主人公は、dではない、筈がない。
あの女。
俺は一人、バーゼルの部屋に向かった。部屋に着く前に、広い廊下の隅で片膝を付き頭を下げ俺が通り過ぎるのを待つバーゼルの姿を見つけた。
俺は弟の前で止まり、下げられた頭に手を伸ばした。王族の中には存在しない、薄汚い茶。バーゼルが産まれた日、父がこの髪を見、発狂し、不貞を働いたと母を切り殺そうとした。母にそのような自由は勿論無かった。それでも父は未だにバーゼルを他人の子だと考えている。
哀れな、第三王子。
「お前、何故、生きている。」
バーゼルの体が震えた。俺は無理矢理弟の顔を上向かせると茶色い瞳を見下ろした。
「フローレンスに断られたのだろう。哀れだな。女を自由にする為に力を尽くし、他国へ命賭けで赴いたのに、王子という地位にありながら、たかが馬番に女を取られるなど、笑い話だ。」
嘲り、蔑み、俺は愉快になり声を上げて笑った。俺から目を逸らしバーゼルがいつもの言葉を呟いた。
「申し訳ありません、殿下。」
いつも、こうだ。只馬鹿の様に笑い、何も言わない、無能な王子。
「良かったな。お前は、俺のために尽くせ。女など、必要ないだろう。」
俺がバーゼルの頬を撫で髪を梳くと、バーゼルが擽ったそうに表情を緩めた。緩めたが表情は読めない。いつも仮面のように同じ顔で微笑んでいる気味の悪い弟だ。
「はい。殿下。」
バーゼルは俺の為に生きればいい。それでこそバーゼルだ。俺の、馬鹿で、弱く、影の薄い、醜い、可愛い弟王子。
「殿下。」
俺は息を飲んだ。バーゼルからの呼び掛けなど初めてだ。初めて、この弟が、俺に話しかけてきた。
「何だ。」
バーゼルが何かを伝えようと迷っている姿に、俺は暫く待ったが結局弟は何も語らなかった。俺は苛立ちバーゼルの髪を掴み力任せに引っ張った。
「相変わらず、醜い。」
俺が断言すると、後ろの方で突然何かの気配がした。そう思った瞬間、違う手が、バーゼルの頭に伸びていた。俺が驚いて手の方を向くと、エミリーが何処からか現れそこに居た。
俺の後に居たのか。いつからだ。不愉快だ。なんて不愉快な女なんだ。
「土色。」
エミリーの横顔が何故か好奇心で溢れている。バーゼルの髪を一房摘まみそれを上下左右から観察している。
泥の様に薄汚いバーゼルの髪を。
「遺伝ではなく、ここまでその色なら、余程の、使い手ね。」
使い手、何の話だ。
俺がエミリーとバーゼルに視線を送ると、バーゼルが立ち上がりエミリーを連れて行こうとした。
「あら。」
今度は、エミリーが俺とバーゼルを見、嫌らしく笑った。下品極まりない笑顔で。
「あら、あら。もしかして、秘密なの。土魔法、使えるのでしょう。バーゼル王子。」
エミリーの言葉に俺は驚愕した。
魔法。魔法だと。バーゼルが。無能なバーゼルが、魔法の使い手。
バーゼルが俺の方を確認してから、エミリーを連れて行った。
あの慌て様。事実だという事か。
学も教養も人並みで、武術の心得も無い、取り柄も無い影の薄い醜い王子。
それが、魔法の使い手だというのか。
王族には無い、茶。醜い茶色が、平凡な弟に良く合う色だと思っていた。
茶は、醜い。否、醜く無いのか。
バーゼルは、醜い。否、醜く、無いのか。
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