主人公は、私ではない気もしています。
第五王子はにこりと笑って、私の方を目を輝かせながら見つめてきました。
まさか、まさか、自分が創った子に、出会えるなんて。
「フローレンス様っ。あのぉ、僕は、敵ではありませんっ。さっきバーゼルお兄様と廊下で会ってっ、急用ができたから、もし僕が暇なら、フローレンス様の相手を頼めないかって、お願いされましたぁ。」
王子は設定通り、早口で、沢山話します。
私はなんだか、むず痒い気持ちになりながら、王子をまじまじと眺めてしまいました。
とても、不思議な気分です。
「あのぉ、フローレンス様ぁ、聞いてますかぁ。」
私が、良くない妄想の渦の中を漂っていると、王子が私の両腕を掴み、私の体を揺らしてきました。
「ああ。はい、はい、聞いています。」
私は揺れながら頷いて、王子に聞き返しました。
「王子、あの。なぜ、私に敬称を付けているのですか。必要、ありません。」
王子が、あ、と慌てて、ボサボサの頭をポリポリとかきはじめました。王子は、びんぞこ眼鏡にボサボサ頭。真っ白で、ヒョロリとしたもやしっこ少年です。
「実は、僕はぁ、僕はぁ、バーゼルお兄様に、憧れていてっ、尊敬していますっ。」
その言葉に、私の心が温かくなりました。
ジルから聞いていた通り、第五王子は、私達の味方のようです。このおかしな王宮で、ジルの味方になることは、とても勇気のいることでしょう。
この王子は、大事にしなければ。
私は、心の中で誓いました。
「お兄様とは、最近よく話してるんだぁ。それでっ、エミリー様の国の言葉を知ってたから、お兄様は天才なのっ、って僕が言ったら、お兄様が違うって言ってっ、本当の天才はフローレンス・ジェススだって言ったんだぁ。あのお兄様が、自分とは次元が違うってゆうからっ、僕の中ではぁ、そのぉ、フローレンス様は神様のような存在になって、ずっと心の中でフローレンス様って呼んでてぇ、呼んでたんだもんっ。だから、そのぉ、そうぅ、呼ばせてくださいっ。お願いしますっ。」
私は、王子のあまりの熱意と勢いにおされて、のけ反ってしまいました。
熱い。熱すぎる。
目がキラキラと、輝き過ぎです。分厚い眼鏡すら通す、そのキラキラ光線。
王子は確かに博識で、ジルと話が合いそうです。
「分かりました。ですが、他の方の前では、ただのフローレンスとお呼びください。」
私は、王子の光線におされて頷くしかなく、頷いてからそう頼むと、王子は嬉しそうに、はいはいはいはい、と答えました。
「ところで、お兄様はどこへ。」
王子の問いに、私は今朝の出来事を思いだし、正直に答えるべきか、迷いました。
今朝はやく、王宮に、街外れの川が大雨の影響で氾濫し、家や田畑が流されたという報せが届きました。ジルは直ぐに自室に戻り、外出の用意をはじめ、私に謝ってきたのです。
「フローレンス。俺は様子を見てくるから、今日はなるべくこの部屋で過ごしてほしい。外は、危ない。」
私は首を傾げました。
外が危ない、とは、どういうことでしょうか。私の様子に、ジルが心配そうに私を抱きしめてきました。
「この部屋の外は、危ない。味方はいないと思ってほしい。エミリー様と第五王子は比較的話せるけど、二人とも立場があるから、いつ敵にまわるか分からない。」
私は、心の中でニヤリと笑ってしまいました。
あの国王一家だけでなく、王宮全体が、危ないのですね。ドロッドロなのですね。最高です。ヒャッホー。
けれど、自分の身に降りかかってくるとなると、微妙ですね。
困りましたね。
どうしましょう。
「ジル。大丈夫だよ。私、強いし。」
私は、ジルから体を少し離して、私を見下ろしているミルクティ色の瞳を見上げました。
私は天才チートなので、強いです。アシュリーの暴力も、毎日防いできました。アシュリーの相手は私でなかったら、すぐに死んでいたと思います。
けれどジルが、ダメだと頭を振っています。
