主人公は、私ですが、不安しかありません。
「これは、王妃の子爵家時代の筆跡。」
私が、机に座り作業をしていたジルに、預かっていた手紙と人形のお腹から出てきた紙を見せると、ジルは嬉しそうに笑いました。
「流石、フローレンス。よく分かったね。三日で分かるとは思いもしなかった。この紙は、どこから。」
ジルが興奮気味に私に聞いてきました。なんだか、今まで疎遠だったことが嘘のように、ジルは普通です。
私は安堵しました。しましたが、複雑な気分です。
「王妃の木箱の中に入ってた。多分少女時代に作って、今でも願をかけ続けてる呪いの人形の、お腹の中から、出したよ。」
私の説明に、ジルは更に興奮して、あの人形そんな意味があったのか、と呟きました。やはりジルは、王妃の木箱のことを知っているようです。
「フローレンス、ありがとう。」
久しぶりに見たジルの満面の笑顔に、ドクン、私の心臓が跳ねました。やっぱり、好きです。私はこの方が、好き。かわいい。かわいすぎます。
私がニタニタしていると、ジルが、また不安そうに私に尋ねてきました。
「その、もうひとつ、頼んでも、いいかな。」
私は頷きました。
いくらでも、やります。やりますよ。
「この手紙の中に、息子が出てくる。その子が、ディミトリなのか、俺なのか、調べて、もらえないだろうか。」
これは、王妃が書いた手紙です。わざわざ調べる必要など、ないはずです。
私は首を傾げました。「直接、聞けば。」いいのに。
ジルの意味不明な頼み事に、私は困惑しています。
首を傾げた私に、ジルが頭を振ってうつむきました。
「無理。無理なんだ。話しかけることも、できない。」
ジルの両手が固く握られ、机の上で、震えています。
「俺が聞いても、きっと望んだ答えは返ってこない。」
ジルの表情は、分かりません。けれど、きっと、泣きそうな顔をしているのでしょう。私はどう声をかけるべきか迷いながら、口を開けました。
「ジルは、どんな答えを、望んでるの。」
私の問いに、長い間をあけてから、絞り出すようにジルが話し始めました。
「この手紙の子供が俺なら、お母様は俺のことを愛していると、言ってる。実際には、言われたことはない。でももしかしたら、言葉にしないだけで、心の中ではずっと、俺のことを愛してくれてたのかもしれない。ディミトリの手前、俺には、言えなかったのかもしれない。」
母親から、一度も愛していると言われたことがないなんて。そんな母親が、ジルを愛しているとは思えません。
けれど、すがるように私を見つめてくるミルクティ色の瞳に、私は否とは言えませんでした。
「俺も、最初は、この子供はディミトリのことだと思ってた。でも違う資料を見てたら、あることに気づいたんだ。そっちの資料では、幼いディミトリを転ばせてしまった侍女や護衛が、首になったと書いてあった。ディミトリは、転ばないんだ。いつも人に囲まれてる。だから、その手紙の中で子供が転んだなら、俺かもしれない。そう、思った。でも俺では、証拠までは見つけられなかった。」
なるほど。
ジルにも、根拠はあるのですね。
やみくもに、この子供は自分であって欲しいと願っているのではなく、ほぼそうだと思える、けれど絶対的な証拠がない。そのような状態なのですね。
私はジルの話を聞きながら、希望を少し見いだしました。王妃が心の奥底にジルへの想いを隠しているのなら、ジルに、教えてあげたい。私は、そう、思いました。
「分かった。任せて。私が、王妃がジルのことを愛していることを、証明してみせる。」
ジルは椅子から立ち上がると私を抱きしめ、静かに泣いていました。それから、涙声で私に色々と囁きました。
「フローレンス、君だけが俺の、俺なんかの、味方だ。」
「君を信じて、俺は待ってる。」
「ありがとう、君のおかげで、俺は生きていける。一緒に、生きていこう。」
「君が、悪いんだ。君が優秀すぎて、俺に、希望を持たせてしまったんだ。」
「フローレンス、愛してる。」
ジルの頭を撫でながら、私はぼんやりとしていました。なんだか大変なことになりました。もし、王妃の愛を証明できなかったら、どうしましょう。
私は、深い深いため息をつきました。
その手紙には、可愛らしい小花が所々に描いてあり、元は純白だったであろう質の良い紙に、真っ黒なインクの文字が色褪せずに残っています。
『山一面の紅い花に、ため息がでました。美しい景色は、国の宝です。
私達が池のまわりを散歩していると、息子が転んで、泣いてしまいました。
ああ、かわいそうに。私の愛する子。』




