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主人公は、私ですか。


 (わたくし)は、正装したアシュリーと、国王主催の舞踏会に向かっています。



 舞踏会には男女ペアで出席するという暗黙の了解があるので、私はまだ婚約者のいないアシュリーと行くことになりました。


 いえ、多分、一緒に行く必要はないのでしょうが、お父様が仕組んだのでしょう。まだ、万が一、私達が結婚する可能性を考えて。


 


 私達は、ジェスス家の豪奢な馬車に乗り込み、揺られています。


 私は、向かい側に腰掛け窓の外を眺めているアシュリーを観察しています。薄い碧眼に良く似合う、白地に濃い青の刺繍が施されたスーツを身にまとう姿は、とても●地●には見えません。冷たく鋭いのに、気だるそうな雰囲気は荒廃的で、ヤンデレにぴたりと合っています。



 アシュリーが私に視線をよこすと、私の髪の毛をじっと見つめてから手を伸ばし一房を手に取り、そこへ顔を寄せると何も言わず唇をつけてきました。


 規則的な息づかいがアシュリーから聞こえてきて、私は固まりました。そんな私に気づいて、体を離すと、アシュリーが甘く優しい声で私の耳元で囁きました。


「変な、頭。」


 いつもと違う甘い雰囲気に戸惑っていた私は、いつも通りの刺々しい言葉に、ほっとして息を吐きました。



 いやいや、それ、私の台詞。


 頭が変なのは、貴方のほうではありませんか。



 私がそんな事を考えていると、アシュリーがゲラゲラと笑いはじめ楽しそうに続けました。


「こんなの、誰にも相手にされないだろ。」


 アシュリーは更に笑って、私の額に唇をつけてきました。私は重いその体を押し返して抵抗しました。


「一人で生きていくから、いいの。」


 私は意地になってアシュリーの足を蹴飛ばし、鼻に皺を寄せ威嚇しました。そんな私に冷めた視線をよこし鼻で笑うと、アシュリーは窓の外をもう一度眺めはじめました。




 暫くすると、馬車の速度が緩やかになったことを感じて、アシュリーと私は目を合わせました。アシュリーが頷き、御者に話しかけ状況を確認しています。


 振り向いたアシュリーの眉間に、なぜか皺がよっているようで、私は首を傾げました。



「なんか馬が、誘導してるって。」


 全く要領を得ない説明に、私はわざとため息をつきました。けれど多分、今夜の舞踏会は大勢の貴族達が集まるため、王宮の入口での混雑を避けるため、誘導係が案内してくれている、ということでしょう。


 私は一人納得し馬車が停まるのを待ちました。


 けれど、おかしなことに、我が家の馬車が停まった場所は、王宮の入口真横の王族専用の馬車待機所でした。私は首を傾げました。王族が絶対的な権力を持つこの国では、どのような理由があっても、一貴族が王族用の物を使うことは許されていません。



 アシュリーが馬車から先に降り、周囲を確認しに行きました。戻ったアシュリーは何も言わず手を出し、私が馬車から降りやすいよう支えてくれました。私が、状況がよく分からないまま王宮の入口近くに降り立ったところ、目の前に、白馬の王子様がいました。



 白馬の王子様が、いました。



 大事なことなので、二回、言いました。


 王子様は、艶のある毛並みをした希少な白馬に跨がり、明らかに仕立ての良い白地に金糸の刺繍が施されたタキシードをまとい、まるで後光か巨大ライトが背後にあるのかと私が目をこらした程、光輝いていました。



 王子様。


 私はつい、呆気にとられ、そう呟いてしまいました。



「フローレンス。」


 今まで、一度も呼ばれることがなかった、私のファーストネーム。



 このような場面で呼ばれるとは、思ってもみませんでした。


 流れるような動作で馬から降りると、王子様が淀みない足取りで私に向かって歩いてきます。歩く姿も威厳があるのは、私の頭の中の、王子様補正でしょうか。


 私はクラクラしてきた頭を振り、息を吐いて正気を取り戻そうとしました。



 その時アシュリーが、私の前に体を入れ、王子様の歩みを阻みました。


「ご機嫌よう、王子。」



 え。今、何て。


 アシュリー、何て言った。しかもそのお辞儀。王族に対してやるやつじゃん。



 私は、少女マンガの乙女主人公気分で、白馬に乗ったイケメンを王子様と呼びましたが、まさか、まさか、本当に、本物の、王子様なのでしょうか。



 王子様が、いつもの穏やかな声で、アシュリーを諭しています。


「アシュリー、退いてくれないか。」


 アシュリーは、得意技の聞こえないフリを発揮して拒否しました。そんな態度のアシュリーに、王子様はグッと体を近づけると、耳元で、ゆっくりと、歯切れよく、囁きました。


「お前は、手に入らない、フローレンスを、手に入れるために、足掻いたか。」


 アシュリーは、王子様の低くなった声音に首を傾げ、返答に躊躇しました。王子様がすかさず、続けます。


「俺は、手に入らないフローレンスを手に入れるために、足掻いて、足掻いて、命を懸けた。何もせず、ただ待っているだけの者は、何も、手に入れられない。足掻いた人間にだけ、その権利が与えられるんだ。」


