主人公は、私ではないのでしょう。
「おはよう。行こう。」
翌朝、無表情なジルは私を迎えに来て、私と一定の距離を保ちながら前の方を歩いています。
今までは、手を繋いで歩いていたのに、繋がなくても、いいのでしょうか。
繋ぎたいですよね。
繋ぎましょう。繋ごうぜ。繋いでくれよ。
私は口を開きかけては閉じ、を何度も繰り返し、やっと、言葉を口の外に出しました。
「ジル。あの、一体どういうことか、ちゃんと説明して。」
私はジルの背中に呼びかけました。
立ち止まったジルが、私の方を振りかえると、傷ついた子供のような泣きそうな顔をしていました。
「ごめん。実は、俺も急で、心の準備もできないまま、どうしたらいいか、分からないんだ。でも、手紙だけは、絶対にやってもらわないと。」
ジルは混乱していて、何を言っているのか、私には分かりませんでした。
けれど、私に向けられた瞳は不安そうに揺れていて、眉毛は下げられ、口元はもうこれ以上何も話さないと、固く、閉じられていました。
私は、話すことを、諦めました。
何か、事情があるのでしょう。私は、ジルが困るようなことはしたくありません。私は諦め、ジルに向けて伸ばした手も、自分の体に引きよせました。
とにかく、この手紙の謎を、解きましょう。そうすれば、夢の新婚生活が、私達を待っているはずです。
私は、図書室の本棚を物色しながら、筆跡について考えています。筆跡の主を探すのは、さすがに難しそうです。
ジルはどう思う、そう言おうとして、私は口を閉じました。
広い図書室の中、ジルは隅の方で本を読んでいます。私達はこの三ヶ月間、いつも隣に居て、笑いあってきました。
私は意を決して、ジルに話しかけようとして、また、口を閉じました。
何と声をかけたらいいのでしょうか。
何を話したらいいのでしょうか。
分からない。
今まで私達は何を話し、何について笑いあっていたのでしょう。私はそんな簡単なことも思い出せなくて、俯きました。
涙が、溢れそうです。
ジルは、いつも私を見守ってくれている。横にいるジルを見上げて、私は嬉しくて繋いだ手に力を込めたものです。
けれど今は、ジルの視線がまるで私を監視しているような気がして、息が苦しくなって、私は決めました。
私はジルに、側に居てくれなくても大丈夫だと伝えました。
私はそれから、ジルとは会っていません。
三日間。見かけることすらありません。この王宮は、偶然が起きるには広すぎて、約束がなければ相手に会うことすらできないのです。
ああ。第七図書館で、同じようなことを考えていた頃が思い返されます。私はいつも、ジルを追いかけていて、追いついても、また追いかけなければいけない。それを、ずっと、ずっと、ずっと、繰り返すのでしょうか。
私はため息をつきました。
ジルが何を考えているのか、分かりません。
いいえ、分かるのですが、分からないふりを、しています。




