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主人公は、eではない。


※差別的な考え方が出てきます。

ご了承の上、お進みください。


「あの方、どなたかしら。」


 (わたくし)は前から歩いてきた少年に目を奪われた。なんて美しい少年なのかしら。まるでその少年のまわりだけ、煌めいているように見える。



 なぜか取り巻き達が顔を見合わせ、言葉を濁した。


「あの方は、フローレンス様です。」



「フローレンス。」


 少女の名に、私はまた驚いてその少年のような人物を見つめた。


 透けるように白い肌、柔らかく揺れる金髪、湖の様に潤んだ瞳、果実のように膨らんだ唇、低めでバランスの良い体、スラリと伸びた手足。確かに、少女にも見える、見えなくはない。けれど、短く切られた髪と少年が着るようなシャツとズボンを身に付けている。


 そんな女性、いるかしら。



「バーゼル王子の、婚約者の方ね。」


 私は取り巻き達に確認してから、少女の側に寄った。


 なんて愛らしく潤んだ瞳なの。その瞳が私を写すと、フローレンスはお辞儀をした。女性の、お辞儀。この髪と服には、何か、深い事情があるのかもしれない。


 私は湧いてくる好奇心に、抗えなかった。



「初めまして。エミリーよ。」


 私が声をかけると、少女はあどけない瞳で私を見つめ、微笑んだ。な、なんて可愛らしい。しかも、天使の様に可愛いのに、少年の様な清々しい自由さまで持ち合わせている。


「フローレンスと申します。お目にかかれて光栄ですわ。」


 可憐な声。挨拶も可愛らしく、普通。心が壊れているのかもしれないと思ったけれど、そうでもないみたい。一体何故、髪を切り、男装をしているのかしら。



「私の格好が、気になりますか。」


 フローレンスが甘く苦笑しながら、自分の格好を見下ろして尋ねてきた。私は、いいえ、と否定してから、正直な感想を述べた。


「よく、似合っているわ。」


 フローレンスがまた苦笑いをして、頭を下げた。


「ありがとうございます。」



 公爵家の出身にしては貴族らしさがない、不思議な少女。この少女のことが、もっと知りたい。服装の理由が、聞きたい。私は湧いてきた欲求を、抑えることができなかった。


 いえ、この少女になら、聞いてもいいのではと思えてきた。



「何故、その様な格好をしているの。」


 私の質問に、フローレンスは嫌な顔などせず自分の髪の毛を一房摘まむと、それを見つめてから私の方を見た。瞳が、生き生きとしている。人形ではない、この少女は、生きている人間だ。私はそう思ってから息を飲んだ。人形ばかりの王宮には、確かに、向いていなさそうね。



「邪魔だから、ですわ。」


 そう囁いたフローレンスの唇が、天使ではなく、何か得たいの知れない物のように、私には見えてきた。


 私の知らない、何か。


 そして私の何かを暴いてしまいそうな、恐い、何か。



「髪が重くて切ったら、ドレスが似合わなくなったので、どちらも捨てましたの。」


 ああ、この子は。


 美しい女性は、重く長い髪を持っている。髪を美しく保てることが、女性の境遇を物語る。それを邪魔だから、捨てるなんて。


 私は剣を喉元に突き立てられたような恐怖に、襲われた。



 私は女性として欠けている。


 皆に、そう言われている。私は子が産めない。私は女性が好まない戦場に自ら身を置いている。好きでそうなったわけではない。そうせざるを得なかった。女性でありたかった。けれど、そうはなれなかった。だから私は、女性であることを諦めた。諦め、嫌悪した。私は男性のように戦える、女性よりも強く賢いと。


 諦めたはずなのに、邪魔な髪の毛を切ろうとは一度も思ったことがない。むしろ、髪を愛で、見た目は美しくあるよう心がけてきた。長い髪、体の線を強調する服装、女性らしい仕草。


 私は女性でありたいのだろうか。女というものを忌み嫌いながら、憧れて囚われているのだろうか。



 ああ、嫌だ。


 こんなこと、考えたくないのに。




 フローレンスが去ると、取り巻き達が小声で話し始めた。


「美しい方ですの。でも、あの言動。あの方は天才と名高いですが、本当はただの、変人、なのです。」


「心が壊れているのかもしれません。あの方が王妃など、ああ嫌だ。エミリー様がいらして、皆安堵しておりますわ。」



 心が、壊れている。一体あのまともな少女のどこをどう見たら、そう思えるのかしら。



 あの子の存在は、強烈過ぎる。問いかけてくるのだ。



 私はこうした、貴方はどうする、と。


 人形達はその問いに答えられず、目を逸らしたくなる。そしてあの子と向き合えた者は、人形から人間に、なれるのかもしれない。



 バーゼル王子に初めて会った日、私はあの方をそこそこの男性だと思った。けれどこちらに来てからの彼は、マザコンのヘタレ王子。あれでは、王になどなれないだろうし、むしろ、ならなくていい。



 でも、この少女を命懸けで兄から奪ったのなら、あの王子は、まだ何かを隠し持っているのかもしれない。



 それにしても。


 羨ましいわ。


 私はため息をついた。


 不遇な生い立ちのネクラ王子と、美しく孤高な天才少女。数多の試練とライバル達を蹴散らして、王子はお姫様を手に入れた。



 命をかけた恋。運命の二人。



 ああ。なんて素敵な響きでしょう。


 可愛くて、私を揺さぶるフローレンス。まるで物語の主人公のようね。



 決めた。私はあの二人を陰ながら応援する足長おばさんになりましょう。ふふ。



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