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主人公は、私です。


 フローレンス、初めての、口づけです。


 まさか、まさか、観衆の前で、殿方と、接吻する日が来るなんて。きゃ。



 (わたくし)、ずっと良き家政婦になることを目指してきましたが、もしかしたら、もう、主人公一筋で、いいのかもしれません。いいのでしょうか。いいの、です。



 私の目の前には、愛する王子様。



 そしてその後ろには、真っ白な高い天井とつるりと美しい壁があります。一面に施された繊細で華やかな柄の下の方には、沢山の鮮やかな色達が集まり踊っています。


 そしてその色達は、私とジルの方を見ながら好き勝手に噂話をしているではありませんか。私は先程まで、皆の声に怯え、小さくなっていました。けれど、今は、なぜか、皆の声が視線が動きが、その全てが、私、フローレンスを応援してくれているように思えるのです。この湧いてくる自信と余裕は、なんでしょう。


 世界中の人々が、私を応援してくれている。


 なぜでしょう。こんな考えが浮かぶのは。



 ジルが、繋がれている手をギュッと握ってきました。私も、握り返しました。ジルは私の瞳を覗き込むと、にっこりと、笑いました。


 かわいい。


 いつもの、柔らかい微笑みではありません。いたずらっ子のような笑みに、私も、笑ってしまいました。



 ああ、きっと。


 ジルが隣にいるから。



 私は、周りが気にならないのです。私は皆に噂され、愛でられ、敬われる。皆の真ん中にいるのは、この私。



 私が、主人公なのです。



 そして、私を主人公にしてくれる男性は、ジル。この方、ただ一人。この方だけなのです。




 私は、覚悟を決めました。


 ジルと一緒に生きていきます。ジルのためなら、歴史家は諦めます。私は、王宮の図書室の整理係に転職します。


 私が、心の中で決意表明をしていると、周りが急に騒がしくなってきました。私が、理由が分からないままジルの方へ目を向けると、にこやかだった顔から表情が消えていくのを見て、私は唾をゴクリと飲み込みました。


 ドロドロの、予感がします。


 ええ、ドロドロの。



「フローレンス、俺の家族を紹介するよ。」


 ジルの言葉に、私は頷きました。


 義理の家族との初の顔合わせです。私は背筋を伸ばしました。



 国王夫妻と王太子の登場に、皆が頭を下げ道を譲っています。私達のモーゼの時よりも、厳かな雰囲気が漂っています。


 私達は手を繋いだまま、夫妻と王太子の方へ歩いていきました。ジルの手に汗がにじみはじめたのを感じて、私は戸惑いました。家族に会う、ただそれだけで、手に汗がにじむ、というのは、どういうことでしょうか。



 貴族達に囲まれて、国王陛下を中心に、左右に王妃と王太子が立っていました。服装は派手ではなく、仕草も穏やかなのに、ただ立っているだけで、なんというオーラでしょうか。まるで一幅の絵のように、その空間だけが切り取られたように美しく、幻想的で、少しの恐ささえも含んで、三人はそこにありました。少しのズレもない、計算されたかのようにバランス良く並ぶその三人は、完璧でした。


 それは、完璧な絵、でした。



 私は息を飲み、ジルの手の汗の意味を少し理解しました。


 この絵の中に、もしジルが入ったら、違和感を感じると思います。あれです、あれ。学生の頃、これだけは嫌だと皆が思っていた、あれです。卒業写真を撮る日に休んだクラスメイトが一人だけ、青空の中に顔写真を貼られるやつです。そのような、違和感です。



 私は、ジルと家族は話し合えば分かりあえると思っていました。


 けれど、なるほど、この何かが違う感じ。これは、乗り越えるのは、とても、大変そうです。



 私達は、陛下の前で頭を下げました。


 ジルが王に私を紹介し、結婚したいと伝えると、陛下はただ頷いただけで、私の顔を見ることもしませんでした。王妃も扇で顔を隠したまま何も言わず、王太子は私達に視線さえ送りませんでした。


 ごめんなさい。ジル。


 私は、舐めていました。まさか、王宮がこんなにもドロッドロだとは、思いもしませんでした。




 私達は広間の端に移動し、私はほっと息を吐きました。


 ジルが私のために、温かいワインを持ってきてくれました。ワインが体の中を通ると、そこから小さな火が灯ったように暖かくて、私ははじめて、自分の体が芯から冷えきっていたことに気がつきました。私は暖を求めて、ジルの両手を握りました。けれど、ジルの手の方が、凍ったように冷たくて、私は急いでその両手をこすって暖めました。


