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あー。私ってやっぱり主人公なんだなって、心底思いました。  作者: 一子
第一章 主人公は、私です。
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主人公は、私ですよね。


 はあ。



 (わたくし)は一人、うなだれています。




 第七図書館の彼。あの時のことを思い出すと、私の心臓はドクドクと音を立てて、顔が火照って、何もかもが恥ずかしく思えてくるのです。


 ふと気を抜くと、あの時のことばかり。



 なぜ私はあそこで、あの時、家政婦をしていたのでしょうか。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。消えてなくなりたい。百面相。


 いえいえ。ダメダメ。


 私は、消えてはいけません。だって、彼は、私を見て微笑んでいたのです。優しそうな口元と、白くも黒くもない健康的な肌。髪の毛は、金色と栗色の間のような甘い色で、整えられておらず、肩よりも少し短いところで揃えられていました。服装は、貴族が着るような畏まったジャケットではなく、生成のシャツでした。



 彼は、平民です。


 けれど、ただの平民ではありません。


 王立高等学校に通えるほど優秀で、あの図書館の本を読めるほど賢く、とても綺麗な字を書くよう躾られた、平民。もう、彼しかいません。



 私の運命の相手は、彼です。




 と、いうことで、私は第七図書館で、大好きな張り込みを始めました。今まで、なかなか張り込みをする機会が無かったので、私は単純にとても嬉しく、絶好調です。

 


 まずは朝開館と共に入館し、授業以外のすべての時間を図書館の柱の後ろで過ごしました。その結果、彼が朝と昼に来ることはなく、放課後も週に一度か二度しか来ないことが分かりました。更に、曜日はまばらで、結局私は、放課後は毎日ここに通うことにしたのです。


 彼に気づかれないよう、眼鏡での変装と柱の陰からのストーキ、もとい、人間観察は終了しました。私はついに、直接対決に挑みます。頑張れ、私。



 私は、あの日座っていた席に腰掛けました。ここは、図書室全体を見渡すことができるので、ちょうど良いのです。二十人程が資料を広げながら余裕を持って座れる木造の大テーブルの、壁際の端に私は腰掛けています。そして、同じ大きさのテーブルが、時計のある柱まで四つ。四つ目のテーブルに、以前彼が座っていました。


 これが、今の私達の距離です。


 けれど、きっと、すぐに、同じテーブルで本を読んだり、ヒソヒソ声でおしゃべりをしたりできるようになるはずです。



 私は気合いを入れて、居住まいを正しました。今日は、落ち着いたグリーンのドレスに身を包んでいます。貴族が相手なら、派手なほうがいいのですが、平民の彼は、あまり派手なものは好まないかもしれない。そう考えて、選びました。同じ理由で髪も、巻かずにまとめただけ。薄化粧もしていません。


 彼は、私をかわいいと思ってくれるでしょうか。


 彼のことを考えると、とても小さなことが大事に思えて、私の心を揺さぶります。前髪、右に流すより、左にした方が良かったかもしれません。いいえ、これでいいはずです。侍女は、かわいいと言ってくれました。けれど、それがあの子の仕事ですよね。ただのお世辞だったら、どうしましょう。


 ドクドクと波打つ心臓に、私は、目を閉じました。こんなにも緊張することがあるなんて、思いもしませんでした。



 私、しっかりと、話せるでしょうか。



 私は、数十冊、歴史書を棚から選んで持ってきました。彼が来るまでこれを読み、心を落ち着かせましょう。



 私は日本では、歴史にも政治にも全く興味がありませんでした。


 もっと軽いものを好んで、恋愛も相手任せで波風を立てずに静かにしていました。だからでしょうか、一人になると、家人の秘密を盗み見る家政婦、みたいなものが大好きだったのです。理由は簡単です。日本人の私は、地味で、主人公になれるタイプではありませんでした。どうやっても主人公になれない私が、主人公になるためには、主人公になりそうな人達を見て、考え、推理するしかなかったのです。もちろん、現実に誰かのストーカーをしていたわけではありません。ただ時々、テレビの中で有名人達を追いかけて追いつめて、私が主人公になる。それが、私のささやかな幸せだったのです。



 けれど、こちらの世界では、私は何もしなくても主人公です。しかも、日本では違法だったストーキング、もとい、彼の行動観察なども制限なく自由にできるのです。最高です。



 それに、家政婦目線で、歴史や政治を見る面白さも知ってしまいました。私は、こちらの世界の住人です。迷いは、ありません。




 あ、来ました。私はつい緩んでしまった口元を本で隠し、彼の姿を目で追いました。



 ふと、彼がこちらに視線をやり、私達の目が合いました。彼は少し驚いたような表情をしてから、少し微笑んで、小さく会釈をしてくれました。


 私は、目が合ったことに緊張して、慌てて軽く頭を下げました。


 彼はそんな私の目の前を、すーーと通り過ぎると、空いている席に腰掛けました。



 なんということでしょう。


 今日は、彼のつむじと、後ろ姿しか見れないのでしょうか。私は落胆して、ため息をつきました。



 結局彼は、一時間程で立ち上がり、図書館を出ていきました。帰り際、こちらを振り向くこともありませんでした。



 なんということでしょう。


 彼は、もしかしたら私を知らないのでしょうか。



 いえいえ、私を知らないなんて、そんなことはありえません。私は成績優秀、頭脳明晰、運動神経抜群で、常に目立っていますので。しかも、この物語の主人公ですから。主人公、ですよね。多分、そうだと思います。主人公は、私のはずです。



 主人公、ですよね。



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