第6話 バレた
奥様の昼食を作り、それを持って部屋に戻ろうとしたところで、私はその扉の前に何かが落ちているのを発見しました。
「これは、針金……?」
どうしてこんなところに?
そう不思議に思って首を傾げます。
「──っ!?」
しかしその疑問はすぐに晴れました。
私は最悪の事態を予想して、急ぎドアノブを回します。
抵抗なく開かれる扉。
やはり鍵が──!
「奥様!」
私は魔力を高めて中に入り、すぐにでも戦闘に入れるように警戒していました、が……奥様は変わらずベッドの上で横になっていました。
「──あら、メリダ。どうしたの? そんなに慌てて」
「…………いえ、何でもありません。昼食を持って参りました」
私は首を振り、ベッドの横に置かれているテーブルに料理を運びました。
いつもなら謝罪をして「今日も食べる気分じゃないの」と言う奥様でしたが、彼女はそれをおとなしく受け取り、静かに食べ始めました。
「ん? どうかした?」
「いえ、別に…………今日は、食べてくださるのですね」
「ええ、今日は気分が良くて、お腹が空いてしまったのよ」
「そうですか。それは、何よりです」
体の調子が悪い奥様のことを考えて食べやすい食材を選びましたが、急に食べて大丈夫なのかと心配になりました。
もしかしたらまた戻してしまわれるかもしれない。そう思ってすぐに動けるように警戒していましたが、その心配は必要ありませんでした。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
「それは、何よりです」
「……ふ、ぁあ……食べたら眠くなってしまったわ。私は少し、休みます」
「かしこまりました。おやすみなさいませ、奥様」
戻すこともなく、しかも少量とはいえ完食してしまった奥様に、私は驚いて空返事しか返せませんでした。
眠そうに欠伸をした奥様は、やがて静かな寝息を立て始めます。
「一体、なにが……」
私としては嬉しい変化だとしても、急過ぎる。
奥様の中で何かが変化した? でも、それはどうして?
私がこの部屋を出る前は、いつも通り空虚を見つめていらっしゃった。変化があるとすれば、昼食を作るために席を空けていたその間だ。
「…………もしや……?」
いや、だがそんなことがあり得るのだろうか。
私は一度その考えを否定し、だがその考えを捨て切れなかった。
「確かめてみるか」
私は、先程拾った針金を見つめていました。
◆◇◆
「ちょ、今お嬢様は休憩なされています!」
「退いてください。すぐに終わりますので」
「困りますって、あぁ!」
そんな喧騒? のようなものが廊下から聞こえたかと思えば、私の部屋の扉が強引に開かれた。
そこには黒髪のメイドと、半泣きになっているエルシアの姿があった。
「メリダ?」
予想外の来訪者に、私は暇つぶしに読んでいた本を開いたまま固まった。
だが、それも仕方のないことだろう。私を嫌っていた人が、わざわざ私に会いに来たのだ。
「何の用ですか?」
私は警戒心を引き上げ、許可無く入って来た人物に問いかけた。
しかし、その人は悪びれも無くただ一言。
「用があって来ました」
「……こちらは用があっても突っぱねるだけなのに、あなたはそれを無視ですか。とんだメイドがいたものですね」
子供が相手だろうと、それは無礼に値する。
私はキッとメリダを睨みつけ、強い口調でそう口にした。
「申し訳ありません。どうしても緊急であなたに言いたいことがありまして」
「…………なんでしょう?」
「あまり奥様に関わらないでください」
告げられたのは、拒絶の言葉だった。
「さぁ、何を言っているのか」
「これを見ても同じことが言えますか?」
そう言って取り出されたのは、二本の針金だった。
「これが奥様の部屋の前に落ちていました。そして掛けられたはずの鍵が開いていた」
そういえば鍵を解錠した時に針金を放り投げた気がする。
魔王である私がつまらないミスをしたな。
「だからどうしたのです? まさか私がそれを使って侵入したとでも?」
「なぜ、針金で扉を開けられると知っているのですか?」
──チッ。
私は内心舌打ちした。
まさかこの私がカマをかけられるとはな。
「エルシア。下がっていて」
「ですがお嬢様」
「お願い」
「っ、かしこまりました」
エルシアはおとなしく引き下がり、部屋には私とメリダの二人だけとなった。
「それで、先程の言葉の意味ですが」
「奥様は旦那様とのいざこざで衰弱なされています。これ以上彼女を苦しめないでください」
「私は苦しめてなどいません。お母様は私のことを愛していると言ってくれました。お父様のことも大切に想われていました。どうして苦しむと、そう思うのでしょう?」
「奥様がそうだとしても、旦那様は違うかもしれません。再び近づこうとして拒絶されたら、奥様は二度と立ち直れません。奥様に夢のような希望を、未来を見させないでください」
メリダの目は本気だった。
言い方はきついが、彼女なりに母親を心配しての言葉なのだろう。
しかし、それでは何も変わらない。そんな停滞した未来に何の意味もない。
「お断りします」
だから私は、それを拒否した。
メリダは目を丸くさせ、すぐに敵意を宿した瞳で睨んでくる。
そよ風のようにそれを受け流しながら、私は満面の笑みでこう言った。
「メイド風情が私に指図しないでください」
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