主人公は、私ではありませんが、自由になりました。
私は、すぐにジェススの家を出て、校内にある女子寮に入寮しました。
華やかさの全くない、必需品だけがある狭い部屋に、私は自分の荷物を置きました。新しい生活に胸が高鳴って、興奮がさめません。ジェスス家での常識は、全て捨ててもいいでしょう。
私はドレスも化粧もやめ、平民用のワンピースに袖を通しました。
私は、まだ主人公なのか、そうではないのか、正直よく分かりません。
けれど、もうなんでもいいです。エンディングになんかたどり着かなくていい。私は、そう決めました。
私が家を出たことはすぐに学校中に知れ渡り、見慣れない私の姿に全員が固まっていました。ポカンと口を開け、言葉を失った彼らの顔は、マヌケでした。
私が貴族達が集まる食堂や休憩室に入ってもいいものかと迷っていると、いつもの友人達が、変わらず私を引っ張っていつもの席に陣取りました。
友人達は好奇心剥き出しで、私に根ほり葉ほり色々なことを聞いてきました。私も話せる範囲のことは話しました。すると友人達が、羨ましいとか、バカすぎるとか、口々に色々な評価をし始めて私も一緒に笑ってしまいました。
意外なことに、さっと引いていったのは、私から付かず離れずだった取り巻きたちで、近くにいた友人達で去った子はいませんでした。
私はその事実に泣けてきて、涙声で皆にありがとうと伝えました。当たり前だろ、フローレンスの家なんか正直どうでもいいし。そう笑ってくれた皆に、私は抱きつきました。
困ったのは、髪の毛でした。
寮の個室にはトイレはあってもお風呂はなく、長い髪をきれいに保つにはかなりの忍耐が必要でした。濡れて重くなった髪を何時間も頭にのせているのは不愉快で、私は思い切って、髪をバッサリ切り落としてやりました。
何度頼んでも切ってくれなかった侍女が悲鳴をあげ、気絶しました。私はそんなに酷い姿になってしまったのかと不安になりながら鏡を覗くと、そこには中性的な顔立ちをした美少年がいました。
私は、歓喜しました。
これなら、男で通るかもしれない。
数多ある歴史的拠点に、女の身でどう調査に行こうか悩んでいた私は、悩みが晴れ、頭も軽くなり、空を飛べるのではと思うほど体が軽くなりました。
「乞食のようです。」
起き上がった侍女が、涙ながらに私に訴えました。髪の毛は売れるので、短い髪の女性は貧乏の証なのだそうです。
なるほど、私は納得し、それ以降は男装をするようになりました。
体を痛めつけるコルセットとドレスも、大股で歩けないワンピースも、私は捨ててやりました。侍女は倒れていますが、まあそのうち、目を覚ますでしょう。
私は今、平日は学校で過ごし図書館の本を読みあさり、休みの日はジェスス家の蔵書を整理しながら歴史書、家系図の制作にのめり込んでいます。
私の姿を見たお父様は大声で笑い出し、お母様は気を失い、お兄様はやれやれと諦め顔になり、妹は格好良いと大絶賛しました。
今日は、そんな優しい家族に囲まれて、久しぶりにご飯をご馳走になっています。
「あの家系図、なかなか良いな。団の蔵書庫もひどいからな、いつか整理してくれ。」
お兄様は、騎士団で副団長を務めています。鍛え上げられた体と低い声の持ち主です。私はその話に飛びつきました。
「住み込みで、給料も出るなら、ぜひよろしくお願いします。学校を卒業したらでもいいかな。」
私の淀みない返答に、妹が待ったをかけました。
「お姉様が卒業したら、私の嫁ぎ先で雇いますわ。」
まだ嫁ぎ先が決まっていない妹の優しさに、私はほっこりしてしまいました。
「そういえば、フローレンス。すっかり忘れていたが、第三王子から毎日のように封書が届いている。」
第三王子。誰でしょうか。私は、すぐに頭を振りました。
「興味ありません。」
お父様が、そうか結構いい男だぞ、と呟きながらも封書をポイッと投げると、話を変えました。
「次の国王主催の舞踏会だが、フローレンス、一度行っておきなさい。良い経験になるだろう。」
私は頷きました。
舞踏会は若い人々にとって結婚相手を捜す場なので、私は今まで一度も参加してきませんでした。けれど、実は、本音では、ずっと、ずっと、ずーーーーーーっと、とっても、非常に、歴史的名所だらけの王宮に入ってみたいと考えていたのです。グフグフ。
「あら、困ったわね。フローレンス、貴女、その頭では似合うドレス、無いわね。舞踏会はすぐだし、誂える時間はないわよ。」
お母様の一言に、全員が私に注目しました。確かに、今の私が、以前愛用していた花柄やフリフリのドレスを着たら、女装した変態以外の何者にも見えないでしょう。
お母様と妹のフィーナが、家中のドレスを引っ張り出し、私に似合うものを探しはじめました。
私達はすぐに、婚姻前の娘用の花柄フリフリレースのドレスは全く似合わないこと、お母様の大人っぽいドレスを改良するしかないという結論に至りました。
因みに私は、あまりお洒落には興味がありません。どうでもいいです。
フィーナが、黒いレースのドレスを眺めながら考え込んでいます。
「お姉様の真っ白い肌とブロンドの髪、真っ青な瞳だと淡いドレスが似合うけど、最近のお姉様なら、これくらい濃い色でも着こなせそう。」
そう言いながら、私の体に黒いドレスをあてがいました。
「やだ。全く似合わない。」
ケラケラ笑うフィーナがけれど真剣な瞳で私とドレスを見つめ、侍女達とそれの改良をはじめました。なんと、フィーナは、リンゴのように膨らんでいた腰から下の部分を切り取り、スッと下に落ちるようスカートの部分を縫い直しました。出来上がったのは、この時代にはない、マーメイドドレスのようなドレスでした。
真っ黒なそれに甘さは全くなく、今の私に良く似合っていました。
「まあ、フローレンス、素敵。性別を超えた美しさね。男性には受けないだろうけど。」
お母様が私の姿を上から下まで眺めて、呟きました。
「髪を切る前は、天使のような可愛さだったけど、今は、なんていうのかしら、中に血が通ったような、人間の美しさね。」
感嘆のため息が、実の母親から漏れるとは思いませんでした。私はむず痒い気持ちになりながら、皆に感謝の気持ちを伝えました。
お母様が、ポツリと呟きました。
「髪を切るなんて、考えたこともないわ。でもいつも重くて邪魔だし、結うと痛いのよね。私も切ろうかしら。捨ててみたいわ、全て。」
お母様の独白に、私とフィーナは目を丸めて顔を見合わせました。私が何か言わなくてはと口を開きかけると、フィーナが私を押し留め、口を開きました。
「お母様。私は、捨てないわ。貴族の女性として生きていく。お母様を、尊敬しているわ。」
お母様が、息を飲んだのが分かりました。
お母様にはお母様の物語があり、自由な私は、その生き方を否定しているのかもしれません。
けれど、なんでもいいのです。どんな生き方でもいい。それぞれ良さがあり、苦労があり、どれも正解なのでしょう。
「確かに、お姉様の自由さには憧れる。でも、私は私でいい。」
私は、そうきっぱりと言い切ったフィーナを抱きしめると、額に口づけを落としました。それから、お母様にも。
私はこの家の娘で、幸せです。
もう、チートとかエンディングとかルートとか、そういうものは全て捨てます。私は、フローレンス・ジェススではなく、ただのフローレンスです。
ああ、体が軽い。髪の毛切って、良かった。




