主人公は、私で間違いありません。
私はまた、ため息を。
今日も、来ない。
今日はいるけど、目も合わない。今日もいない。今日はいるけどまた後ろ姿だけ。今日もいない。今日もいない。今日もいない。今日もいない。いない。いない。いない。
ため息しかでません。
こうして、三ヶ月があっという間に過ぎていきました。
今日も、ダメでしょうか。
そのような諦めと、本当に小さな小さな淡い淡い期待を胸に、私はいつもの本を読みながら、入口に神経を張り巡らせていました。
あ、来た。
私は、躍り出したい気分を抑えて、彼を目で追いました。すると、なんと。
え。まさか。まさか。
そこに、座るのですか。
急にドクドクと早まる心臓を落ち着かせて、私は斜め前の席で資料を広げ始めた彼をつい見つめてしまいました。今日は、髪の毛が後ろで結われているおかげで、顔がよく見えます。彫りが深く、けれど柔らかい雰囲気と、優しげな目元をした、イケメンです。
彼は私の視線に気づいて、軽く会釈をすると、私の手の中にある本を見て、私を見て、プッと吹き出しました。
笑ったのです。本と、私を、見比べて。
私はまたも訳が分からず、自然と真っ赤になってしまった頬を両手で押さえました。彼は私の様子に少し慌てて、私の愛読書達を指差しました。
「以前、百面相をしていた時も、これを読んでいたのですか。」
落ち着いた、ゆったりとした声に、私は引きずられるように頷きました。
「ははっ。そうでしたか。これを。」
彼はとても楽しそうに、失礼しますと呟きながら私の愛読書を一冊手に取ると、中を確認して、私に向かってまた笑みを浮かべました。
「貴方様の表情がクルクルと変わるので、恋愛小説か何かを読んでいるのかと思っていました。まさか、我が国の政変特集を読みながら、あの百面相をしていたとは、思いもよらなかったものですから。」
私は、首を傾げました。なぜ政変特集で、百面相したらいかんのですか。
私は何と返したらいいか全く分からないまま、とにかく、口を開きました。
「私は、ええと。なんと言ったらいいのでしょうか。」
出てきた声は小さくてか細くて、普段の私からは想像もつかないような不安定な発言に、私自身が、驚いています。
私は、常日頃考えた上で発言をしています。それなのに今は、頭の中が真っ白で、何も考えられません。
ああ、私は、バカになってしまったのでしょうか。
とにかく、はやく、何かを言わなくては。はやく、はやく。私はなぜか、そのような強迫観念に猛烈に襲われて、口を開きました。
「このような場合、自分ならどうするかと考えながら読んでいたので、そういう表情に、なってしまったのかも、しれません。あの、多分、そうです。お恥ずかしいです。おかしいです、ね。」
なんだか何もかもが恥ずかしくて、彼の顔を見ることなど私には到底できません。私はモジモジと、膝の上にある両手を組んだり動かしたりしながらそれを見つめて俯き、なんとか真っ赤に熱くなった頬を隠そうとしました。
けれど彼が、すぐにまた頭を下げてくれました。その真摯な仕草に勇気づけられ、私は少し顔を上げました。すると、こちらを真っ直ぐに見つめていた彼と、視線が、絡み合ったのです。
ドキリ、私の心臓が、震えました。
「申し訳ありません。貴女様がおかしいと思ったのではありません。歴史書など、普通は仏頂面で読み解くもの。それを貴女様はとても楽しそうに読んでおられた。その事実に驚いて、感心していたのです。それに百面相が可愛らしかったので、政変特集とはとても結びつかなくて、つい笑ってしまいました。不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。」
ああ、なんて穏やかな声なのでしょうか。私はまるで音楽のように流れる言葉達に、聞きほれました。ずっと、ずっと、この声に包まれていたい。
私を見つめる申し訳なさそうな瞳に、私の姿が、映っています。その事実に私の心は浮ついて、ついついそのミルクティ色の瞳を眺めてしまいました。
髪と同じ、甘い色の瞳でした。彫りの深い顔と、優しげな目元、口元。穏やかな雰囲気をまとった、とても、大人っぽい男性。少し首を傾げた表情には、かわいさまでありました。
やはり運命の人は、この方で、間違いありません。