主人公は、aではないが、オレでもいいだろう。
フローレンスとコリーが別れた。
当然だ。
オレはコリーのことを考えたがなんとも思わない。どうでもいい。
どうでもいいが別れた理由がおかしい。コリーに仕事の話がきた。雇い主は、第五王子だ。
誰だ。第五王子を誘導したのは。王子と接触できるのは誰だ。フローレンスのクソオヤか、いやその可能性は低い。
コリーは最近女と別れた。仕事がないからだ。仕事ができた今なら女とよりを戻せる。前の女か、フローレンスか。コリーがどっちを選んだかはどうでもいい。だが、コリーは、迷ったはずだ。
フローレンスはコリーに飽きてた。別れたかった。だから迷ってるコリーに、相手の女を勧めて自分は身を引いた。めでたし、めでたしだ。
その後フローレンスは家を出て髪を切り歴史家になった。フローレンスらしい。どこをどう見たら、これが普通に見えるんだ。コリーは頭も目もイかれてる。
王太子に婚約者ができた。異国の王女だ。天才で美しいジェスス公爵家の娘であるフローレンスを王太子の婚約者候補から外すには、最適な人選だ。
コリーの仕事と王太子の婚約。フローレンスの婚約話が、二つ消えた。
誰だ、得をしたのは。
オレは両手を握りしめた。アイツしかいない。フローレンスを手に入れるために邪魔者を潰したのか。
やっと、バーゼルが帰って来た。
生きてた。よかった。アイツは、アイツだけは、オレのこの手で殺す。
だがアイツこそ、オレのことは、どうするつもりだ。
オレは正装しジェスス家の馬車に乗り込んだ。王宮での舞踏会にフローレンスと向かうためだ。オレの親父がオレのためにフローレンスと踊れるよう手配したらしい。
舞踏会には男女ペアで出席するという決まりがある。どうでもいい決まりだが、フローレンスにとってはクソみたいな決まりだ。フローレンスはオレ以外の男と二人になれない。だから隣にオレがいなければ、オレの侍従がずっとフローレンスを守ってる。
フローレンスが王太子の婚約者候補になり、このクソが婚約者候補全員に自分以外の異性とパートナーにならないよう要請してきて、フローレンスは舞踏会に行けなくなった。他の候補は父親か男兄弟とペアになってたがフローレンスは舞踏会に行かないことを選んだ。わがまま放題のクソ王太子への反抗心だろうな。
フローレンスに会うのは久しぶりだ。
何を考えてるのか分からないアイツは苛つく。会いたくない。
そう思ってた。
それなのに、オレはまた、一瞬で恋におちた。
クッソ。バカはオレだ。
柔らかい金色の髪がキラキラ輝いて長かった頃のまとめた髪型よりきれいだ。フワフワ揺れる髪が、フローレンスらしくてかわいい。
オレはフローレンスの頭に手を伸ばした。揺れる髪の毛を一房取り、そのまま顔を寄せオレは唇をつけた。
フローレンスが頬を真っ赤に染めた。オレは体を離すと、わざと甘く優しい声で、フローレンスの耳元で囁いた。
「変な、頭。」
頬を真っ赤にしたフローレンスは、かわいい。
そういえば昔、私が美しくもなく、賢くもなくなったらどうする、と聞かれたな。オレは即答した。フローレンスはかわいいよ、ずっと、と。だがフローレンスはしつこくオレに聞いてきた。古ぼけたボタンのように汚くなったらどうする、と。オレは、汚いフローレンスはいらない、と答えた。
オレは知ってたからだ。フローレンスが何を得て何を捨てても、変わらず美しいことを。
だからオレは言ったはずだ。フローレンスは、ずっと、何十年たっても、美しいと。オレは合ってる。髪の毛を捨てたフローレンスも、変わらず美しく、かわいい。
フローレンスは自分の美しさについて、何も分かってない。なぜ年を取ったら、髪を切ったら、美しくなくなるんだ。
オレには分からない。そんなことはありえない。一体、何に怯えてるんだ、フローレンスは。
オレはババアになったフローレンスを想像して、笑った。別に、悪くない。
「こんなの、誰にも相手にされないだろ。」
オレはバカ面のフローレンスの額に唇をつけた。
「一人で生きていくから、いいの。」
フローレンスはオレに抵抗してからオレの足を蹴飛ばした。
もう王宮なのか、馬車の速度が落ちてきた。オレは御者に話しかけた。
「誘導係の方から、ジェスス家の馬車は、王族専用の馬車待機所に向かうよう指示されました。」