 ジルが私の様子を眺めながら、ありがとう、と呟きました。


 

 それから息を吐いて、謝りました。

 

「俺は、家族として扱われてないんだ。」


 全てを諦めたような表情に、私の心が、痛みました。気まずそうに私から目を逸らしたジルの視線を、私は無理やり、合わせました。


「大丈夫。私が、ジルの家族になる。」


 ジルは、ミルクティ色の目を細めて泣きそうな顔をしてから笑って、私のことをそっと、抱きしめました。




 私達が二人だけの世界に入りこんでいると、聞きなれた声が、私を呼んでいることに気がつきました。



「お父様、お母様。」


 私は声の主である二人に声をかけると、ジルを引っ張って二人の前へと急ぎました。



 お父様が、ジルを見て困惑しています。お母様も不思議そうに私達を見比べています。まだ、私達が国王から結婚の許可を得たことを、知らないようです。



 私は心を落ち着かせ、姿勢を正し、両親と向かい合いました。


「私、バーゼル王子と結婚することになったの。」


 お父様が驚いて、目を丸くしました。


「なんだって。」


 ジルが私を手で押さえ、私と目を合わせ頷いてから、お父様とお母様に頭を下げました。


「公爵に、事前に報告すべきでした。事後承諾となったこと、謝罪させてください。」



 二人は私とジルを見比べ、最後に私の方を心配そうに見つめてきました。


「何故。結婚を。」


 お父様の問いに、ジルが、私達が第七図書館で出会い恋に落ちたことを伝えると、お父様が深いため息をつきました。アシュリー、愚かなことを。お父様の口が、そう動いたように、私には見えました。


 ん。


 なぜ、今、アシュリーが出てくるのでしょうか。


 

 私が首を傾げると、お父様が心配そうに、私の瞳を覗き込んできました。


「この方と、結婚するんだな。本気なんだな、フローレンス。」



 むむ。むむむ。


 前にも、このようなやりとりをした記憶があります。



 その時は、どうでしたっけ。ああ、そうそう、大失敗に、終わりましたね。あはは。ははは。


 今回は、大丈夫でしょうか。



 きっと、大丈夫です。


「はい。私、ずっと好きだったの。この方のことが。」


 私は、自分の気持ちを両親に素直に伝えました。想いを口にしてみると、思っていた以上に恥ずかしくて、私の心臓がドクドクと騒ぎだし頬が熱くなり耳まで燃えそうです。私はもじもじしながら、両頬に手を当て、恥ずかしさに耐えていました。



 そうしたら、なんと、ジルが私の手を握り、真っ赤に染まった私のかわいい頬に、唇を、落としてきたのです。


 きゃあ。


 お父様とお母様の前で、なんということをしてくれたのでしょう。私は恥ずかしくて、小さくなって、ジルの後ろに隠れました。



 私達の様子を見守っていたお父様とお母様が、お互いを見合うと、とても柔らかく微笑んで、私を抱きしめてきました。


「おめでとう。」


「幸せに、なるのよ。」


 お父様の祝福の声と、お母様の涙声が聞こえました。私も二人を抱きしめ返し、頷きました。



 私達が落ち着いた頃、お父様が力なく呟きました。


「この私が、全く気づかないなんて。もう、年だな。」



 やりました。


 今まで一度も、この狸お父様を出し抜くことができなかったのに、私はやりました。



 やってやったぞー。なんという爽快感。


 気分は、最高です。




「フローレンスのご両親は、良い方達だな。」


 ジルの言葉に、私は、固まりました。ジルの前で、両親と仲良くしたのは失敗だったかもしれません。


 私がおそるおそる、隣に腰かけているジルを見上げると、ジルはまた空を見上げていました。


 空は、いつものどんよりとした曇り空ではありません。今夜は、真っ黒なキャンバスに、金色の星が溢れるほど沢山描かれています。



 ジルのミルクティ色の髪の毛も、星に染められた様に金色に輝いています。暗闇の中で、真っ白なタキシードを着たジルがキラキラときれいで、私は思わずジルの髪の毛を撫でて、それを一房つまみました。



 そしてそこに口づけると、囁きました。



「私、金色でも茶色でも、ジルが好き。」






ランキングにのっていました。

嬉しいです。


ありがとうございます。

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