主人公は、私ではありません。
私の両手を握りしめて震えているジルを、私はかわいく愛おしいと思いました。今まで起きた全ての出来事を忘れて、この方の胸に飛び込もう。
私は、そう思いました。
けれど、私の両手が触れたジルの騎士団の制服に縫い付けられた数々の勲章を見て、私は、手を自分の体に引き寄せました。
「お断りします。どうぞ、お引き取りください。」
この方は、ジルではない。
この方はもう、バーゼル第三王子なのです。
私は馬車で、アシュリーの元へ向かいました。
「王子が、来たの。」
私は公爵家のアシュリーの執務室に転がり込むと、ソファに体を預けました。ジルが触れた両手を胸に抱え込んで、私は言葉を、吐き出しました。
アシュリーが私を確認してから、一口紅茶を飲み、頷きました。
「聞いた。」
私は混乱していて、自分でも自分がよく分からないまま、とにかく誰かに話を聞いてほしくて話しはじめました。
「私を、愛してるって。それを、言いに。うちまで。一緒に、行こうって。」
アシュリーが私の方へ歩いてくると、私の頭をなでました。
「それで。」
子供をあやすような、アシュリーの珍しく優しい手つきに私は少し落ち着きを取り戻して、握りしめていた両手を広げました。もうジルと繋がれることのないこの両手を、私は、閉じました。
「断った。」
もう、泣いてもいいですか。
泣いては自分が惨めだから、私は、あの日から泣いていません。
けれどもう、きっと、泣いてもいいはずです。
アシュリーが私の髪をいじりながら、さらりと言いました。
「なら、俺と、結婚しろ。」
私は突然のプロポーズに、驚きました。ずっと、アシュリーの意図が見えませんでした。
私はバカです。
アシュリーは、私がジルとの関係に結論をだすまで、待っていてくれたのですね。私はその優しさに感謝して、ボロボロ泣いてしまいました。
「ブサイクな、顔。」
私の涙をぬぐい、アシュリーが笑いました。その冷たい眼差しが、温かくすら感じられます。
けれど、私の心臓はドキリともせず、頬が赤くなることもありませんでした。
「アシュリー、ありがとう。でも私、結婚はできない。ジルのことが、好きなの。」
アシュリーは盛大に舌打ちをすると、深々とため息をつきました。
「お前は、本当にバカだな。フローレンス。」
四年経っても、ダメか。アシュリーの呟きに、諦めが込められていました。
私は立ち上がりました。
もう、行かなくては。
私は、どこかに、行かなければいけません。
「私、帰るね。また今度。」