どういうことだ。一貴族のジェスス家の馬車が王族と同じところに停められるはずがない。オレが舌打ちすると、御者も分からないと頭を振った。
その時、一頭の白馬が近づいてきた。その馬が、御者を誘導し始めた。
白馬。
オレの、体が震えた。
オレはオレの後ろで、オレの様子を見守ってるフローレンスを見るために振り返った。
フローレンスは、オレのものだ。
オレは馬車から先に降りバーゼルを探した。
まわりの景色がゆっくり流れていく。花の色も、ドレスが作る風も、まわりの声も、全部見える。聞こえる。オレの全神経が研ぎ澄まされ、身体が熱い。殺気で爆発しそうだ。アイツを殺す。どこだ、アイツは。まわりの景色がうねって、渦を巻いた。オレの全ての神経が、クソ王子を探してる。
アッチか。
「アシュリー、君も一緒だったのか。そうか。」
バカ面の王子が驚いてオレを見つめてた。オレは王子を無視して心を無にした。殺す前に、聞いておきたいことがある。
「王太子殿下の婚約と、コリーの仕事の件。あれは、王子が筋書きを書いたのですか。」
王子は、笑った。
「バレたか。君は、鋭いね。あの二人には、フローレンスは必要なかった。だから、他の方と幸せになってもらったまでさ。」
オレは頷いた。
ではオレは。オレのことは、どうする気だ、コイツは。
「でもアシュリー、君には、フローレンスが必要なんだろう。君は、相手がフローレンスじゃないと、幸せになれないのだろう。」
オレは頷いた。
王子が急に頭を下げた。王族は頭を下げない。ここはそういう国だ。どういうつもりだ。このクソ王子は。
「フローレンスと私は、次会えば、必ず恋に落ちる。」
オレは、笑った。
この自信。王子の自信は、どこからくるんだ。
ポッと出てきて、オレから奪うつもりか。
フローレンスと会えば、恋に落ちるだと。バカか。くだらない。それなら、会わせなければいい。
お前を、殺せばいい。それだけだ。
オレは爆発しそうな殺意に身を任せて鼻に皺を寄せ牙をむいた。
ぶっ殺す。
オレのストレートを王子は腕で防いで、オレの腕に触れた。その手の先から細い蔦のようなものがオレの両腕に巻き付き、オレは一瞬で拘束された。
「何だ、これは。」
驚いたオレは両腕を自由にするために蔦を噛みちぎった。ジャリっと口の中で嫌な音がして、オレは王子を睨んだ。
王子は、表情のない顔で、表情のない声で、囁いた。
「土魔法。秘密にしといてね。」
魔法、だと。クッソ。
オレはこんな使える魔法を見たことがない。クッソ。これは、土が、固まったのか。オレは舌打ちした。この土は、どこから来た。
オレは王子から離れ構えた。
魔法を使うためには詠唱が必要だ。口を狙う。オレは一気に間合いをつめ、蹴るふりをして王子の顎に頭突きを喰らわせようとした。
王子が後ろに避けて、構えた。クッソ。
オレは両腕をおろし殺気を解いた。
オレでは、かなわない。
クッソ。いつかぶっ殺す。
オレの目の前で、真っ白なタキシード姿の第三王子と真っ黒なドレスを着たフローレンスが出会い、恋に落ちていった。
王子は甘く柔らかくフローレンスを口説き落とした。
美しい王宮を背に、沢山の人に囲まれ、ワルツを踊り、愛を囁かれるお姫様。整えられた場面で美しい言葉を並べられ、お姫様は舞い上がり求婚を受けてしまった。物語のワンシーンのような美しいプロポーズ劇。
女主人公は、フローレンス。
フローレンス、お前は、バカだ。
オレは王子が囁いた言葉を思い出した。
「お前は、手に入らない、フローレンスを、手に入れるために、足掻いたか。」
当たり前だ。オレの人生はフローレンスで埋め尽くされてる。オレはずっと、戦ってきた。
「俺は、手に入らないフローレンスを手に入れるために、足掻いて、足掻いて、命を懸けた。何もせず、ただ待っているだけの者は、何も、手に入れられない。足掻いた人間にだけ、その権利が与えられるんだ。」
その通りだ。だから、フローレンスはオレのものだ。お前の足掻きなど話にならない。ずっと足掻いてきたのはオレだ。
あの時、オレたちは5歳だった。
オレとフローレンス、あと何人かの子供と、家庭教師と護衛でピクニックに行った。
「探検だ。この棒、かっこいいな。」
オレ達は、お気に入りの棒を振りまわしながら草原を探索してた。
「あれ。木のとこに、蜂の巣。」
「蜂蜜が中にあるよ。食べたい。」