 王子様は、黙り込んだアシュリーを無理やり手で押しやり、私の目の前にやってきました。そして、私の髪に手を伸ばすと、穏やかに、柔らかく、微笑みました。


「きれいだ。」


 そう言って、王子様が私の髪を撫で、額に口づけました。


「やっと、触れた。」



 私は真っ赤になった頬を、両手で押さえました。気絶しそうなほど体が火照って、湯気が出てきそうです。



「手紙は読んでくれたかな。今日の招待状にも返事がなかったけど、来てくれたから、いいか。」


 王子様が何を言っているのか。ちょっと、よく、分かりません。


 なんだかとても親しみやすい王子様です。私はドキドキが止まらないまま、聞き返しました。


「え。手紙。招待状。」


 首を傾げた私に、王子様が驚いて声を上げました。


「まさか、読んでなかったのか。だから、返事がなかったのか。」


 私と目線の高さを合わせ、私の瞳を覗いてくる、甘いミルクティ色の瞳が、不安そうに揺れています。困った顔が、かわいいです。



「俺が、誰だか、分かる。」


 ジルに、確認するように聞かれ、私は正直に頭を振りました。


 分かりません。



「ご機嫌よう。バーゼル王子。」


 その時、新しく到着した貴族達が、王族へのお辞儀と挨拶をしてから、大広間の方へ消えてゆくのを、私は横目で確認しました。




 さあ、一度落ち着いて、この王子様について整理してみましょう。



 白馬に乗っています。


 後光が差しています。


 私の名前を知っています。


 手紙や招待状をくれたようです。


 親しみやすい方です。


 髪の毛と瞳の色が、甘いミルクティ色です。


 穏やかで柔らかい笑顔が、相変わらずです。


 白馬に乗っています。大事なので、二度、言いました。



 バーゼル王子。我が国の、第三王子。


 Berzil、後ろからジルを取ったのですね。確かに、あの時、私に名乗る前に、ジルは考え込んでいたので、偽名だと思っていましたが、後ろから、取ったのですね。


 いいでしょう。許します。それなら、あだ名です。偽名じゃない。



 今まであった沢山の出来事と揺れ動いてきた私の想いが、突然私の中で思い返されて、私は涙目になりました。聞きたいことは山のようにあるのに、また今日も、聞けないかもしれません。私が言葉を見つけられず、小さくしゃくりあげながら黙り込んだのを見て、ジルが、おそるおそる、私に両手を伸ばしてきました。


 私は、不安そうなジルを見るのは初めてで、いつもの穏やかな表情とは違うその感情が私に向けられているという事実に、歓喜しました。


 鼻水が、垂れそうです。


 私は、泣いて腫れた目と、垂れてきそうな鼻水を隠すため、決めました。


 ゆっくりと、ジルの腕の中に、おさまります。


 ジルは、少し震えていました。余裕のないジルも、私は大好きです。


 思った以上に逞しく固い体に包まれていると、暗くなった視界も相まって、私の思考は止まり、目も耳も機能しなくなりました。ただ、頬に触れる暖かい体から、ドクドクという生きた人間の音だけが肌に感じられて、私はその音に安堵して、目を閉じました。


 私が胸にもたれかかったのを感じたのか、ジルの腕に力が入り、ギュッと抱きしめられました。

 

 心地よい、静寂です。



 そこに突然、わーわーキャーキャーという甲高い音が、嵐のように巻き起こったのです。


 完全に二人の世界に入り込んでいた私達は驚いて、体を離しました。けれど離れがたく、私がまたジルに抱きつくと、またも歓声と怒号が飛び交いました。


 私達はいつの間にか、沢山の観衆に囲まれ、噂されていました。その視線に怯んで私が小さくなると、ジルが、そのまま私を抱き上げ、右手を上げて皆に挨拶をしてから大広間に入っていきました。