「甘い。本物の刺客に狙われたら、敵わない。絶対に、一人にならないように。」
なるほど。
そういうことだったのですね。
いつもジルが私と一緒にいたので、一時も離れられない程私のことが好きなのだと思っていたのですが、私を守るためだったのですね。
そうですか。
そうでしたか。
「分かった。でも、私もジルと行くよ。」
そうすれば、全て、解決です。
けれどジルが、今まで以上に険しい顔をして、私を諭しました。
「ダメだ。王宮の外は、もっと危ない。周囲は大混乱してるだろうし、君を守りながら行くのは、難しい。」
私はその言葉に、納得するしかありませんでした。私が邪魔ならば、ついては行けません。私はジルが嫌がったり、負担に思うことは、したくありません。
それにしてもジルは、なぜ災害現場に行きたいのでしょうか。
「そこで、ジルは、何をするの。」
ジルが悩んでから、自信なさげに、視線をあちらこちらに揺らして、私の方を見ようとしません。私が不思議に思っていると、ジルが小さな、小さな声で、呟きました。
「何、か。俺の、できることを、してくる。」
できることを、する。一体、どういうことでしょう。
私は首を傾げました。
「今は雨が止んでるけど、また降ったら更に被害が広がるかもしれない。そういう知識がないから、多分皆もう復旧をはじめてて、もしかしたら、二次災害になるかもしれない。そういうことを説明して、皆を現場から離れたところに誘導したり、泊まれるところを手配したり。俺は一応王族だから、皆、話は聞いてくれる。」
なるほど。私は頷きました。
やはり、この方は、フローレンスが惚れた男です。歴史に名を残してきた光輝く英雄達と同じく、世界に目を向けられる、熱い男なのですね。
ジルの言葉を聞いて、私は自分の荷物の中から布の袋を取り出しました。気分は、時代劇の姐御です。
「これ、使いなよ。」
ジルが渡された袋の中を確認してから、私を見て、私の方に袋を戻してきました。
「君からお金は、貰えない。」
ジルは、一瞬も迷うことなく、きっぱりとあっさりと断りました。
その潔さが、かっこいいですね。
私の王子様は、かっこいい。
かっこ良すぎる。時代劇に出てくる粋な義賊の親分みたいです。私はすっかりほろ酔い気分で、姐御を演じてみました。まさか、中世ヨーロッパの王宮で、時代劇ができるとは。ニヒニヒ。
「あんたにあげるんじゃないよ。困ってる人達に、分けてあげなよ。」
私は戻された袋をまた戻して、ジルの両手に握らせました。
「フローレンス、君は。」
ジルが言葉を失くして、私のことを力一杯抱きしめて、額に額を押し付けてきました。
「これはさ、あたしが髪を切った時に、侍女が髪は売れるって言ってたから売ってみたんだ。そんなお金だから、なんとなく使いづらいし、皆の役に立つなら、それでいいんだ。」
ジルが私の頬に口付けると、部屋を出ていきました。
今朝、このような、時代劇の一幕みたいなことがあったのですが、第五王子には言わない方がいいでしょうか。
いや、待てよ。
この子は、素直、性格が良い、感激やさんで賢い子犬タイプなので、この話をした方が、ジルへの好感度が、上がりそうです。
あー、なんかこれ、狡いな。
私だけがこの子の情報を持っていて、それを利用できるなんて。
私は、悩みました。
うーん。仕方がない。
利用できるものは、利用しましょう。
「バーゼルは、今朝、川の氾濫があったところに赴き、今後の対策や住民の避難などを指示していると思います。」
私の返答に、王子が驚き、それからなぜか、ふにゃりと笑って、言いました。
「そうなんだぁ。バーゼル、お兄様がぁ。」
王子が目をつむり、何事かを考えています。そして考えながら、話し始めました。
「やっぱり、バーゼルお兄様が国王に相応しいと思うなぁ、僕はぁ。バーゼルお兄様は、頭が良いしっ、強いしっ、国民のことまで考えててっ、かっこいいしなぁ。」
