来ちゃった♪
都内へ戻る春香を見送った後、俺と大空は母親に連れられて、母親が経営するカフェレストラン大地空で、配達用のお弁当作りの手伝いをしていた。
普段なら、パートのおばさんがいるのだが、今は生憎大型連休真っ只中、パートのおばさんたちは自分たちの子供の世話をしなくてはならないため、人手不足になり俺たちが駆り出された。
レストラン自体も通常営業しているので、ホールにアルバイトの子が1人いるものの、お昼のかき入れ時になるまでに、なんとかして発注されたお弁当作りを大急ぎで終わらせなくてはならなかった。
祝日や大型連休などの繁忙期に、俺と大空はよく手伝わされてきたので、ある程度要領はつかめている。
俺はお弁当の副菜づくりを担当し、母親がメインのビーフシチューハンバーグを作り、大空が盛り付けを行い、分担して作業を進めていく。
俺が大体の副菜を作り終わり、大空が盛り付けを行っているスペースに、完成した料理を置いた。
「よろしくね、大空」
「おっけい、お兄ちゃん!」
ビシっと敬礼ポーズを取って、大空が再び手早く盛り付けを続ける。
「副菜終わったけど、他に何かやることある?」
「うーん、そうね……」
母親がしばし俺に振る仕事を考えていると、ホールの方から声が聞こえる。
「2名様ご来店です」
「了解です!」
時刻を確認すると、11時を回ったところ、そろそろ店内もかき入れ時となってくる。。
「大地ホール入っちゃってくれる? 結局この時間帯、出るのはビーフシチューばかりで、お弁当のメイン作りながらでも私一人で何とかなると思うから!」
「わかった!」
俺はキッチン帽子を取り、そのままホール業務に移った。
まだお客さんは先ほど来店した2名だけだが、GWということもあり、これから多くの旅行客のお客さんが立ち寄って混雑するだろう。
以前雑誌に紹介されてから、爆発的にお客さんが増えた。話によると、旅行会社のパンフレットにも掲載されているらしい。
そのおかげで、こぢんまりと趣味程度でやっていたカフェは、いつの間にか大人気店として名を馳せ、気が付けばカフェレストランとして、今のような形態に収まってしまった。
母親曰く、「もっと静かな感じでやりたかったわ」と嘆いていたが、お客さんがたくさん来てくれるに越したことはない。普段は、アルバイトの人たちがホール作業を手伝い。厨房は母とパートさんで何とか切り盛りしている状態だ。
まあ、田舎の喫茶店ということもあり、閉店は夜16時で、比較的夜は時間が取れるのが救いだが、時々地元の知り合いなどに頼まれて、夜にもお店を貸し切りで開けることがあるため、母親は毎日忙しい生活を送っている。
◇
お弁当は、無事に配達員が来る11時30ごろ無事完成した。
お弁当と作り終えると、休む間もなく、今度はレストランに入ってくるお客さんたちで溢れかえり、大忙しになる。
大地空の一番人気メニューであるビーフシチューをはじめ、スパゲティーやハンバーグなど、多種多様なメニューを母親が切り盛りして作り、俺とアルバイトの人が提供していく。
大空は厨房で皿洗いなどを頑張って手伝っている。
大空は中学生のため、基本的に調理も接客もできないので、こういう雑用的な仕事になってしまうのだが、本人的には「気分転換になって楽しい」そうだ。
しばらくするとかき入れ時も過ぎて、ようやく客足が収まってきた。
店内にいるお客さんはまばらで、忙しいレストランからゆったりとしたカフェへと変化する。
「大地、お昼ご飯出来たから食べちゃいなさい」
「はーい」
レジ前で一息ついていると、母親に昼ご飯を進められ、厨房へと足を運ぶ。
先に昼食の賄いを食べ終えたアルバイトの子が、入れ替わる形でホールに戻ってくれた。
厨房では、同じく先に食事を終えた大空が、椅子に座りながらあいたキッチンのスペースでぐったりと突っ伏している。
「はぁ~疲れた……」
「お疲れさん」
俺がねぎらいの言葉をかけながら、大空の頭をぽんと叩いて、厨房奥の鍋の方へと向かう。
大空はムクっと身体を起こして喋り出す。
「でも、お母さんが作ってくれたお昼ご飯を食べるために、この仕事頑張ってるようなものだよねー」
母親は仕事柄のためか、あまり食事を家で作りたがらない。代わりに高校時代は俺がみんなの分の食事をよく作っていたものだ。まあ、俺も部活もあったので、ほどんと平日は春香に任せっきりな部分はあったが……。
実家を出る前のことを思いだしながら、再び机にグデーンと倒れ込んでいるだらしない妹の姿を見て、ふと疑問に思ったことを口にする。
「そういえば、俺が家出てから、大空は夜ご飯どうしてるんだ?」
俺が大空に尋ねると? への字に口をほわんと開けて、こちらを向いて目を瞬かせた。
