主人公は、私ではありませんでした。
私とジルは、今から王妃に挨拶をし、その後、王宮を出ます。
やったぁ。やりました。
王妃の部屋は可愛らしい模様と家具に溢れた、私にとって、とても居心地の悪い部屋でした。
ジルが王妃に、王宮を出ること、王からの許可は得たことなどを告げると、王妃の顔があからさまに青ざめました。
王妃は、外見にこだわる王が選んだだけはある、非常に美しい方でした。二人も大きな子供がいるとは思えない、髪も肌も艶やかでかわいらしい方でした。そして王や王太子と違い、とても線の細い、たおやかな方でした。
気弱そうな眉が寄せられ、王妃はジルに歩み寄りました。
「バーゼル。出ていくなど、そんなことは言わないで。私を、おいていくなんて。」
私が、やっとジルと繋げた手を、涙目の王妃は払い、ジルの体を両手で包み込みました。
「バーゼル、貴方には、苦労をかけてしまったわね。ディミトリをどうしても、一人前にしなければいけなかったお母様の気持ちを、バーゼルなら、分かってくれるわよね。」
王妃の瞳にたまった涙がキラキラと輝き、王妃ははかなげにジルを見つめています。
可愛らしく首を傾げた王妃の姿に、私の背筋がむず痒くなりました。
かわいいです。
かわいいけれど、あれは、母親が実の息子に見せるべき表情ではないと、私は感じました。
ああ。気持ち悪っ。
王妃は床に膝をつくと、ジルを下から、上目使いで見上げました。
「本当は何度も、何度も、愛していると、言おうと思ったのよ。でもね、きっとディミトリに貴方が睨まれると思って、言えなかったの。でも、これからは、バーゼルだけがお母様の味方ね。バーゼルとお母様は仲良くできるわ。そうでしょう。貴方は賢くて良い子よ。バーゼル、次の王には、貴方が、なるのよ。貴方は、王になるべき人よ。魔法も、使えるのですもの。」
ああ、王妃の夢は、『王妃になる』こと、でしたね。
この国では、通常、王妃の息子が王太子になります。政治的な安定のため、王妃と王太子は母子が望ましいからです。
けれど今は、成人した王太子が廃嫡になるという緊急事態です。そのため、多分、先に新しい王太子が決まり、その母親が王妃になるだろうと言われています。
王妃が王妃で居続けるためには、ジルに王太子になってもらうのが一番簡単ですね。兄がダメなら弟。酷い、母親ですね。
あぁ、あぁ、あぁああ。
私は、眉間に皺を、激しく寄せました。
こんな三文芝居、騙される人、いないから。何そのわざとらしい泣き方。
私は呆れて、斜め前にいる王妃から隣のジルへと視線をうつしました。
え。
ジル、そこ、母親と抱き合う場面じゃないから。
ふざけんなクソババァ、って言うとこだから。
「フローレンス。王宮に、残ろう。」
ジルが伸ばした両手に力を込め、王妃に抱きついていました。
私の手は、払われたままです。
けれど、幼い子供のような顔で母親を見つめるジルの姿に、私は心打たれてしまいました。きっと二人は、子供の頃からの関係を、やり直すのでしょう。
私は、静かに退出しました。
いやいや、おかしい。
おかしいでしょ。
なんでジルは、あんな月に一度来て芝居がかった台詞を吐くおばちゃんの言うことを信じるの。
見てよ。
従者もつけない、
お金も物も人も与えない。
いつも、居ない。
それなのに、都合のいい時だけ、大事な息子扱い。
こんな人間が、ジルを愛してるわけ、ないじゃん。
愛してるわけ、ない。
あれ。おかしい。
おかしいですね。
『懺悔の手紙』には、あれには、『愛する息子』と、書いてあった。ありましたよね。
一体どちらが、王妃の本心なのでしょうか。




