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主人公は、私ではありませんでしたが、やっぱりそれどころではありません。


 (わたくし)は翌朝早く、ジェススの家にいた頃に通っていた教会を訪ねました。そして神父様に、高校の課題で使うために、教会の組織図を見せて欲しいと頼み、書物庫に入る許可をもらいました。



 この教会は王家とも関わりが深いので、王妃が『懺悔の手紙』を送った可能性が高いと、私は考えたのです。




 寒い。


 古く威厳のある教会の書物庫は、煉瓦の壁と石畳の床が重く中を圧迫している、牢獄のような部屋でした。もしかしたら以前は、罪人を閉じ込めていたのかもしれません。なぜかとても息苦しいし、足元からは冷気が上ってきて、体が、凍えそうです。



 私はまわりを確認し、誰も居ないことに安堵してから、『懺悔の手紙』を探しました。


 ここに置いていない可能性もありますが、整理下手なこの国の人達は、紙といえば書物庫か図書室にいれたがるのです。この教会には図書室はないので、ここに、あるはずです。



 私は書物庫の中を一周し、目ぼしい箇所を探しました。あった。手紙が入れられた箱は、すぐに見つかりました。しかも、ちゃんと年度毎に分けられていました。良かった。これなら余計な作業をしなくて済みそうです。


 私は、部屋の端にある机に座り、新しい年度のものから、封筒を何十枚か出しては筆跡を確認し戻し、また出す、という作業を繰り返しました。



 あった。


 あった。ありました。王妃の、癖のある筆跡です。王妃は、自分の地位が明らかにならないよう、わざわざ昔の筆跡で、手紙を書いているのでしょう。



 私は意を決し、その封筒を開き、中の手紙も開きました。



 私は一気に、内容を確認しました。



『ああああああああああああああああああ。あの子、何を考えているの。愚か。愚かすぎる。ああ、弟を。弟を。無理です。神よ、お許しください。私はあの薄汚い色は愛せません。お許しください。神よ。』



 な。


 なんということでしょう。



 私の、凍えそうな震える手が、更に震えだし、私は手紙を落としてしまいました。私は冷たい石の床に転がった手紙を拾おうと椅子から立ち上がると、足がもつれて、床に、転がりました。



「あぁ。あ。」


 声が、唇から漏れました。私は多分、何かを叫ぼうとしたのでしょう。けれど、頬が床にぶつかり、声は出ませんでした。


 私は床に転がったまま、動けなくなりました。



 王妃。


 あの方は、悪魔なのでしょうか。



 私は痛む頬を冷たい床から離すために、仰向けになりました。上を見上げると、天井が、すぐそこに、ありました。あまりの近さに私は驚いて、いつもの曇り空が、急に懐かしく思えてきました。


 私がぼーとしていると、視界が湖のようにゆらゆら揺れはじめて、何も、見えなくなりました。



 何も、見たくない。


 けれど、私は力を振り絞り、立ち上がりました。震える手で、必死に、もう一度作業を始めました。年度をさかのぼり、私は必死で王妃の筆跡を探しました。


 王妃の本心が、知りたい。知らなければ。



『かわいい子に新しい婚約者ができた。嫌な娘。あれが余計なことをするから。消えて欲しい。』



『庭が花盛りで、とても美しい。小鳥達のさえずりも、祝福の歌に聞こえます。


 けれど愛するあの子に比べたら、どのような花も歌も宝石もただ霞むだけ。あの堂々とした態度、主としての風格。


 あの子を私に授けてくださったこと、感謝しております。』



『魔法。なぜ魔法を。神よ、恨みます。』



『なぜ。あの色はなんなの。あんな薄汚れた色。信じられない。出てくる前にお腹を裂いて引っ張りだせばよかった。潰して捨ててしまえばよかった。私は完璧でないといけないのに。完璧な女性。完璧な妻。完璧な母親。あんなのが私から出てくるなんて。こわい。こわい。こわい。こわい。』



『ああ、なんて世界は美しく、喜びに溢れているのでしょう。


 この子にも、それを見せてあげたい。この世界の良いものを全て、この子のために集めなくては。この美しい子のために。


 神よ、感謝します。』



 なんということでしょう。



 王妃は、ジルを、愛していません。


 いえ。愛していない、のではなく、愛せない、のでしょう。


 ジルを、愛することが、できないのです。



 王妃が書き、教会に届いた手紙こそ、『懺悔の手紙』。それこそが、王妃の本心なのでしょう。


 今、ジルが肌身離さず持ち歩いている手紙は、王妃が書き、けれど教会に送ることはなかった手紙です。その内容の真偽は、王妃にしか分かりません。


 

 王妃の手紙は、何通かは美しい流れるような文字で、何通かは呪いを叩きつけたような文字で、書かれています。


 王太子ディミトリへの祝福や神への感謝と、ジルへの不満や神への苦言では、明らかに、手紙の雰囲気が違います。文面を読まなくても、パッと見ただけで、祝福だろうな、不満だろうなと分かるのです。



 私がジルから借りた手紙は、祝福のための一通を、途中まで書いて止めたように、思えます。祝福の手紙の中の「息子」が、王太子ではなく、ジルの可能性は、あるのでしょうか。


 

 私は王妃の手紙を、並べてみました。


 あ。


 なんということでしょう。便箋に描いてある花が、おかしい、ですね。



 この国の毎年の花は、干支のように、20年毎に毎年違う花がその年の花になります。20年間、花の順番は、決まっています。



 けれど、王妃の手紙は、花の順番が間違っていて、その年の花ではない花が、使われています。


 王妃は、『懺悔の手紙』には、あえて、その年の花を、使わなかったのですね。




 と、言うことは、私の推理は、全て崩れてしまいます。




 私はあの花を見て、ジルが5歳の年に書かれたはずと予測し、そこから、その年の工事記録等を調べたのですから。


 と言うことは、ジルが肌身離さず持っている手紙の「息子」は、王太子です。王太子ディミトリです。




 ジルではない。


 ジルでは、ありません。



 私は、ジルを愛していない王妃が、ジルを愛していると、ジルに伝えてしまいました。




 謝らなければ。


 謝って、謝って、謝って、蹴られても、殴られても、誤解だったと説明しなければ。私の勘違いだったと、思い込みだったと、ジルに、伝えなければ。



 王妃は、貴方のことを、愛していない。



 そう、伝えなければ。



 伝えなくては、いけません。



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