主人公は、私ですよ。
私は、モッテモテです。
毎日呼び出されては告白、告白、告白。
鞄の中には恋文、わざとぶつかってきては名前を覚えてもらおうとする男子達、女子達、おじさん達、おばさん達、子供達に、私は日々囲まれています。
けれど、正直、どうでもいい方からの呼び出しは時間の無駄、人生の無駄遣いです。それなのに、私は立場上、愛想を振りまき、つまらない会話にも参加しなければいけません。
それは、とても、バカバカしい。
と、言うことで、私は、逃亡しました。場所は、こちらです。
王立の中・高等学校共通の図書館の中でも、一番古く、生徒達に選ばれない本ばかりが集められた、第七図書館です。
この物語の時代背景は、中世ヨーロッパそのままです。
魔法は存在しますが、実用化はされていません。ここはキラキラと輝く、宝石のような魔法ランドではありません。いつ見てもどんより曇った空と、鬱蒼とした木々が大地に生い茂り、なんとなく重い空気と、薄汚れた白や灰色の建物がどっしりと構えている、砂っぽい街並み。人も砂っぽく、薄いのです。
濃い色の物は、あまりありません。
ぼんやりとした世界に、鮮やかな輪郭を与えるためでしょうか、書物はなぜか沢山あります。もちろん、紙もペンも高価です。平民では手が出ません。けれど、王侯貴族は好んで書物を集め、古書を書き写し改訂し、自分達の物語を残そうとします。ナルシストの集まりだからでしょうか。
そのせいか、そのおかげか、学校にはとても立派な図書館が七館もあり、中でもこの第七図書館は群を抜いて奇抜です。ほとんどの生徒が読まない、いえ、存在に触れることすらない、マニアックな書物が、あちらこちらに置いてあるのですから。
けれど、この図書館の最も良い点は、本の種類ではありません。ここの広い図書室は、いつも人がまばらな上、こちらの本を理解できる生徒達は真面目か地味なオタクばかりなので、私にはとても都合がいいのです。
皆が私を、無視してくれるのですから。
私は今、二百年前に起きた政変について何冊かの歴史書を見比べながら、妄想しています。
幸せです。この時間が、永遠に続けばいいのに。
国王が急逝し、残された王太子はまだ子供で病弱。後見人として、国王の弟が政治の中心となる。王弟は能力が高く、すぐに国民から慕われるようになる。王太子が成人すると、人気が二分され、国が割れ、大荒れとなる。王弟が身を引くが、新しく王となった王太子の政治能力は低く、国民の間で不満が募る。あわや内乱か、という時に、新しい王の病気が悪化し、王弟が、国王になる。
なるほど。ニヒニヒ。まるで安っぽい三流映画のような展開ですね。この感じ、この感じ。
最高です。
王弟はすでに、長年王として過ごしているのだから、能力が高いのは当たり前。王太子が絶対的に不利ですね。若さからか、政策も攻撃的で、国が不安定になるのは必須でしょう。さてさて、家系図はどこでしょうか。あったあった。ああ、なるほど、王太子は正妻の子ではないのですか。うん、何でしょう、これは。王の正妻は、王弟と再婚したのですか。ほほう、なるほど。ほう。へえ。ほー。
ううん。一見、王弟こそが王にふさわしいと思われますが、これは、そもそも王妃と不倫をしていた王弟が反乱を起こして、王も王太子も亡き者にした、という筋書きでしょうか。いえいえ、王の急逝は流行病が原因のようですね。ん、当時の流行病の症状とは少し違いますね。医学書で調べてみましょう。食中りの症状じゃん。国王が拾い食い、なんてことはないよな。誰かに無理やり、変なもの、食べさせられちゃったのかな。むむむ。うーん。王が死に、泣いている世継ぎのいない王妃に同情して、愛人の子供である王太子を亡き者にした、というのもありか。いやいや、ただただ王太子がバカで、皆が国の未来を憂いて排除した、というのも捨てきれませんね。
