主人公は、bではないが、なれるはずだ。
王太子ディミトリの結婚相手は、地位が高く、美しく、賢い少女をと、王妃が強く望んでいる。
それに応え、王太子自身が数名いた婚約者候補の中からフローレンス・ジェススを選んだ。ジェスス家は、フローレンスは伝統を重んじる王宮には相容れないと難色を示し、妹のフィーナを勧めてきたが、殿下がそれを拒否した。
殿下は、美しく才能あるフローレンスこそが、自分に見合う相手だと考えている。
そこに愛情はない。ただただ殿下の虚栄心を満たすためだ。そもそも、殿下には既に愛人と息子がおり、その女性への執着は周知の事実だ。殿下は息子を世継ぎにと考えているが、女性の地位が低いため、ジェスス家とフローレンスに面倒を見させ息子に後ろ盾を与えたいと考えている。ジェスス家が殿下の意志に従うとは思えないが、本人は、本気だ。
真夜中の王宮の片隅で、俺は、ジェスス家から預かった間者、王宮では俺の侍従、と話し合っていた。
俺の案で、殿下とフローレンスの婚約話を潰せるか、どうかを。
「フローレンスよりも地位が高く、賢く著名な美人となると他国の王女しかいない。問題は、一国の王女が、訳ありの王太子に嫁いでくれるかだ。ただ。一人、思い当たる人物がいる。」
俺が自分の考えを簡単に説明すると、寡黙な侍従が目を少し丸めて、俺の話に考え込んだ。
「分かりました。すぐに調査し、王子とエミリー王女が話せる機会を探ってみます。」
俺は、すぐに旅立っていった侍従の後ろ姿を眺めてから部屋に戻り、ベッドに腰掛けた。
部屋は広い。第三王子に相応しい大きさだ。だが王族の部屋にしては質素であまり物がない。人もいない。
俺は部屋の中を見渡して、ため息をついた。今改めて考えると、この状況は異常だ。王子に侍女や侍従がつかないなど、あるだろうか。
俺は体をフカフカの布団に預けると、目を瞑った。王子である俺を、この状況に追い込める人物はお母様以外に考えられない。お母様は、俺のことが嫌いなのか。愛されているなんて、夢のまた夢か。
「お母様。欲しいものがあります。フローレンス・ジェススを、私に下さい。」
俺がそう言ったら、お母様は、どうするだろう。
笑うかもしれない。
怒るかもしれない。
無視するかもしれない。
分からない。俺は、お母様がどうするか、予想すらできない。遠すぎる。俺は手を天井に向かって突き出した。とても、届きそうにない。
俺は体を起こすと、ベッド脇に置いてある新聞に目を通した。我が国に隣接はしていないが、隣の隣にある国の貴族向けの新聞だ。ここに、エミリー王女という方がいる。自ら剣を振り戦に出る豪傑だが、容姿端麗で聡明な方で、王太子である兄より民に人気があるようだ。
そして彼女は、24歳でありながら未婚だ。下の二人の妹達はすでに降嫁している。特に交流のないこの国の情報は殆どなく苦労したが、この新聞にヒントがあった。どうやら彼女は、不妊らしい。不妊は、女性にとって致命的だ。いくら美しく賢くても子を産めない女性は、後妻か、訳ありの相手にしか嫁げないだろう。
他国の王女と一貴族のフローレンスなら、殿下の婚約者として有益なのは圧倒的にエミリー王女だ。異国と繋がりができるなら、煩い王族達も黙るだろう。しかも不妊症なら、殿下の我が儘にも対応できる。エミリー王女は確実に殿下の息子を我が子として育ててくれるだろう。殿下にとっても、異国の王女は響きもいいし、強力な後ろ盾を得たことになる。文句は出ないだろう。
だが果たして、この方は来てくれるだろうか。何の伝もない、この国に。
殿下を気に入ってくれるだろうか。殿下は、王族の中でも群を抜いた美丈夫だ。頭も良く、運動もできる。だが、致命的な欠点がある。殿下は、全く努力をしない。基はいいが、知識や教養に欠け、そのため陰では馬鹿だと囁かれている。
さて、エミリー王女とどのように交渉するべきか。
俺は悩みながら計画を練り、侍従の帰りを待った。
数日後、有用な情報を得て侍従が戻った。
俺達はすぐに、エミリー王女の下へ出発した。
