東京アララ
玄関に入ると、少し昔にタイムスリップしたかのような和のテイストを漂わせた、変わらない実家の景色が現れ、平静な雰囲気に、思わず安堵のため息を吐いた。
「なんか1カ月しか経ってないのに、懐かしいな……」
「そうかな? 全然変わってないと思うけど」
「まあ、大空も家から出た時に分かるさ」
ポンと大空の頭に手を置いて撫でると、ふにゃっと子猫のような可愛い声を上げた。ホント、俺の妹はどうしてこんなに可愛いのだろうか?
相変わらずのブラコンお兄ちゃんを発動させながら、二人で廊下歩き、大空が先にリビングの扉を開けた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん帰って来たよ」
俺がリビングへ足を踏み入れると、大空にお姉ちゃんと呼ばれた、先に帰省した顔見知りがテーブルの椅子に座って待っていた。
「おかえり」
「なんで帰省早々、俺の家でくつろいでるんだお前は……」
「えー、だってお母さんたち仕事だし、帰ってきてもやることないんだもん」
愚痴を零しながら、お隣さんで先に帰省していた幼馴染の春香が、当然のようにリビングのテーブルの椅子に腰かけ、頬杖をついて退屈そうにしていた。
俺が帰ってくるまで、大空と雑談を楽しんでいたようで、テーブルの上には湯呑みとお菓子の袋が散らかっていた。
「そうだ! お姉ちゃんにお土産貰ったんだよ! じゃーん!」
大空が嬉しそうにお土産を見せてきた。
「げっ!」
それは、都内では一番有名は洋菓子である『東京アララ』だった。俺はパッケージを見て思わず顔を引きつらせる。
「ん? どうしたのお兄ちゃん?」
大空がキョトンとした様子で首を傾げる。
俺は恐る恐る、微苦笑を浮かべながら声を出す。
「すまんな大空、実は俺もお土産を買ってきたんだが……」
俺が鞄の中から買ってきたお土産の袋を取りだして大空に手渡す。大空が袋から取りだすと、中からは、今大空がもう一方の手に持っているものと、全く同じパッケージの洋菓子『東京アララ』が出てきた。
「すまん、被った」
「はぁ? あんた妹に上げるお土産なら、もう少し東京っぽいものにしなさいよ!」
「いや、都内のお土産といったらこれが一番東京っぽいだろ!」
「そうじゃなくて、もっとこう……最新流行りのスイーツというか映えるようなやつというか!」
「そう言うのは、お前の方が知ってるだろうが」
「女子大学生が全員スイーツ事情に詳しいと思ってる方が大間違えよ」
「フフッ……」
春香と言い争っていると、突然大空がクスクスと笑いだした。何が可笑しいのか思い、俺たちは大空を見つめる。
「いやっ、相変わらずお兄ちゃんとお姉ちゃんは相思相愛だなと思って」
にやにや笑いながら大空にからかわれ、俺は思わず口ごもる。
春香の方をチラっと見ると、目が合った。お互いに咄嗟にそっぽを向いて顔を逸らす。
「二人とも顔赤いよ?」
「なっ……」
「大空ちゃんっ……!」
小っ恥ずかしくなりながらも、俺は再び春香の方に目を向ける。春香も恥ずかしそうに頬を染めながら、チラっと俺を覗き込む。
「その……すまん」
「私こそ……ごめん」
お互いに先ほどまでの言い争いを謝罪し仲直りをして、俺は恐る恐る春香に聞いた。
「ちなみになんだけど、買ってきたのって『東京アララ』だけ?」
「そうだけど?」
「俺もそうなんだわ……春香の家用も友達用も……どうしようか」
「……」
「……」
困り果てて俺と春香が黙りこくっていると、ビリビリと紙包装を破る音が聞こえた。
見ると、大空が『東京アララ』の包装を破って箱を開けて、中からアララを一つ取りだした。
「へぇ~本当にこんな形してるんだね! いただきます!」
大空は小包装を破いて、中から現れたアララをパクっと口に含み、よく噛んで味を噛みしめるようして、ごくりとアララを飲みこんだ。
「んんっ……!」
すると、大空は頬を抑えながら、歓喜の声を上げた。
「すごい美味しいよ! これなら何個でも食べれちゃうよ! 買って来てくれてありがとうね! お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
キラキラと目を輝かせながら笑みを浮かべて感謝の意を伝えてきた大空を見て、俺と春香はお互いに顔を見合わせる。そして「フフッ…」と破顔して、口角を上げた。
「よしっ、俺らも一個食べるか」
「そうだね」
俺と春香はアララを一つ手に取り、小包装を丁寧に開けて、中から取りだしたアララを口に含んだ。その味は、どこか甘くて少しほろ苦いような感じがした。