それにしても、一度、王弟が身を引いて、王太子を王にするところが絶妙ですね。とても良い案です。こうすることで、王太子が王にふさわしくないこと、王弟が王にふさわしいことが国民に分かりやすく伝わりましたね。王太子を一方的に排除するだけだと、後々、やはり王太子の方が良かった、とかいう輩がでてきそうですからね。そうなると、とても面倒でしょうね。
ごめんなさい。私は今、一人、ニヒニヒニヒニヒ笑っています。
私にとって、このような量産型の推理ものは、涎が垂れそうなほどの大好物なのです。あの、家人の私生活を覗き見る家政婦みたいに、登場人物のプライベートを覗き見て、妄想して、推理するのです。
はあ、楽しい。楽しいのです。叫びたい。
私、幼い頃、推理小説のないこの世界に、絶望しました。けれど、歴史の勉強がはじまると、私はそれに夢中になりました。新しい世界が、ばーーーんと開けました。だって、歴史の方が、小説よりも、各段に面白いのですから。
こうして私は、こちらで歴女になりました。
ぐぅぅ。
突然、私のお腹がかわいらしい悲鳴をあげました。恥ずかしい。はしたない。何時なのでしょうか。
私は、図書室の奥の柱にかけてある、大きな丸時計を見上げました。すると、その近くの席に座っている男性が、私の方を見ていました。微笑ましそうに、見ています。
誰でしょうか。見覚えは、ありません。
あ、もしかして、私ではないのかも。
私は、もしかしたら私の後ろに男性の知り合いがいるのかもしれない、そう思い、後ろを振り向いたらそこは古ぼけた壁でした。
私の様子を、今まさに捉えていたのでしょう、彼がプッと吹き出すと、くっくっと肩を揺らしながら、笑いはじめたのです。
私は、どこからかこみ上げてくる熱さに、手に汗もにじんで、震えながら俯きました。私は今まで、誰かに笑われたことなどありません。恥ずかしくて、俯いて、自分の手元を一生懸命見つめても、なぜか遠くの彼の姿だけが周りよりも明るくはっきりと目の上の方に映って、私は彼から、視線を外すことができなくなりました。
恥ずかしいのか。悔しいのか。情けないのか。
自分でもよく分からない感情に支配されて、とにかく彼の視線が早く私から動くことだけを願いながら、私は小さくなっていました。
私の願いが通じたのか、彼は、手元の紙に何かを書きはじめました。それから、広げていた書物を鞄にしまい、席を、立ったのです。私はホッとしつつ、なぜか少し寂しい気持ちにもなりながら、強ばっていた体の力を抜きました。
そうしたら、なんと。
彼が、私の目の前に来て、スッと先ほどの紙を差し出してきました。私はその意図が分からないまま、きっとそうするべきなのだろうと思い、紙を受け取りました。彼はにこりと笑い、そのまま図書館から姿を消したのです。
彼の、すらりとした後ろ姿がきれいだな、と思いつつ、私は我に返ると、唾をゴクリと飲み込みました。
なんでしょう、この紙の中身は。
私が紙、いえ、手紙を広げると、そこにはこう書かれていました。
貴女様の百面相が面白くて、つい見とれてしまいました。申し訳ありません。どうか、お許しください。
百面相。
一体何のことでしょうか。
私は首を傾げてから、気がつきました。
まさか。まさか、まさか。
私が妄想していた姿も、見られていたのでしょうか。私は又も熱くなった頬に、両手を添えてうなだれました。見られていたのですね。私が妄想して、ニヤニヤしていたところを。恥ずかしい。一体いつから、見られていたのでしょう。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。けれど、なぜでしょう。なんだか、少し首のあたりが、むず痒いです。
なぜでしょう。
私の前髪、変ではありませんか。
化粧は、よれていませんか。
猫背になっていたから、立ち居振る舞いがなっていないと思われていたら、どうしましょう。
何でしょうか、これは。何、これ。なんなの、これ。
これって、まさか。恋。
こうして私は、恋に落ちました。




