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空きコマでの天使

 午後始めの三限の授業を終えて、俺と綾香(あやか)は、二人で一緒に勉強できるスペースを探していた。


 五限に外国語の必修が入っているので、それまで時間を(つぶ)さなくてはならないのだ。

 ちなみに健太(けんた)詩織(しおり)は、外国語のクラスが違うため、今日は三限までの授業で既に帰宅していた。

 

 つまり、俺はこんな美人女優と二人っきりで空きコマの時間を毎週のように過ごせるのだ。こんな幸せなことがあっていいのだろうか?


 だが残念なことに、そう(うわ)ついてはいられない。なぜなら、この後の外国語の授業で行われる小テストの勉強をしなくてはならないからだ。しかも、この小テストは毎週行われ、成績に大きく左右されることから、なおさらこの空きコマの時間の小テスト対策が大きく単位習得を左右する。

 

 くそっ……この後の授業が必修の外国語じゃなければ、綾香と二人きりで楽しい午後のひとときを過ごせるのになぁ!!


 そんな贅沢(ぜいたく)は言っていられず、俺達は大学内に併設しているカフェスペースへと向かい、そこで小テストの勉強をすることにした。

 

 このカフェスペースは、中央にコーヒーを販売しているカウンターがあり、それを囲むようにカラフルなイスや机が並べられていて、各席にはコンセントが完備されている。


 ここは大学内なので、コーヒーを購入しなくても、誰でも使うことが出来る共有スペースとなっており、日当たりもよく、傾き始めた西日がガラス窓から差し込んで、のんびりとした午後のひとときを演出していた。

 

 俺達は、そのカフェスペースの窓際から少し離れた四人掛け用のテーブル席があいていたので、そこへ向かい合って座り、そそくさとリュックの中から勉強用具を取り出して、小テスト対策の勉強を始めた。


 この時間帯は、次の授業までの時間を(もてあそ)ぶ学生たちが半分くらいいるらしく、おしゃべりに(きょう)じたり、黙々と本と読んだり、ノートPCで作業しながらコーヒーを(たしな)んだりと、このカフェスペースで各々の時間を満喫していた。


 二人で真剣に小テストの対策を進めていると、ふと俺たちが座っているテーブルの前で、一人の黒タイツに包まれた二本脚が止まっているのが視界の端に見えた。

 

 俺が顔を上げて、その二本足の人物を確認する。そこには、もの珍しそうに外国語の教科書を覗き込んでいる愛梨(あいり)さんの姿があった。


「へぇ、大地くんたちの学部ってこんなことも勉強しなきゃいけないんだ、大変だね」


 そう言いながらまじまじと教科書を覗き込む愛梨さん。

 綾香もようやく愛梨さんの存在に気が付いて、驚いた表情で顔を上げた。


「愛梨さん!? な、何してるんですか」

「やっほー大地くん、綾香ちゃん。暇だからココ座っていい?」


 愛梨さんは、天使のようなあどけなさが残る笑顔を俺に向けながら、リュックが置かれているイスを指さしながら尋ねてきた。


「あぁ、いいですよ」


 俺は荷物をイスの上からどかして、愛梨さんが座るスペースを作ってあげる。

 「ありがとう」と、お礼をいいながら、愛梨さんは俺の隣の椅子に座った。

 その瞬間、愛梨さんからふわっといい香りが漂ってきて、思わず身体を気持ち逸らしてしまう。


「ごめんね、急にお邪魔しちゃって。二人が真剣な表情で勉強してたから、何してんのかなってつい気になっちゃって。もしかして勉強の邪魔だった?」


 申し訳なさそうに尋ねてくる愛梨さんに対して、綾香が手を振って答えた。


「いえいえ、この後の授業でやる小テストの勉強をしてただけなので、別に構わないですよ。それに、ちょうど切りもいいところだったので」

「そう? それならよかった」


 愛梨さんは安堵したようにほっと胸を撫でおろす。

 そして、俺たち二人を交互に見て興味深そうな表情を浮かべた。


「二人って、一緒に授業受けてるんだ」

「えぇ? あ、はい」


 綾香が少々戸惑ったように返事を返したので、俺が付け足した。


「いつもはもう一人ずつ男女いるんですけど、この後の授業は取ってないんです」

「あっ、もしかして大地くんを駅までおぶってくれた子?」

「そうです」

「そかそか、あの子たちね」


 そう言って愛梨さんは、詩織と健太のことを思い出しているようで、目線を少し上の方に向けていた。すると、突然何か思い出したように、違う話を切り出してくる。


「あ、そうそう! 今日活動日だけど、二人は来てくれるのかな?」


 活動日というのは、先週俺達が新歓に行った『FC RED STAR』の活動日のことである。


 俺は思わず綾香の方を見てしまう。綾香も俺の方を見つめ、必然的に見つめ合う形になってしまう。

 詩織や春香から忠告されている以上、皆にバレずにこっそり参加しようと思っていたのだが、ここで何と言ったらいいのだろうか。


 お互いに言葉を詰まらせていると、先に口を開いたのは綾香の方だった。


「私は行きます」


 そう真っ直ぐな瞳で愛梨さんに向かって言い切った綾香の言葉に、俺は驚いた表情を浮かべる。


「そっか! いやぁーうちのサークルに人気女優が入ってくれたら、株上がるなぁー」

「い、いえ……そんなことは……」


 愛梨さんにからかわれて、綾香は恥じらうように頬を染めて俯いてしまう。

 そして、今度は愛梨さんの視線が俺の方へと向いた。


「大地くんは、どうするの?」


 そのにこっと微笑みながら俺に向けてくる愛梨さんの視線は、どこか俺が行なかいという選択肢は存在しないとでも言いたげな、そんな視線にも感じられた。

 まあ、もともと行く予定だったし、別にいいんだけどね。


「はい、俺は授業が終わったら行く予定でしたけど……」

「そかそか!」


 俺がそう言うと、愛梨さんは嬉しそうな表情を浮かべた。


「他の二人は来ないの?」

「はい、あいつらは多分来ないと思います。元々運動系の奴らじゃないんで」

「そっか、それは残念」


 愛梨さんはそう言って両手で肘杖をついた。


「まあでも仕方ないか、本人の意思が一番大事だもんね!」


 愛梨さんは切り替えるようにそう言うと、両手から顔をぱっと離して姿勢を正したかと思うと、またすぐにその手を机の上に置いた。


「それじゃあさ、授業終わったら一緒にサークルいかない? 私この後授業なくて暇だから、ここで待っててあげる」

 

 愛梨さんからそんな提案をしてくる。俺と綾香はお互いに見つめ合ってアイコンタクトを取る。

 お互いに異論はないようで、俺が愛梨さんの方を向いて小声で答える。


「いいですけど……」

「おっけい! それじゃあ、待ってるね」


 愛梨さんは可愛らしいウインクをしながら言うと、そそくさと席を立ちあがり、自席へと戻って行ってしまった。その仕草に、俺はまたも愛梨さんの姿が見えなくなるまで、視線が釘付けになって後を追ってしまうのだった。

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