 これは。


 これは、あれです。お姫様抱っこです。なんと。白馬の王子様に、お姫様抱っこされる日がくるとは。むふ。



 お姫様抱っこのまま上を見上げると、ジルとバチリと目が合いました。


「あそこじゃまともに話せないから。話そう。沢山。」


 そう言いながらジルが、私の髪に口づけてきました。私はくすぐったくて、モジモジしてしまいました。体が熱くて、心臓の音がうるさすぎて、もう、死にそうです。


 もだえている私には構わず、ジルが私の額にも目にも耳にも唇を押しつけてきて、ついに唇にも触れそうになったので、私は遮りました。


「待って待って。話を、するんでしょ。」


 私が両手でジルの顔をおさえると、ジルは残念そうに、私の手に唇を降らせてきました。



 あんなに、いつも、一分の隙もなく、私と良い雰囲気になるのを避けていた人が、まさかこうなるとは。ジルは、キャラチェンジしたのでしょうか。それとも、クラスチェンジでしょうか。いやいや、王子様補正でしょうか。


 まあ、いいでしょう。何も話さなくても、ジルの気持ちは十分、私に伝わっています。



  

 ジルは大広間の中央、生演奏とダンスが繰り広げられているスペースに私を連れて行きました。


 そこには凝った衣装を身にまとい、華麗に踊る若者たちが沢山いました。王族であるジルの姿に、皆が頭を下げ道を譲り、私達は真ん中の、一番目立つ場所へと誘われました。


 こ、これは、モーゼですか。まさか、あの海を割ったモーゼの体験学習ができる日がくるなんて。



 主要な王族達は、貴族が集まった頃にやって来るので、まだ舞踏会が始まったばかりの今は、ジルが場の頂点です。皆の視線が、自然と、私達に注がれています。


 ジルはそれを承知で、演奏家達にワルツを求めました。



 私は、相手がジルなこと、皆に見られていることに加え、はじめての舞踏会という緊張から体がガチガチに固まってしまいました。足が震えています。ワルツは得意ですが、そういうレベルの問題ではありません。


 憧れの場所で、沢山の観衆に囲まれて、私は、踊れるでしょうか。



 その時、私の手が揺らされました。


 ジルが繋いだ手に力を込め、私にそちらを見るよう求めてきました。私は素直に、揺らされた手を見るために顔を上げると、ジルと、目が合いました。いえ、視線が、絡み合いました。相変わらずの柔らかい微笑みに、私の心は、一瞬で、奪われてしまいました。


 もう、この方以外、何も見えない。



 急に周りの騒がしさが遠のいて、私は落ち着きを取り戻しました。


「転んだら、ごめんなさい。」


 私はジルに微笑んでから、先に謝っておきました。


「それはない。俺が、君を転ばせると思うか。」


 さすが、白馬の王子様の台詞の見事なこと。せっかく落ち着いた私の体が、またも熱気でフラフラしてきました。



 そんな私の体をしっかりと支えたジルと、夢見心地の私は、美しい音色にあわせてゆっくりとワルツを踊り出しました。


 ジルの甘い髪の毛と、白地のタキシードから時折輝く金糸の刺繍に、私の全く甘くない真っ黒なドレスが絡みついて、クルクルと回る様はきれいだろうな、と、私はぼんやりと思いました。


 私がジルに支えてもらいながら一曲を踊りきると、思いもよらず、周囲から拍手が巻き起こりました。



 ジルと私は驚いて、顔を見合わせました。ヒューヒューとからかう声や、感嘆のため息、私が誰かを噂する声。



 ジルが、握っている私の手にまた力を込めました。何の合図かよく分かりませんが、私も、握り返しました。


 すると、彼がなぜか恭しく、跪きました。



「フローレンス、私と結婚してください。」



 何ですって。


 このタイミングで。私がやっと主人公から抜け出した矢先に、プロポーズだなんて。



 私は、ジルとの結婚という誘惑に負けそうになりながら、ジルから視線を外すと、モゴモゴと小さな声で呟きました。


「今は、いい、です。私、忙しいので。また今度。」



 私の予想外の返答に、ジルが一瞬固まり、何かを言う前に、大広間が爆笑の渦に包まれました。


「フローレンス様、何で忙しいの。」


「バーゼル王子、頑張れ。」


 そんな声援に後押しされ、ジルが私に問いました。


「それは、俺と結婚したら、できないことなの。」


 私は、うんうんと頷きました。


「王子の妻が何をするか分かりませんが、私は、図書館にこもり歴史表や家系図の仕事をする予定です。王宮に留まることはできません。」


 私が即答すると、ジルが渋い顔になりました。


「問題ない。王宮を出ればいい。俺は暇だから、その仕事を手伝う。いや、手伝いたい。朝から晩まで、一緒に歴史書を読み漁ろう。」


 ジルが一緒に資料を作ってくれるなら、楽しいし、とてもはかどるだろうな、と私の心が揺れはじめました。


「それに、フローレンス。考えてみてくれ。君の大好きな歴史上の出来事が実際に行われたのは、殆どが、王宮、だ。しかも王宮の図書館には、王族、だけが、読める、君が、大好きな、ドロッドロの、資料が、数多、ある。」