そうそう。
私は激しく同意しました。
この王子、ジルのこと、良く分かってるなぁ。嬉しいです。
あれ。でも、国王って、一体なんのことでしょうか。
「王子。バーゼルを国王に、とはどういうことでしょうか。国王になるのは、ディミトリ殿下なのではありませんか。」
私が首を傾げると、王子は驚いて早口で話し始めました。
「ディミトリお兄様はっ、エミリー様と一緒にっ、あちらの国に行くからそのうち居なくなるよぉ。だから今王宮は、次の王太子にどの王子が選ばれるかっ、その話で持ちきりなんだぁ。ディミトリお兄様はお父様のお気に入りだから、今まで他の王子達は静かにしてたんだ。でも一気にっ、他の王子達にもチャンスが舞い込んできてっ、今皆ぁ、色々とっ、画、策、して、るん、だぁ。」
内容は不穏ですが、軽い王子の口調だと、ミュージカルのように聞こえてきます。皆が歌いながら画策し、躍りながら戦っているところを、私はつい想像してしまいました。そしてクスクスと笑ってしまいました。
「第一候補はっ、第二王子だけど、他の王子でもなれそうだからぁ、皆ソワソワしてるんだぁ。バーゼルお兄様は何もしてないけどぉ、僕はぁ、バーゼルお兄様がぁ、良いと思うなぁ。」
話す量が多い。速い。熱い。
私は、笑い続けました。
この王子は、皆からとても可愛がられそうです。けれど私は同時に、心配にもなりました。この子、話しすぎではありませんか。
「王子。その話、私にしてもよろしいのですか。」
王子は手をヒラヒラと降りました。
「問題ないない。皆知ってることだし、むしろっ、フローレンス様は、知ってた方が良いと思うよぉ。婚約者の話だもんんん。」
確かに。
確かに、その通りです。
私は世情に疎いので、この子のような情報通がいると助かります。
けれど、そういえば、この子も、王子の一人ではありませんか。
「王子は、望んでいないのですか。王位を。」
私がおそるおそる尋ねると、王子は頭を左右に振り回しました。
「僕ぅ。ないない。そういうの、どうでもいいんだっ。どうせ僕が国王になってもっ、誰かにすぐ殺されそうだしぃ。やだ。怖いっ。」
私は、頷くしかありませんでした。確かにこの王宮では、上手くやらないと、ドロドロにすぐに巻き込まれそうです。
「お祖父様はぁ、ギラギラしてるから狙えって言ってくるけどぉ、お母様がなぁ。お母様は恋愛小説が好きでぇ、恋愛小説家になるために小説を書いたりぃ、次の作品のネタ集めに人間観察したりして日記をつけるのが生き甲斐だからぁ、もしっ、僕が王太子になってっ、お母様が王妃になるなんてことになったらっ。まずいっ。お母様にっ、殺されそうっ。お前が死ねばっ、私は王妃にならなくていいぃぃぃ。とか言ってぇ。」
ぷっ。私は今度は吹き出しました。
内容はまたも不穏ですが、王子の楽しそうな表情と口調で、それが冗談だとよく分かります。
そうだ、そうでした。この子は、癒し系王子として作ったので、全体的にほっこりとした設定にしたのでした。
「そうですか。楽しそうなご家族で、何よりですね。」
私が素直に褒めると、王子がニコニコと笑顔を向けてきました。本当に、好感度、抜群ですね。
私と第五王子は、私が探していた初代国王の本を探しながら世間話をしたり、歴史について話し合ったりしました。
流石、私が賢い設定をしただけはありますね。とても、賢い子です。
なんだか私、自分がチートだと思っていることが、恥ずかしくなってきました。だって、こんなに沢山、ゴロゴロと、チートレベルのキャラがいるのです。
よくよく考えてみたら、当然です。だって、アイツらが、よだれ垂らしながら創ったキャラなんか、全員チートに決まってる。一体何人、今の世界に、小説の恋愛対象キャラがいるのでしょう。
沢山、いそうです。そうなると、もはや私は、チートではないのかもしれません。
主人公でもない。
なんだかそんな気が、してきました。




