主人公は、aではないな。
昨日、オレはあのクソに逃げられた。
その光景が何度も何度も何度も何度もオレの頭の中で繰り返され、オレはその度に叫んだ。クッソ、なんなんだアイツは。
オレは壁を殴った。
あの砂埃。風もないのに、どうやってできたんだ。
アイツは、何なんだ。
あれがなければ、オレの手は王子を掴んでた。掴んで、潰して、ゴミ置場に捨ててた。今頃アイツは、灰になってたはずだ。
オレは椅子を掴むと壁に投げつけた。
オレの殺気におびえて、最近誰も近づいてこない。
オレはまずい紅茶を飲みながら生徒会の資料を見つめた。下らない内容しかない。
その時、ばんっと扉が開き、フローレンスが入ってきた。
フローレンスの髪は乱れ表情も険しい。
「私が第七図書館で会っていた人は、誰。教えて。」
オレは鼻で笑った。フローレンスの必死な顔がバカっぽくて笑える。
王子はフローレンスに名乗らないまま、消えた。
第三王子バーゼルがどこにいるのか、誰も知らない。それでも騒がれることもなく心配されることもない。噂にもならない影の薄い王子。
バカな王子だ。
オレがアイツだったら、王族どもを全員ぶっ殺して王になる。ヤればいいのに、何もしないバカでヘタレなクソ王子。オレはそういうヤツを見ると潰したくなる。比喩じゃない。オレの手で、頭を、潰してあげたくなる。生きる価値のないウジ虫は殺してあげたほうが本人のためだ。
「知らない。」
オレはフローレンスを睨んだ。
こんな下らない会話はしたくない。アイツは殺すから忘れろ。オレがそう言いかけた時、フローレンスが慌ててオレに提案してきた。
「アシュリーが望むものを渡すわ。何でもいい。だから教えて。」
久しぶりのフローレンスとの会話だ。しかも、オレが望むものを渡す、だと。
そんなもの、お前に決まってる。
「何でもいいのか。じゃあ、教えてもいい。そのかわり、オレと、結婚しろ。」
アイツのことはどうでもいい。フローレンスが知りたいなら何でも教える。アイツのことはオレ達には関係ない。フローレンスがアイツを好きでも、どうでもいい。そんなのは一瞬の気の迷いだ。
オレ達は長い時間、お互いだけを見てきた。
これからも長い時間、一緒に生きていく。
オレ達が誓うのは今じゃない、永遠だ。
あんなうすら寒いどうでもいい王子が、オレ達の関係に影響することはない。そうだろう、フローレンス。
オレとフローレンスは結婚する。それだけだ。
「バカなの。何のために私と結婚するのよ。」
バカ、だと。何のために、だと。
オレはフローレンスのバカ過ぎる言葉に苛ついた。
オレのカップがフローレンスに向かって飛んでいった。クッソ。カップが割れた音にも殺意が湧く。なんで避けるんだ、フローレンス。
フローレンスは何も言わない。謝らないのか、昔みたいに。
フローレンスはため息をついた。泣かないのか。
フローレンスは扉に向かって歩き始めた。オレを、抱きしめないのか。オレに、背を向けるのか。
オレは立ちあがりフローレンスに近づき、小さな頭を掴んで手に力を入れた。フローレンスが痛いとオレの手を振り払おうとしたが、オレはその両手も掴んだ。
「自分で、考えろ。バカは、お前だ。」
オレは低い声を出した。コイツは本当に、バカだ。
オレにおびえて、フローレンスがモゴモゴ何かを言った。
「考えても、私には、分からない。」
はぁぁ"。
何で、分からないんだ。
何が、分からない。
クッソバカだ。こんなに簡単なことが、なんで伝わらないんだ。コイツには。
オレが舌打ちするとフローレンスが嫌そうな顔をした。フローレンスはオレの足を蹴り逃げようとした。
「分からないけど、それでいい。アシュリーと結婚する。だから、彼のことを教えて。」
はぁぁ"。
オレと結婚する意味を、考えろ。
オレと結婚する覚悟を、しろ。
オレを愛していることを、認めろ。
それをしないで、ただアイツのことを知るために、オレと結婚する気か。オレを愛しているからじゃなく、アイツを愛すために、オレと、結婚する気か。
オレは力が入らなくなった両手でフローレンスの肩を掴んで真っ青な瞳を覗き込んだ。
「他の男のために、オレと、結婚する気か。」
フローレンスが頷いた。オレは、フローレンスを殴った。
熱い。体中が殺意で、燃えてるみたいだ。
フローレンスはオレのものだ。いつからアイツのものになった。ない。そんなことは許さない。オレの何が嫌なんだ。アイツのどこがいい。フローレンス、お前は俺達が過ごしてきた日々を忘れたのか。
オレは答えを求めて、フローレンスを見た。
その時、フローレンスが、笑った。
オレのことを、笑ったのか。体が急に冷えてきて凍りついた。
「絶対に、教えない。」
どうでもいい。
もう何もかも、どうでもいい。
「アイツの事、誰もお前に教えないように、全生徒に箝口令を敷く。」
バカは、オレだ。
こんな下らないクソみたいな嫌がらせをしてなんの意味がある。フローレンスは呆れただろう。
オレはフローレンスを見た。フローレンスは真っ青な瞳を丸め、慌てだした。
顔が、笑える。あの顔。あんな顔で、怒って、泣いて。かわいい。クッソ。
フローレンスが、オレを見た。オレが、フローレンスの青い瞳の中にいる。
「さっき、教えるって言ったじゃない。」
フローレンスはオレを責めて、瞳を逸らせた。オレは、フローレンスの瞳の中から消えた。
小さい頃からずっとオレの中にいて、宝物のように大事だったフローレンスの全てが、急に崩れてあやふやなものになったような感覚に、オレは笑った。
怒ってるフローレンスの言葉も、もう、どうでもいい。
「教える。なんのこと。」
オレは笑いながら、部屋から飛び出していったフローレンスの後ろ姿を、ずっと、ずっと、ずっと、眺めてた。