「王女の不妊は周知の事実でした。子供の頃、流行病にかかり、二週間以上高熱が続いたようです。」
俺は頷いた。この流行病は不妊の原因となる病気の一つで、通常一週間以上高熱が続くと、男女とも子ができなくなる。それが二週間続いたなら、絶望的だ。
「そのせいで結婚の予定はありません。しかし非常に前向きな性格らしく、その後騎士となり、今では最前線まで赴く国の守り神のような存在となり、民から圧倒的な人気を誇っています。その人気は、兄である病弱な王太子よりも高く、彼女を国王にと推す声もあるようです。ですが、子を作れないことが、やはり致命的なようですね。」
この国には、高齢の国王と病弱な王太子、次にエミリー王女とその下に二人、王女がいる。俺は家系図を思い出しながら、状況を整理し考えた。
「王太子は既婚ですが、子がいません。現王が亡くなった場合、通常なら王太子が継ぎ、子がいなければ妹の息子を養子に迎えるのが一般的ですが、この王太子は殆どの時間をベッドで過ごすほど弱っているようで、王になるのは不安視されています。」
俺は頷いた。
王子が一人で、更にその方が病弱となると揉めそうだ。
「そうなると、王位は次のエミリー王女が継ぐべきです。この方は、武人で頭も良く王の器と噂されています。しかしながら、子ができない。そうなると、王家としては血筋が滅ぶ危険性から、既に子がいる第二王女を王に、という声が大多数のようです。」
いくら本人が有能でも、その血が途絶えては困る、ということか。子がいるというだけで、能力に関係なく第二王女が優遇されている。
「エミリー王女は、街の酒場に週に一回程度遊びに来ます。騎士達と来るので警備は万全ですが、他の客と話したり、飲んだりされます。そこなら、直接、会えるかと。」
なんと豪胆な女性だろう。俺は驚いたが、好都合だ。
俺は大きく息を吸うと、頷いた。行こう。
数日の移動のあと、夕陽が地平線に沈む前に、俺達はその酒場に辿り着いた。
俺は驚いた。本当に、街の酒場、だった。中は薄汚く、薄暗く、とても貴族が来そうな店ではない。実際、まばらに居る客たちは平民のようで、自由に各々酒を楽しんでいた。
俺は、強めのウィスキーを頼み、一気にあおった。侍従が俺を見て少し笑った。俺はその視線をかわし、パンパンと頬を叩いた。飲まずにはいられない。素面では、場に飲まれてしまいそうだ。
暫くすると、騒がしい一団が入ってきた。慣れた様子で奥のテーブルを陣取り、騎士の団服の襟元を緩め、お酒を頼んでいく。室内が急に活気づき、華やいだ。その中心に、赤い髪の毛をまとめた、女性がいた。
エミリー王女だ。
俺は侍従と目配せをした。それから暫くの間、俺達はその集団の様子を横目で観察しながら、チビチビと酒を飲んでいた。どのように接触するか。俺はなかなか動くことができなかった。
すると、王女が席を立ち、入口を出て行った。俺は侍従と顔を見合わせた。行くべきか、どうか。俺はもう一杯、今度は軽めの葡萄酒をあおり席を立った。正面の入口ではなく、手洗いのある裏口から外に出て、エミリー王女を探した。
「こんばんは。」
俺は後ろから聞こえてきた、全く酔いの感じられない声に、体をビクリと震わせた。
「どちら様。用件は何かしら。」
振り向くと、エミリー王女が立っていた。
遠目から見た印象よりも小柄で、想像していたよりも華奢な女性だった。フェルゼッドの様に鍛え上げられた筋肉質な体ではなく、しなやかで締まった肉体と、健康的な美しさを持つ女性だった。
俺は、言葉に詰まった。まさか、おびき出されるとは思いもしなかった。
「私に、会いに来たのでしょう。ずっとこちらを探っていたでしょう。」
全て、バレていたようだ。俺は感心した。流石騎士ということか。
「用がないなら、いいのよ。ごめんなさいね。」
エミリー王女が、何も言わない俺に興味をなくしたのか立ち去ろうとするのを、俺は慌ててひき止めた。
「待ってください。用件は、あります。」
