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主人公は、bではないかな。


 俺達は暫くの間、政変特集の出来事について話し合った。



 そろそろ王宮に戻らなければ、俺はアッという間に過ぎてしまった時間に名残惜しさを感じながら、姿勢を正し、フローレンス嬢に体を向けた。



 俺が改めて彼女を見下ろすと、彼女はとても小さく線の細い少女だった。女性とは、こんなにも頼りない存在なのかと、俺は驚いた。



 俺はこの国の第三王子だが、全くモテない。


 殆どの王侯貴族達が十代で結婚する中、俺は21歳にして、結婚の話など一度も出たことがない。


 理由は、簡単だ。王妃であるお母様が、兄ディミトリだけを溺愛し、俺を空気のように扱うからだ。王妃の機嫌を窺う王族や貴族達は、王妃に擦りよるために兄を誉め、俺を蔑む。だから、俺の元へ嫁ごうとする女性はいない。


 俺は、お母様の態度をおかしいと思ったことはない。


 王妃であれば、王太子に愛情や時間を注ぐのは当然で、何の取り柄もない、第三王子という将来王になる可能性も極めて低い立ち位置にいる俺に、愛情も時間もかけることはできないのだろう。


 お母様は、それでも偶に俺の側に来て、微笑んでくれる。俺はそれだけで十分幸せで、それ以上を欲することはない。



 いや、欲しいものはある。


 一度でいいから、お母様に、愛している、と、言われてみたい。そうしたら俺は、王宮を出て、穀潰しをやめることができるだろう。




 俺は、話を切り上げようとして、改めてフローレンス嬢の言動について思い返した。彼女が、王族に対する言葉遣いを使っていなかったことに気づいて、俺は考え込んだ。


 俺が王子だと、気づいていないのか。



 何故、平民に視線を送っていたのだろう。



 天才の考えることは、よく分からない。



 だが、平民だと勘違いをしているなら、その方が都合がいい。俺が王子だと知られれば、警戒されるだろう。それに、王家の歴史について話しあう際、王子である俺に遠慮をして、本音を話してくれなくなるかもしれない。


 それは、避けたい。


 相手が平民なら、彼女は遠慮せず正直な意見を話すだろう。俺は、身分を隠すことを決めた。



 俺は、フローレンス嬢の瞳を覗き込んだ。


「またこちらで、貴女様のお話を聞かせていただくことは、できますか。」


 はにかみながら、彼女はすぐに頷いて答えた。


「もちろんです。」


 良かった、俺はそう呟いて立ち上がり、平民のお辞儀をした。


「ジェスス様。それでは、また。」


 フローレンス嬢が俺の挨拶を受けて、貴族の挨拶を返してきた。挨拶も、可愛らしいな。俺は感心した。



「あ、待って。」


 俺が歩き出すと、後ろからフローレンス嬢の切羽詰まった声が聞こえて、俺の手首が彼女に掴まれた。俺が、何だろうと振り向くと、フローレンス嬢が真っ赤な顔をして、瞳に涙をため、何かに驚きながら、悲鳴を上げた。


「きゃああああ。」


 俺は驚いて彼女を観察したが、何故このような事態になっているのかが分からず、兎に角、他から注がれた視線を逸らそうと周りの生徒達に、虫がいて驚いた為だと謝罪した。


 そして、フローレンス嬢の真っ白な手を取ると、落ち着くよう宥めた。


「ありがとうございます。名前を、教えてください。」


 フローレンス嬢の心臓が、ドクドクとうるさくなっていくのを、俺は自分の手を通じて感じた。潤んだ真っ青な瞳が、俺を見上げ、尋ねてきた。

 


 初対面の女性に名乗り忘れる、という醜態に、俺は苦笑するしかなかった。


「申し訳ありません。ジェスス様との時間があまりにも有意義で楽しかった為、名乗ることすら失念しておりました。」



 バーゼル。



 この名前は珍しいので、名乗れない。


 俺は考え込んだ。


 こんな時、一体何と名乗ればいいのか。俺がいくら考えても良い答えは浮かばず、結局口をついて出たのは、ジル、という名前だった。


「ジルと申します。今後もよろしくお願いします。」



 ジル。俺が最も忌み嫌っている名が、よりにもよって今、口から出てくるとは。俺が、己の愚かさを呪っていると、小さな呟きが聞こえた。


「ジル。」


 少女がそう囁いて、嬉しそうに笑った。



 ジル。まあ、そんなに、悪い名前でも、ないか。


 俺はそんな風に思いはじめた自分に驚いた。つい先程まで、心に住み続けていたわだかまりが、彼女の一瞬の行動で、消えてなくなるとは。



 俺は、笑うしかなかった。


 俺は、単純で、馬鹿過ぎる。自分がこんなにも馬鹿だったとは、初めて、知った。





「ジル。おい、ジル。わしの呼びかけに応えぬとは、どういうことだ。ん。何。何だと。ああ、間違えたか。バーゼル。バーゼルだったな。オホン。どうだ、その、あー、学校は、学校は、楽しいか。」


「はい。お父様。」



「そうか、そうか。それは良い。お前も、儂の息子だ。儂には似てないが、まあ励めよ。」


「はい。お父様。」



 俺はまだ、学校には通っていなかった。この答えで合っているのだろうか。俺はお母様を盗み見た。お母様が、微笑んだ。



 お母様が言うことを、俺はすればいい。そうすれば、お母様は、優しく微笑んでくれる。



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