までを観察しています。
「次期国王候補筆頭の第三王子バーゼルにプロポーズするなら、王宮で一番、美しくないと。」
お母様が楽しそうに私の頬をなでて「任せなさい」とウィンクをしてきました。
「髪の毛よね。」
フィーナが困ったように呟くと、お兄様が、「あそうだ」と言いながら部屋を出ていきました。そして戻った時には、金色の髪の毛の束を持っていました。
皆が驚いていると、お兄様が照れながら大きな体を少し小さくして言いました。
「フローレンスの髪。買っておいた。」
な、なんというシスコンぶりでしょうか。
素敵すぎる兄貴です。
こうして私は、家族の助けを得て、身体中を磨き上げられたのです。
さあ次は、いよいよフローレンスとジルの最終決戦です。
お楽しみにー。