俺は被っていたフードを脱ぎ、顔を出した。
「バーゼルと申します。王子です。」
王女が、くりっとした瞳を胡散臭そうにすがめた。
「王子。詐欺か何か、かしら。悪いけど、そんなのに引っかかるほど初ではないわ。」
王女の話し方は大人の女性らしく、色気があった。とても豪傑と呼ばれる女性には見えない。
俺はポケットから家族の絵を取り出すと、王女に渡した。王子だと、証明する手だてはこれくらいしかない。信じてもらえない可能性もあるが、ないよりはいいだろう。
「父である王は、ご存じですか。私は、ここです。第三王子バーゼルです。」
王女が絵を覗き込んだ。
「まあ、似てはいるけど。まあ、いいか。」
全く信用していない王女の様子に、俺は苦笑した。すると王女が俺を舐めまわすように観察してから、俺の耳元で囁いた。
「貴方、何か企んでいるのでしょう。何か。悪いことを。」
俺はその言葉に、息を飲んだ。全て見透かされたような言葉に、心臓がドクドクと早くなるのを感じた。
「それで、何を企んでいるの。どうぞ、教えて。私はここで、新しい情報と出会いをいつも待ってるの。そのために、週に一度ここに来て、わざと、一人になるのよ。」
王女がいたずらっ子のように、囁いた。
俺はギュッと手を握りしめた。
予想通りだ。この方は、野心を持っている。
「エミリー様が望んでいる物を、提供できるかもしれません。」
俺は、思い切って口を開いた。
「異国の王子と、その後ろ盾は、いかがでしょうか。」
プッと吹き出したのは、王女だった。
「貴方、やっぱり詐欺師ね。まさか、自分を、売り込みに来たの。悪いけど、間に合ってるわ。」
王女は暫く笑いながら、俺の顔をまじまじと見つめていた。
俺は頭を降った。
「いえ、私ではありません。」
俺は否定し、話しを続けた。
「失礼ながら、私の見解を述べさせていただきます。現在、国王の子ども達四人は、絶妙なバランスで、この国は安定しております。そこにもし、異国の王子である私が、エミリー王女の婿に来た場合、エミリー王女は兄弟の中で、抜きん出て強力な後ろ盾を得たことになります。そうなると、王太子は自分が廃嫡されるのではと恐れ、下の王女達も次期王となるために、エミリー王女に対して攻撃をはじめなくてはなりません。国は、乱れます。」
王太子でありながら病弱で子がいない長兄。才能溢れるが、子ができない長女。才能は今ひとつだが臣下に嫁ぎ、子がいる次女と三女。この兄弟は誰もが抜きん出ていないため、現在国が平和だ。
そこに異分子が来たら、荒れる。
フローレンス、君の読みは、当たるか、外れるか。
エミリー王女が、笑った。
「正解。良い読みだわ。だから私は、婿取りに神経を尖らせているの。良い家の婿程度では足りないの。その程度では、良い家の旦那と子を持つ妹が、王位を継ぐでしょうから。」
王女が困ったように、ため息をついた。
「かと言って、あまりにも特出した者を迎えると、貴方の言う通り、反発が目に見えてるわ。妹達の嫁ぎ先は野心的だから尚更、危険ね。」
フローレンス、君はやはり天才だ。
俺は頷き、静かに言った。
「そこで、兄のディミトリをお勧め致します。我が国の、王太子です。」
一瞬の間の後、王女が頭を振った。
「王太子に。情報不足ね。私のことを、もう少し、調べるべきだったわね。残念。」
残念そうに、王女が立てた人差し指を左右に振った。
それに対して、俺も頭を振った。
「いいえ。調べさせて頂きました。私のこれからの発言、聞くに耐えないかもしれませんが、どうかご容赦ください。」
俺は軽く頭を下げた。俺の覚悟に、王女が笑顔を潜め真剣な表情になった。
「不妊の場合、一国の王太子に嫁ぐことは難しいでしょう。しかしながら、実はディミトリには既に妻子がおり、その男児を次の王太子にと考えております。エミリー王女が、それを了承し、子を引き取り育てて頂ければ、全て収まるかと。」
王女が、丸い目を更に丸めた。
「待って。私は、他国に嫁ぐつもりはないわ。」
驚いている王女に、俺は両手で落ち着くよう促した。