大空は基本料理が出来ないので、もしかして毎日出前でも取ってるんじゃないかと心配になったのだ。
「あーっ、今は私も毎日塾で帰りが遅いから、最近は家に帰った後、お母さんが持って帰って来てくれたお店の余り物が多いかな?」
「そっか、大空も受験生だもんな」
GWはずっと家でゴロゴロして、俺のベッタリな大空しか見ていなかったが、こう見えて大空は中学3年生、立派な受験生だ。3年生になってから通いだしたという塾に、頑張って勉強しに行っているらしい。
「ま、私家だと全く勉強できないから、塾に行って少しでもやらないとまずいからさ、アハハハ……」
大空は頭を掻きながら照れ笑いを浮かべる。
「いや、照れるところじゃないからな……」
どうしよう、大空の受験がとても心配になって来た。まあ、最悪高校に受からなくても、俺が大空一人くらい養えるようにすればいい問題なので、そう考えると、別に心配しなくてもいいのではないかと思えてきた。
「喋ってないで、いいから早くお昼食べちゃいなさい。まだ仕事残ってるんだから」
「はーい」
母親に急かされて、俺は作ってくれた賄いが入っている鍋のふたを開けると、中には美味しそうなカレーが入っている。
俺は自分が食べる分のカレーをよそって、大空の隣の椅子に腰かけ、賄いを頬張る。
口に入れた瞬間、フワァっとした優しい味わいが口の中に広がり、後から来るピリっとした程よい辛さがアクセントとなりとてもおいしい。やはり、母親には料理の腕はかなわないなと改めて実感する。
「あの……すいません」
賄いに舌鼓みを打っていると、ホールのアルバイトの子が厨房に声を掛けてきた。
「どうしたの?」
俺が尋ねると、アルバイトの子は困ったような表情をしながら言ってきた。
「今お客さんからマスターさんはいらっしゃいますか? って言われたんですけど、対応できますか?」
「ごめん、私今丁度手が離せないから、大地代わりに対応してくれる?」
「わかった」
俺は食べかけのカレーを厨房のテーブルの上に置いて、口を拭いてからアルバイトの子に連れられてお店の入り口へと向かった。
「すいません、お待たせいたしまし……たぁ!?」
目の前に現れたのは、このド田舎では場違いなほどにヒラヒラとした白いワンピースを着こなし、黒いウェーブがかかったセミロングの茶髪がかった髪を揺らして、麦わら帽子を両手で腰の前辺りに持ち、小さい顔でにこやかな笑みを浮かべこちらを見つめる天使だった。
「やっほー大地君! 来ちゃった♪」
「愛梨さん!? どうしてこんなところに!?」
こんな辺鄙な田舎に現れるはずのない人物が、こうして俺の目の前に現れたため、驚きを隠せず店内で思わず叫び声をあげてしまう。
「エヘヘ、びっくりしたでしょ??」
「ビックリしたでしょ……って、どうしてこんなところにいるんですか!?」
「どうしたの? 騒がしい」
すると、厨房の方から俺の叫び声を聞きつけた母親が顔を覗かせる。
「あ、大地君のお母さんですか? 初めまして!」
母の顔を見た愛梨さんは、ニコっと母さんに微笑みかける。
母親は不思議そうにペコリと挨拶を交わす。
「私、大地君と同じサークルの先輩で中村愛梨って言います。大地君にはいつもお世話になっています」
「あら、大地の大学のお友達なの? これは、これはどうもご丁寧に!」
「これつまらないものですが皆さんでどうぞ」
「まあまあ、そんなとんでもない」
愛梨さんは都内から持ってきた、銀座の有名店のチョコレート菓子のロゴが入った袋を母親に無理やり受け取らせた。
「お母さんには、これから何かと色々と、《《今後大地君のこと》》でお世話になることがあると思いますので、よろしくお願いいたします」
含みある意味深なセリフを言いながら、愛梨さんは深々と頭を下げた。
「そんな頭を下げなくてもいいですよ。こんなダメ息子ですが可愛がってやってください」
「はい!」
頭を上げて満面の笑みで返事をした。あ、これは本心だな……。
「それにしても、こんな美人の人が大地のお知合いなんて……あんたも隅におけないわね!」
母親が俺の方をニヤニヤとしながら脇腹をどついてくる。
うるさいな……と思いながら、じとっとした目で母親を睨み返しておく。
「さぁさぁ、遠いところからわざわざ来てもらったんだから。あんた、責任もってもてなしなさい! ちゃんとサービスしておくからね!」
母親はそう言い残してキッチンへと戻っていく。俺は愛梨さんの方へ向き直ると、ちょこんと首を傾げて愛梨さんが微笑んだ。
「ということで、案内よろしくねっ! 大地君♪」
可愛らしく前かがみで首を傾げながらウインクをしてきた愛梨さん。
一体、何がどうしてこんなことになったんだ?




