主人公は、bではないがやってみよう。
「バーゼル王子。お久しぶりです。」
俺が王宮へと急いでいると、誰かが俺を呼び止めた。声の主は、王族へのお辞儀を完璧にこなした、公爵家のアシュリーだった。
明らかに変装がバレている。俺は笑いながら、アシュリーに声をかけた。
「バレたか。久しぶり、アシュリー。今は変装中なので、挨拶はまた。」
俺が小声で囁くと、アシュリーが驚いて、聞き返してきた。
「変装、ですか。」
俺はいつも通り、穏やかに笑いながら頷いた。
「息抜きをしに来て、バレたら大変だから。」
アシュリーも頷いて、俺の全身を眺めてきた。
「そうでしたか。私も見ないふりをしたほうが良かったですね。」
アシュリーの言葉に、俺は軽く手を振り、気にするなと伝えた。
だが、何か、おかしいな。俺は考え込んだ。
何故、用もないのに、アシュリーは俺に話しかけてきた。フローレンス嬢といる時ではなく、敢えて離れてからすぐに。偶々だろうか。いや、確かアシュリーはオレ様な性格で、自分からわざわざ誰かに話しかけるタイプではない。それに確か、アシュリーとフローレンス嬢は、ほぼ婚約状態に長い間あったと、殿下の婚約者候補達の資料で、俺は見た記憶がある。
少し、揺さぶってみよう。俺はアシュリーと目を合わせ、尋ねた。
「君は、なぜここに。もしかしたら、フローレンス殿のお守り役か何か、かな。」
プッ。俺は心の中で、笑ってしまった。
一瞬、アシュリーの表情が崩れ、眉間に皺が寄ったのを俺は見逃さなかった。分かりやすい子だな。面白い。そして今度は、気持ち悪いくらいの笑顔で、アシュリーが聞き返してきた。
「お守り役とは。どういうことでしょうか。」
俺は正直に、丁寧に、何故そう思ったかを説明してあげた。
「君が、あまりにも早く私を見つけて、接触しなくてもいいのにわざわざ接触してきたから、何かあるのかな、と思ったまでさ。」
アシュリーがまた眉間に皺をよせ考えはじめ、暫くすると、あからさまに考えるのを放棄したような態度で、話しはじめた。
「フローレンスに悪い虫が付かぬよう、見守っています。彼女の父親に、頼まれております。」
聞いてもいない情報まで落としてくれるとは、アシュリーは、まだ若い。まあ、侍従か護衛くらいは付いていて当然なので、大した情報でもないが。
「悪い虫。私も虫かな。」
俺は、ははは、と笑ってから、アシュリーの耳元で囁いた。
「兄との縁談の話だね。確かに、婚約者候補が他に恋人を作るのはまずい。特に彼女は、私の知る限りでは、最有力候補だ。」
アシュリーは驚き戸惑ったような顔をしている。それはそうだろう。まだ誰が王太子の最有力婚約者候補か、公表されていない。フローレンスがそうであることを知っているのは、一部の王族のみだ。
さて、アシュリーは何と返すだろうか。
迷い、考え込んだアシュリーを、俺は穏やかに観察した。
「フローレンスは、王太子殿下との結婚を望んではおりません。」
アシュリーが選んだ答えは、フローレンスの個人情報だった。俺はヒラヒラと手を振って、口を開けた。
「本人の意思など、ないようなものだ。」
王太子が望み、ジェスス公爵も了承しているなら、娘に拒否権はない。
だが、良いことが聞けた。
「彼女は、望んでいないのか。」
俺は小さく呟くと、小さく笑った。フローレンス嬢が望んでいるのなら、王太子との関係を俺のせいで台無しにするのは、気が引ける。
だが、彼女が、望んでいないなら。
あの手紙を解読するためには、王宮の図書室の、王族しか入れない部屋に入る必要がある。
ということは、あそこに入れる資格がないと、ダメだ。
俺は考え込んだ。王族以外の人間がその資格を得る方法は只一つ。王族と、結婚をすること。
フローレンス嬢は、俺と結婚してくれるだろうか。
有り得ない。自他共に認める美しい天才少女が、何も持たない能なしの第三王子と結婚する必要性が、ない。
必要性以外に、誰かと結婚するとしたら、どのような理由がある。俺は考えたが、良い案は思い浮かばない。フローレンス嬢がはいと答えてくれそうな案は、なんだ。
頼まれて仕方がなく。ないな。
可哀想だと同情して。ないな。
王族の権力で屈服させる。ないない。
既成事実を作る。殺されるな、俺が。
俺を好きになる。有り得ない。フローレンス嬢が俺を好きになることなど、ない。
では、どうする。俺は悩んだ。好きになってもらうのが、一番、自然ではある。
よし、やってみよう。
俺は、そのような経験が全くないので、上手くできるとは思えない。だが、社交術の授業は参考になるし、恋愛の指南書などを読み学ぼう。あまり強引にするのは流石に気が引けるし、俺にできる範囲で実行してみて、フローレンス嬢の様子を見て、また、考えよう。
ついこの間、アシュリーに、フローレンス嬢に恋人ができてはまずいと言いながら、発言した俺が、彼女の恋人になろうとしているとは、アシュリーも思わないだろうな。




