主人公は、私ではありませんが、そんなに悪くはありません。
コリーとつきあいはじめてから一月が経ちました。私達は、とても順調にお付きあいを進めています。
はじめは、同年に関わらず私に敬語を使っていたコリーが、今では気安く話しかけてくれるようになりました。そろそろ、正式に婚約してもいいのかもしれません。
私がそう考えるようになった頃、コリーが、二人で話がしたいと真剣な表情で私の手を取り、校庭のベンチまで私を引っ張っていきました。
私達は、この時はじめてお互いの体に触れました。コリーの手は、ペンしか持たない手入れの行き届いた貴族の手ではありませんでした。大きくて厚くてカサカサしていて働いているのだとよく分かる男らしい手でした。
私は、照れて大股で歩いているコリーの背中を見つめました。真面目で優しくて、とても良い方です。私はコリーに合わせて、小走りになりながら、覚悟を決めました。
いえ、決めようとして、けれど怖くなって、一度立ち止まろうと思いました。
けれどコリーの手は力強くて、私はそのまま引っ張られていきました。
ベンチに座った私の隣で、コリーはとても言いづらそうに話し始めました。コリーからは先程の強引さが消えて、大きな体が小さくなっています。私の方をチラチラと見ながら不安で瞳が揺れています。
一体、何を言われるのでしょうか。てっきり、プロポーズをされるのだと考えていましたが、私の早とちりでしょうか。
「実は、フローラに告白した時、まさか良い返事を貰えるとは思わなくて、実際に付き合った後のこと、全く考えてなくて。ごめん。」
私は、笑いました。
それは、そうでしょう。今まで、数多の生徒達からの誘いを全て断ってきた私が、突然話したこともない相手に了承の答えを出すとは誰も考えていなかったことでしょう。
「正直、その後も、どうせすぐに振られるだろうと思ってた。」
なるほど。確かに、そういうこともあるかもしれません。
私はポリポリと頭をかきながら、素直にそう話すコリーに好感を持ちました。
「でも、なんか楽しくて。」
真っ赤になったコリーが、ボソボソと呟きました。不意打ちのような一言に、私もつられて真っ赤になってしまいました。
「だから、これからのことを、考えたいと思う。」
恐る恐る、私の方を確認したコリーに向かって、私は頷きました。そうした私に、安堵したコリーが続けます。
「俺の家は、代々馬の世話や管理、配合や改良をしていて、俺もその知識と技は叩き込まれてる。」
私は頷きました。ホズワルド侯爵家は、馬の管理に関しては定評があり沢山の貴族達の馬に関わっています。お父様が評したように、家としては、悪くない家柄です。
「俺は次男だから、家を継ぐことはできないけど、どこかの貴族の家で専属として召し抱えてもらえれば、生きていくのに、困らないと思う。」
コリーは、モジモジと大きな体を更に小さくしています。
「なかなかその口がなくて、まだはっきりとしたことは言えないけど、そうしたら。」
私は、コリーの自信がない態度とは裏腹な男気溢れる言葉と野望に、黙りこみました。
なんということでしょう。コリーの話に、私は感動して、なんと応えたらいいのか分かりません。
ジェスス家の娘を娶るのに、ジェススの家には頼らず、自分の力で生きていきたいと、コリーが言葉に込めたからです。普通は、そんな夢みていないで仕事を探せと言われるかもしれません。現実的に考えろと。
けれど、私、フローレンスは、夢見る男性が大好物です。あ、涎、涎。
歴史上の全ての男達は、夢に燃え、夢に泣き、素晴らしい歴史を作り上げてきたのです。
少年よ、大志を抱け。
「分かりました。私、待ちます。コリーの働き口が見つかるまで、いつまでも。」
私は、満面の笑顔でそう伝えました。本心からの、嘘偽りのない言葉でした。
「がんばって。」
コリーが驚いて、私をじっと見つめてきました。それから、コリーの円らな瞳に涙がたまりはじめ、それを腕でぐいっと拭くと、そのまま顔に腕を当てたまま泣き始めました。
私は驚いて、恐る恐る彼の肩に手をやりゆっくりとなでました。
「どうしたの。大丈夫。」
私が尋ねると、コリーは頭を上下に動かし、大丈夫、と涙声で答えてくれました。
「誰も、今まで、誰も、応援してくれる人が、いなくて。」
グズグズ鼻をすすりながら、コリーが一生懸命答えてくれました。
「ありがとう。フローラ。」
私は、コリーの両肩にのせた両手に力を込めました。
「私、応援してる。」
私達は、このままだといつ結婚できるかは分かりません。
けれど、私は気にしません。
結婚適齢期など、クソくらえです。そんなもの、その二人のペースで、早くても、ゆっくりでも、いいでしょう。




