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あー。私ってやっぱり主人公なんだなって、心底思いました。  作者: 一子
第一章 主人公は、私です。
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主人公は、私でもいいのでしょうか。


 ラブラブランチのお誘いは、断られました。



 (わたくし)は今、その敗因について分析しています。



 体が空かない。と言うのが嘘だとしたら、断った原因は、何でしょう。


 1、私が嫌い。

 2、貴族が嫌い。

 3、お金がない。

 4、好きな人がいる。

 5、めんどくさい。


 私は頭に浮かんだことを書き留めながら、一つ一つ、整理してみました。



 一つ目二つ目は、多分違うでしょう。そもそもそうなら、私とお喋りなどしていないでしょうから。


 三つ目も、違うと思います。お金に困っている様には見えません。隠しているだけかもしれませんが、もしそうなら、もっと早い段階で私とコネを持とうとしたはずです。


 4、好きな人がいる。ありえます。


 5、めんどくさい。ありえます。


 むむむむ。



 では、体が空かない、というのが、本当だとしたら、理由はなんでしょうか。


 1、生徒会などの活発な委員会に入っている。いいえ、主要な委員会の会員なら私は全員と面識がありますので、違うと断言ができます。


 2、特定の友人や婚約者と過ごしている。これ、でしょうか。



 それともやはり、単純に私に興味がないのでしょうか。それなら、ランチなど、きっと、とても、とてつもなく、面倒ですよね。



 私は、自分が書いたバツやマルを見ながら、ため息をつきました。ダメです。こんな推理は、ダメです。全く、ダメダメ。これは、推理ではありません。


 こんなの、ただの、妄想じゃん。


 家政婦は、行動、言動、持ち物などの証拠を元に、分析しなければいけません。それなのに、私はなんの情報も持たないまま、私の希望や思い込みで真実を探そうとしています。


 これでは、家政婦失格です。立派な家政婦には、なれません。



 私は、立ち上がりました。


 紙はクシャクシャに丸めて、壁に力いっぱい投げつけてやりました。あ、ダメだ。私は投げた紙を拾い、学校用の鞄の中に隠しました。片付けに来た侍女に、中身を見られては困りますから。



 とにかく、情報を集めなくては。さあ、行こう。学校へ。そして図書館へ。


 頑張れ、私。




「ジルは、卒業したら、どうするの。」


 私は顔に笑顔を貼り付けて、さり気なく、今日こそは、と、朝決意したことを実行にうつしました。



 なんでもいい。


 個人情報なら、なんでもいい。



 お願い。教えて。私を、拒否しないで。お願いします。


 貼り付けた笑顔の下は、不安と期待でユラユラ揺れていて、私は喉が渇くのを必死で無視しています。



 ジルと出会ってから、もう八ヶ月が過ぎてしまいました。最初の三ヶ月は何もなく、話し始めてから五ヶ月が経つというのに、得られた個人情報は皆無です。あと二ヶ月で、ジルは卒業してしまう。それまでには。



 私の予想に反して、ジルはその個人的な質問を嫌がることもなく、あっさりと答えてくれました。


 ジルは、隣に居る私には目を向けず、真っ直ぐ前を向いて、空を見上げたまま口を開きました。晴れることが少ない、相変わらずの曇天に、彼の声が吸い込まれていきました。


「兄が家を継ぐので、私はその助けをする事が決まっています。」



 私は正直、驚きました。こんなにも優秀な方が、家を助けるだけの立場だなんて。



 この物語の中では、家、というものが重要視されています。


 家を継ぐ当主には多くの権利が与えられる一方で、その兄弟達は非常に微妙な立場にあります。幼い頃は、兄に万が一のことがあった場合のスペアとして育てられ、成長してからは、当主のために働く雇われ人です。雇う立場と雇われる立場が、産まれた順番だけで決まってしまうのです。そしてその差は、決定的な差でもあります。兄は全てを手に入れ、弟はそのおこぼれに預かるしかないのです。


 これは貴族と、裕福な平民の場合に共通する社会的設定です。



 優秀なジルを、当主にしようと現当主が考えていないのなら、今後ジルが当主の座を手に入れることはないでしょう。更には、この年齢で他家へ養子に出されていないのなら、ジルはもうどこの家の当主にもなれないのだろうと、私は、理解しました。



 なるほど。


 ジルは、無駄に複雑で重く悲しい設定を背負わされていそうです。確かに、このイケメンっぷりと良い性格なら、きっと設定はダークに違いありません。


 この物語を読んでいた人達は、オタクとまでは言えない人達でしたが、主人公の相手役を、自ら創ろうとする層はオタクだけでした。そしてやつらは、設定に燃える設定マニアと化しました。とにかく、複雑でドッロドッロな設定を、愛するキャラに与えてグヒグヒ笑っていたのです。



 かくいう私も、私の理想の外見に、中身は盛りに盛りました。意外な経歴、面白い交友関係、かわいい癖、男らしい話し方、などなど、などなど、などなど。ニヒニヒ。などなど。



 さてさて、現実逃避している場合ではありません。今は、ジルと、私の、重要局面です。



 ここは、もっと踏み込むべきか否か、私は悩みました。さり気なく、ジルの横顔を盗み見ると、私の方に視線を向けてはいませんでした。


 私のことを、見ては、いませんでした。


 これ以上は聞くな、ということでしょうか。


 ジル以外の相手なら、そこまで深く考えず、きっと私は言葉を続けていたことでしょう。けれど、私は、ジルの前では不思議と自信がなくなり、一歩が、全く踏み出せなくなってしまうのです。


 まるで自分じゃないみたい。私は、唇を小さく噛みました。

 

 婚約者はいるの。家は何をしているの。


 私の唇は閉じられたまま、開くことはありませんでした。けれど、私は精一杯の勇気を振り絞り、笑顔を作りました。


「そうなんだ。ジルが居たら、お兄さんも安心だね。」


 無理に笑った私に、ジルは、ありがとうございます、と頭を下げました。



 まあいいや。今日は大収穫があったから、それで、いい。



 私は、これ以上ジルの情報を手に入れるのは止めようと、話題を元に戻しました。


 そうすると、ジルと私の間にある空気が、明らかに緩くなったことを私は肌で感じました。表情には出さないまま、ジルが身構えていたことに気がついて、私はほっと胸をなで下ろしました。



 ジルが困ること、嫌なことは、絶対にしたくありません。


 良かった。先を続けなくて。



 私は安堵の笑顔を浮かべると、ジルと向かい合いました。


 私が楽しそうだと、ジルも楽しそう。ジルが驚けば、私は笑って。私が悲しめば、ジルが慰めてくれる。ジルの表情が変わると、私の表情もつられて、ジルの声に抑揚がつくと、私の声も変わる。


 楽しくて嬉しくて、はしたないと思いつつも、私はこぼれる笑顔を隠そうとは思いませんでした。


 甘い色の髪と、甘い色の瞳が、私の方を向いている今だけは、その瞳を、曇らせたくない。



 私はそれだけを願って、笑いました。


感想、ブクマ、評価いただけたら、嬉しいです!


よろしくお願いします。

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