 ジルの言葉に、私はハッとしました。


 そうです。歴史好きにとって、王宮という場所は、ドロドロの宝庫なのです。宝の山です。いや、ドロの山か。



「俺と、結婚すれば、君も、自由に、読めるようになるよ。」


 ジルのだめ押しの一言に、私の心は、折れました。


 私は結婚をやめ、家を出て独り立ちしようとしているのに、ジルと結婚して王家に入るなんて、一番嫌だったパターンです。



 でも。でも、王家に入れば、秘蔵の、書物が、読める、なんて。うううう。


 私は悩んで、上を見上げました。


 そこには、いつもあるどんよりした曇り空はなく、高い天井がありました。一瞬、無地の天井かと思いましたが、目を凝らしてみると、そこには繊細な柄が隙間なく彫られていました。私は、今まで余裕がなく気づかなかった王宮の美しさに、目を、奪われました。高い天井、美しい曲線を描く壁、頑強な柱と磨き上げられた大理石の床。そのどれもが美しく彩られ、完璧に計算された美に、私は圧倒されました。



 こんなにも美しい表面を持つ場所には、きっと、美しくない内面があるのだろうと考えるだけで、家政婦のおばちゃんは、震えてきます。



 ごめんなさい。私、ジルと結婚します。



 その前に、一応確認しておきたいことがあります。


「私は、ジェススの家を出るので、後ろ盾はありません。」


 ジルがニコニコ微笑みながら、答えました。


「大歓迎だ。あの狸オヤジと話すのは疲れる。俺は三番目の王子だから、後ろ盾は必要ない。むしろあると、王位を狙ってるとか言われそうだから、困る。」


 ジルの返答に、私は頷きました。お父様は狸ですから。それにしても、欲のない方です。


「私が老いて、美しさもなく賢こさもなくなっても、いいでしょうか。」


 ジルは変わらず、微笑んでいます。


「構わない。老いたら二人で手を繋いで、歴史名所探訪に出かけよう。」


 むむむ、完璧な返しです。さすが、私の白馬の王子様。



「では改めて。」


 私が質問を終えたのを確認してから、ジルが姿勢を正しました。


「フローレンス、貴女が実家を出され、美しくなく賢くもなく、変人になったとしても、愛しています。だからどうか私を、貴女の人生に巻き込んでくれませんか。」



 プッと、私は笑いました。


 ジルの、プロポーズの言葉が、面白いです。


 俺が守りますとか、一緒に幸せになろうなら聞いたことがありますが、女性の人生に自分が入りたいという男性は、聞いたことがありません。


 跪いて、私の手を取っていたジルが、私の手の甲に頬を寄せました。その祈るような姿に、私は静かに頷きました。



 うぉー、と地鳴りのような歓声が起こり、大広間を揺らしました。



 ジルがホッとした表情で私の手を引き、体を抱き留めると、私の首に鼻を寄せてから、耳元で囁きました。


「待たせてごめん。」


 ジルがそう口にするなり、私の唇に唇を重ねました。


 周りの観衆も、ドクドクする心臓もうるさいのに、私達の周りに静寂が訪れました。ジルの息づかいと私の息づかいが重なり、ゆっくりと、溶け合っていきます。



 あー。私ってやっぱり主人公なんだなって、心底思いました。




 こうして私達は結婚しました。ラブラブです。私は国王バーゼルを支え、王妃になり、かわいい子供達に囲まれ幸せになりましたとさ。めでたしめでたし。



 え、なぜ王妃に、ですか。


 そりゃあ私、この物語の、主人公ですので。




読んでいただき、ありがとうございます。



フローレンス視点第一章はこれで終了です。

暫くしたら、男性陣の視点から何話かあげます。

フローレンスが知らない裏側で、何があったのか、詳細が分かるようになると思います。



ブックマーク登録、評価、感想、とっても嬉しいのでぜひよろしくお願いします。





ではでは。



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