「一度、ぜひ嫁いで下さい。」
王女の眉間に、皺が寄っている。
「その間に、我が国とコネを作り、エミリー様のお父上が亡くなる直前あたりに、また国へ戻ればよいかと思います。戻る理由なら、幾らでもあります。父の容態が気になるとか、離れている間の戦況が気になるとか、なんとか。実際、王女が国を離れたことで、国民は王女の偉大さを改めて実感することでしょうから、きっと喜んで、王女を迎え入れることでしょう。ついでに、我が国の王太子もお連れください。強力な後ろ盾となるでしょうから、王の座は、狙えるはずです。ライバルが減りホッとしていた兄弟の方々には申し訳ありませんが、王座はぜひ、譲っていただきましょう。」
俺の話に、王女は感心したような、呆れたような表情をしていた。
「なる程、随分手の込んだことを考えたわね。」
フローレンス、君の案は、本当に斬新だ。
「でも、連れて帰るって、一国の王太子を他国に送り出すなんてこと、あるかしら。」
首を傾げた王女に、俺は力いっぱい頷いた。
「問題ありません。我が国の王は、まだ若く健康です。更に、王太子の下に十二人、優秀で健康な王子がおります。むしろ馬鹿な王太子を連れて行っていただけたら、感謝ばかりかと思われます。」
仮にディミトリが行きたくないとゴネても、殆どの王族が出て行くことを望むだろう。ディミトリには王としての品格が圧倒的に足りない。
「あははは。王太子は、馬鹿なのね。」
王女が、楽しそうに笑い出した。
「はい。馬鹿ですが、美丈夫です。エミリー王女の求めている婿像に、ピタリと当てはまるかと思います。」
エミリー王女は、口出しをしてくる賢い婿など、欲しくはないはずだ。馬鹿で、美しい。理想の婿だろう。
エミリー王女がもう一度、首を傾げて問うた。
「そうねぇ。でも、私と王太子を結婚させる必要性が、見えないわね。王太子に妻子がいても結婚相手は数多いるでしょう。貴方の国は、実は緊張状態にあり、王太子は強力な後ろ盾を必要としているのかしら。」
俺は頭を振った。
「いいえ、そういうわけではありません。我が国は、至って平和です。王宮内も、王妃、王太子の地位は揺るぎなく、特に荒れてはおりません。」
王女がまた問う。
「では、貴方が、王位を狙って王太子を陥れようと画策しているのかしら。」
俺は頭を振った。
「いいえ、私は王位を狙ってはおりません。目的は、王太子と婚約者の方を離すことです。」
王女が更に問う。
「なる程。その貴族の娘が王妃になると、何か困るのかしら。実家の力が強大になりすぎるとか。」
俺は頭を振った。
「いいえ。強いて言うならば、彼女が、王妃に向いていない、ということでしょうか。」
なる程と王女が頷いて、呟いた。
「そんなにも、愚かな娘なのね。」
「この話、悪くはないわ。異国の王子の存在は、助かる。」
目にギラリと輝く何かをたたえたエミリー王女が、美しい笑みを浮かべた。王族の笑みだ。いや、王の笑みだろうか。
「私の話が、お役に立てば幸いです。」
不妊であろうと、女性であろうと、騎士として努力し、地位を自ら築き上げてきたエミリー王女。諦めてないからだ。王になることを。だが、努力だけではどうにもならない、不妊という事実が、彼女の足を引っ張っている。だが、その足枷以上の力を、王女が手に入れられれば逆転は簡単だ。例えば、異国の王子と、その国の後ろ盾。これで、恐らく彼女は王になり、妹の子でも養子に迎え、育てるのだろう。
だがこの話が進めば、いずれディミトリは、この国に来ることになる。
俺はひっそりと、ほくそ笑んだ。ディミトリの人生を、変えた。
俺が、変えてやった。
数週間後、俺宛にエミリー王女から手紙が届いた。そこには、ディミトリとの婚約を成立させたこと、そのきっかけをくれたお礼がしたいこと、今後も色々とお願いしたい、と書かれていた。
俺は、酒場で世間話をしただけで、何かを頂くのは恐縮だと書いて送った。勿論、今後もぜひ飲みに行きましょう、と最後に添えて。




