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主人公は、私ではありませんが、なんとか生きていきます。


 (わたくし)はコリーとの婚約を正式に発表する事を決めました。



 コリーはとても良い人で、多分、主人公である私の結婚相手に決まれば、どんどんどんどんどんどん出世していくことでしょう。



 その前に、片付けなければいけないことがあります。アシュリーをどうするか。私は痛む頭と、重い足取りで、アシュリーがいる生徒会役員の部屋へと向かいました。



 アシュリーは木の机で何か書き物をしていたようですが、私に気づくと眼鏡を外し、侍従に部屋から出るよう言いました。


 アシュリーが眼鏡を外すと、冷めた瞳が際立ち、寒気のするような美青年になります。ここは、恋愛小説の中なので、ほとんどのキャラクターはイケメンなのですぐに慣れましたが。



 アシュリーが薄い唇の端を上げて、意地悪そうに私に視線をよこしました。


「あいつに飽きて、戻ってきたか。」


 ニヤニヤ笑うアシュリーの言葉を聞いて、私は納得しました。コリーと付き合いはじめても、アシュリーが特に何もしなかったのは、私達が上手くいくはずがないと考えていたからのようです。


 私は頭を振り、否定しました。


「正式に、婚約することにした。」


 アシュリーがプッと吹いて、それからゲラゲラと笑い出しました。


「あんな木偶の坊と。結婚。バカか、お前は。」


 アシュリーは笑い続けました。


 アシュリーの突き刺さるような言葉が、今日はあまり苦にならないと感じました。コリーとの将来を決め、心に余裕が生まれたからでしょうか。


 私は静かに、返しました。


「バカは、アシュリーのほう。もう、決めたから。邪魔しないで。」



 私はアシュリーと話すことを諦め、彼に背を向け扉へと向かいました。後ろから何かが飛んでくる気配がしたので、避けたら、目の前の壁に羽ペンが突き刺さっていました。


 私は羽ペンを壁から引っこ抜き、アシュリーの所まで持って行きました。座ったまま、私の動作を追っていたアシュリーが不機嫌そうに吐き捨てました。


「もう、死ねば。お前。」


 私はブチリと、堪忍袋が切れる音を聞きました。


「人間には、最低限、言ってはいけない言葉があるの。」


 私は羽ペンの先を、アシュリーの眉間に突き刺さる直前で止め、怒りを込めて、言いました。


「死ね、と言うなら、お前が死ね。」


 アシュリーは私の剣幕に全く動じず、またゲラゲラと笑い始めました。


「殺せるのか、俺を。フローレンス。」


 アシュリーは自信満々で私の瞳を覗き込んできました。本心から、私が彼を殺せるはずがないと思っている顔です。


「俺は、フローレンスにとって、特別だ。」


 私は、深々とため息をつきました。


「私が貴方を特別に思ってると、どうやったら思うことができるの。」


 アシュリーは変わらず下品に笑っていました。とても、楽しそうに。


「フローレンスにとって、俺は特別だ。そういうのを、好き、と言うんだ。バカ。」



 私は唸りました。このポジティブシンキング、見習うべきでしょうか。



 確かに、私達はいつも、一緒にいるよう仕組まれてきました。将来夫婦になるのだと、息を吸うことと同じくらい自然に、幼い私はそのことを理解しました。


 しかもアシュリーは幼児の頃から爆発的なバカでした。すぐ居なくなる、怪我をする、物を壊す、喋らない、体も弱い、気も弱い、癇癪持ちで人見知り。見た目は幼児でありながら、転生チートで中身はいい年をしたおばちゃんである私は、この、手のかかる子供を放っておけず、ついつい面倒をみてしまったのです。


 その記憶を元に、アシュリーは私が彼に好意を持っていると、思ったのでしょうか。



 このバカに、言葉は通じるでしょうか。私は悩みながら、言葉を選びながら、続けました。


「仮に、私がアシュリーを好きだとして。アシュリーは私を、好きではない。そうでしょう。」


 私の指摘に、アシュリーは眉間に皺を寄せました。何を言っているのかと、怒りを瞳にためて。


「アシュリーは、私が美しく賢いから、自分の物にしたいのでしょう。」


 アシュリーは何も言わず、私の次の言葉を顎で促しました。



「もし、私が美しくなく、賢くもなかったら、どうするの。」



 私の問いにアシュリーは大声で笑いはじめ、即答しました。



「いらない。」




 私はその言葉に深く、深く、傷ついています。


 五年くらい前でしょうか。私は洗脳されていました。どこへ行くにも私から離れない、私のことが大好きなアシュリーを、私も、かわいいと思い好きでした。


 そんなある日、アシュリーが言いました。美しく賢いフローレンスが大好き、と。けれど、中身がおばちゃんである私は、美しさも賢さも衰えていくものだという事実を知っていました。だから、聞いたのです。私が美しくもなく、賢くもなくなったらどうするのか、と。幼稚なアシュリーは、私の質問を理解してはくれませんでした。フローレンスはかわいいよ、ずっと。と、永遠を信じて疑っていませんでした。だから私は、また、聞きました。お気に入りのジャケットのボタンよりも、もっと素敵なボタンがあったら、どうする、と。アシュリーは、古い方は捨て新しい物を持つと答えました。ではもし、私が汚くなったらどうする、と、また、聞きました。アシュリーは笑いながら、いらない、と言いました。