「オレが、やる。」
「アシュリー、ダメ。危ないからやめて。棒でつついたらだめだよ。蜂が出てくるよ。」
フローレンスは子供の頃から大人びた物知りなガキだった。この時もオレをとめようと何か言ってたがオレは無視した。まさか、中にあんな数の蜂が入ってるとは思わなかった。
二人の子供が蜂に刺され、護衛と家庭教師が二人を病院に連れて行くことになった。他の子供達をおいて。その日、草原に乗ってきた馬車は他の用事で街に行っていた。だからそこに馬車はなかった。刺された二人を護衛と家庭教師が担いで街に行くことになった。
おいて行かれたオレ達はすぐに泣き出した。
だがフローレンスだけは、何かを考えてた。
泣いてるオレ達の背中をさすりフローレンスが言った。歌を歌おうと。バカか。オレは叫んだ。だがフローレンスが歌い出したから一緒に歌った。そうしたらいつの間にか皆が泣きやんで歌ってた。フローレンスは笑って、替え歌を作ろうと言いだした。オレたちは夢中になって歌詞を考え始めた。
そのあと、オレ達は無事救出された。
フローレンスが、かっこよかった。
賢く、美しく、強く、優しいフローレンスに憧れたのはオレだけじゃなかった。全員がフローレンスと遊びたがりフローレンスを取り合ってオレ達は殴り合い剣で戦うようになった。オレは全員を叩きのめしぶっ潰してきた。
オレはフローレンスをずっと見てた。だからすぐに気づいた。
フローレンスは他人の面倒をよくみる子供だった。だからオレは崖から落ちたり、喧嘩して血だらけになったり、急に叫んだり、忘れ物をしたりした。オレはバカじゃない。全部ワザとだ。オレを心配したフローレンスはオレと一緒にいるようになった。
オレを、見るようになった。
オレはフローレンスを手に入れた。
だがフローレンスの気持ちが分からなかった。だからオレはフローレンスがどれだけオレを好きか試そうと思った。
オレはフローレンスの狸オヤジが大事にしてた花瓶をゴールにしてサッカーをやってみた。ぶっ壊れた。フローレンスは真っ青になって何か悩みがあるの、私が聞くから話してごらん、一緒に謝りに行こうと言ってくれた。オレは謝らず鼻をほじってたらフローレンスの親父にど突かれた。フローレンスが泣いて止めてオレの代わりに謝ってくれた。
フローレンスを半分凍った湖に落としたこともある。自分が凍えて死にそうな時でも、オレを怒らず、自分が何か悪いことをしたのかとオレを気遣ってくれた。
オレはそうやって、甘やかされてきた。
いつも、すぐ横にはフローレンスがいて、話しかければ助けてくれて、笑ってくれた。
そう、オレを育てたのは、お前だ、フローレンス。
それから何年間か、オレ達の周りにはもうお互いしかいなかった。
オレ達は幸せだった。
中学の頃、フローレンスを襲おうとしたクソがいた。オレはいつも通り生まれたことを悔やみたくなるくらいボコボコに潰してやった。フローレンスはオレの物だ。オレが吼えてクソをぶっ飛ばしたら、泣いてたフローレンスが嬉しいと、笑った。泣きながら嬉しいと言ったのは、お前だよな、フローレンス。
ずっと、オレから離れず、面倒を見て、可愛がり、慈しみ、愛してきたフローレンス。
オレは、愛玩動物じゃない。人間だ。
かわいい時だけ愛情を注いで、飽きたら捨てるなんて、人間のしていいことじゃない。
お前はオレを、気違いだと言ったが、本当の気違いは、誰だ。
オレは手を繋いだフローレンスと王子の後ろ姿を見つめた。
アイツは多分イかれてる。あの目、あの声、あの笑顔。
フローレンスはバカだ。バカで男を見る目がない。幸せになりたいならオレを選ぶべきだ。あんなクソ王子愛する価値もない。
オレは両手を握りしめた。
クッソ。フローレンスを、あの時殺せばよかった。オレはフローレンスの首を絞めた時の感触を思い出した。真っ白で頼りない首はうまそうで、オレは喰らいつこうとした。真っ赤な血をむさぼろうとして、オレは牙をむいた。フローレンスを押さえつけるのは簡単だ、だがオレには、できなかった。
あの時、首を噛みちぎって、オレを見つめる真っ青な瞳を喰らってたら。オレは、幸せだっただろうな。
王子から手紙が届いた。クッソ、アイツ。どういうつもりだ。
オレはその手紙を握り潰した。オレは、人から指図されるのが、死ぬほど嫌いだ。