 汚くなったボタンも、汚くなったフローレンスも、いらない、と。


 その時、私は呪いのように絡みついていたアシュリーの呪縛から、逃れることができました。私の心が、ストンと彼から解放されたのです。




 アシュリーが愛してやまないのは、私の外側の皮膚のようなところだけです。


「アシュリーの私への気持ちは、物欲なの。キラキラしてる時だけ一緒にいて、汚れたら捨てるなんて、人間のしていいことじゃないの。」


 五年前のことを思い出すと、涙が溢れてきます。衝撃的でした。あんなにもあっさりと、まるでボタンのように切り捨てられるとは、思ってもいませんでした。



 私はゆっくりと、訴えました。アシュリーに、気づいて欲しい。けれど、アシュリーはまたゲラゲラと笑い始めました。


「そんなこと、どうでもいい。お前は黙って、俺の言うことを聞けばいい。」


 私はため息をつきました。私が伝えたいことは、アシュリーには永遠に理解できないのでしょうか。


「アシュリーは、キラキラした婚約者が欲しいだけ。私じゃなくても、いいの。」


 私の言葉に、アシュリーが目を丸め、吠えました。


「そんなことを、お前が勝手に決めるな。」


 イライラを隠しもせず、アシュリーが獣のように吠えています。獣が、私の首を掴み、力を入れてきました。私はその痛みと苦しさに耐え、溢れる涙を止めもせず、アシュリーを見上げました。


「アシュリーは、私の気持ち、考えたことあるの。」


 息が吸えず狭く暗くなっていく視界の先で、アシュリーの瞳が揺れたことに、私は気がつきました。


「私は、アシュリーが苦手で嫌で会いたくないし、視界にも入りたくない。」


 私の言葉に、獣のような男が、一瞬子犬のように不安そうに私を見たことに気がつきました。アシュリーは強いけれど、弱い、とても弱い、生き物なのです。


「でも、アシュリーに幸せになって欲しい。そう、いつも、想ってるの。」


 私はアシュリーに手を伸ばすと、彼の両頬に手を添え視線をしっかりと合わせました。



 この気持ちを伝えるべきか、迷うところですが、気持ちが高ぶって、涙が溢れすぎて、まともに考えることができません。バカになってしまった私は、言ってしまうのでしょう。


「アシュリーのことが、好きだから。」


 アシュリーはとても複雑な表情を浮かべて、私の瞳を覗き返してきました。そして、私の両頬に手を添えると、唇を重ねようとしました。


 私は触れそうになっている唇を開き、問いました。


「アシュリーは、私に幸せになって欲しいと思ったこと、あるの。」


 アシュリーの動きが、止まりました。真っ青な瞳が見開かれ、驚いているのが分かります。アシュリーは結局、何も言いませんでした。


 けれど、私の問いの答えは、明らかでした。




 アシュリー、私の大好きな人。


 もしもアシュリーが、一ミリ、いいえ一瞬でも、本当の私のことを想ってくれていたら、私はそれだけで貴方のために全てを捧げていたことでしょう。



 けれど、もう、さようならです。



 私はアシュリーという底なし沼から抜け出し、お日様の下を歩いていきます。

 



 私は痛む喉をおさえて、早退しようか迷いながらその気力すら出ないまま教室にたどり着き、自分の机に倒れ込みました。とにかく授業を聞き流し帰りの挨拶の後、私はのろのろと帰り支度をはじめました。



 今日はこのまま帰ろう。私がそう思ったとき、珍しく、コリーが私のクラスにやってきました。



 コリーは一通の封筒を手に握りしめ、もう片方の手で私を手招いています。私は立ち上がり、二人で人気のない廊下の端まで歩きました。


 興奮した様子でコリーが私に差し出したのは、王家の紋章が入った封筒でした。質の良い紙に、流れるような美しい文字が目に入りました。私は予想もしていなかった出来事に首を傾げました。



 一体、何の封書でしょうか。


 コリーが中から手紙を取り出し開き、二人で覗きこみました。



 その美しい字は、第五王子が自ら執筆したものでした。成人を期に、馬を所有したいと考えている。その馬選びや管理を、ぜひコリーに任せたいと書いてあります。



「すごい。」


 私は両手をあげて喜びました。


 コリーに少し抱きつき、良かった、と声をかけました。コリーは、目に腕を当て、また泣いていました。私はそんな彼の隣で、彼が落ち着くのを待ちました。



 少しずつ開けていく未来に、私は、微笑みました。



 



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