第63話 憧れへの情熱
「今日もお疲れ様でした、シェラローズ様」
「いえ、今回も良い経験を積むことができました。ありがとうございます、シルヴィア様」
騎士団本部に設置されている風呂に入り、入念に体を洗って髪を乾かした後、私はシルヴィア様の執務室を訪ねていた。
今日も無事に終わったという報告と、少しの雑談。
この二人きりの時間が、私にとってのご褒美と言っても過言ではない。
「実は、今日の稽古の様子を少し見させてもらいました」
「えっ……! そ、そんな、は、恥ずかしい……」
シンシア様に負ける姿を、好きな人に見られたくはなかった。
私の負けず嫌いな性格が出ているのもあり、途端に恥ずかしくなって顔を逸らす。
「シェラローズ様は天才です。6歳という若さで、あのシンシアと剣を交えられるのですから」
「……ですが、まだ一度も勝てていません……それが悔しくて、次こそは一撃入れてみせます!」
「貴女は生粋の負けず嫌いなのですね。その信念は素晴らしいと思いますよ」
私は魔王だった。
過去を遡っても、私が敗北したのはただの一回。
──勇者との決戦だ。
あそこで私は初めての敗北を味わい、死んだ。
この気持ちは、悔しいと言うのだろう。
初めて負けた。それはとても悔しかった。だから次こそは負けない。
そう思っていたのに、ここ最近は何度も負け続けている。
私の、魔王としてのプライドはボロボロだ。
……いや、ズタズタに引き裂かれた。
「うーん、シンシアと対等に戦える実力がある者は騎士の中でもほんの一握りだって、どうやったら理解してもらえるのだろう?」
と、シルヴィア様が何かをブツブツと呟いている。
私の耳には届かなかったけれど、私を見ながら苦笑していることから、呆れられているのだろうと察する。
「…………あの、諦めの悪い女だと、思われていないでしょうか?」
何度もシンシア様と稽古を繰り返し、そして負けている。
日々剣を振り、限界まで走り込み、基礎は全て体に叩き込んだ。それでも負け続けている私は、他から見て滑稽に思われていないだろうか。
そんな嫌な考えが頭を過ぎり、私は不安になった。
──シルヴィア様は、何も言わない。
目を鋭くさせ、私を見つめる。
私は余計に怖くなった。
でも、目を逸らしたらダメだと思い、正面から見つめ返す。
「──ふふっ」
途端に、シルヴィア様は表情を崩した。
「諦めの悪い女? 私はそのような人が大好きですよ。目標のために我武者羅になって頑張れる。なんと素晴らしいことでしょう。普通の人間は、すぐに折れてしまいます。でも貴女は何度負けようと、何度無力を突きつけられようと、決して折れることなく、むしろ奮起する」
シルヴィア様は立ち上がり、ゆっくりと私の元まで歩み寄る。
視線を同じくさせるために膝を折り、彼は真剣な瞳で私の顔を覗き込んだ。
「……どうか、諦めないでください。決して折れないでください。諦めの悪いシェラローズ様の姿を、最後まで私に見せてください」
彼はそう言い、ポンポンッと私の頭に手を置いた。
「〜〜〜〜っ! あ、あの!」
私は耐えきれず思った以上に大きな声が出てしまった。
「っと、申し訳ない。気安く触れてしまった」
「いえっ……えっと、その……うれしかった、です……」
私は素直な心を、口にした。
「邪魔だと思われているのではないか、嫌われているのではないか……そう思っていたので、とても、安心しました」
「嫌う? 私がシェラローズ様を? ──ははっ! 見縊ってもらっては困ります。シェラローズ様は、今まで見たどの女性よりも魅力的だ」
顔が沸騰しそうなくらい、暑い。
シルヴィア様の美顔でそれを言われて、落ちない女は居ないだろう。
「シルヴィア様は、ずるいです。……それを言われたら、もっと頑張りたくなるではありませんか」
「ええ、頑張ってください。頑張って、不可能を可能視する瞬間を見せてください。今後は、それを最上の楽しみとさせてもらいましょう」
ああ、本当にずるい男だ。
そんな言葉で私を縛るなんて、本当に嬉しくなってしまうではないか。
「いつになるかは、わかりません。……でも、必ずシルヴィア様の期待に応えてみせます」
「私の目論見では、そう遠くない未来だと思いますよ」
「そう、でしょうか?」
「ええ。今日の剣筋を見て確信しました。シンシアもそれをわかっているから、そう簡単に抜かされるわけにはいかないと、毎晩自主練しているほどです」
「シンシア様の剣が日々鋭いものになっていくのは、それが理由だったのですね」
「……おや、気付いていましたか」
驚いた様子のシルヴィア様に、私は「当然です」と返す。
「シンシア様と毎週剣を交えているのですから、少しの変化くらいはわかります」
剣聖ラインハルトとの戦いでもそうだった。
前に戦った時とは比べものにならないほど強くなっており、戦闘中とはいえ「腕を上げたな!」と敵を褒めてしまった。その時の彼は驚きに溢れていて、でも褒められたから嬉しいけど、それを言ったのは魔王でと、すっごく複雑な顔をされたのは、少しだけ悲しかった。
「それ、剣を極めた者しかわからないことなのですが……これも当然と言いますか。やはり貴女は面白いお方だ」
さも当然のように言ったら、笑われてしまった。
「貴女はもしかしたら──剣聖の生まれ変わりなのかもしれませんね」
「──っ!」
シルヴィア様から告げられた言葉に、私の心臓は大きく跳ねた。
「剣聖ラインハルト。……はい、私は彼のような剣を振りたいと、そう思っていました」
「剣聖のような剣。……そこまで望まれていたとは、流石の私も予想していませんでした」
「彼の剣は『綺麗』です。一振り一振りに無駄はなく、恐ろしいほどに洗練されている。あれこそが剣の頂なのだと、剣の道に疎い私でもわかる。だからこそ私は、彼のようになりたいのです」
「…………」
強い意思を持ってそう宣言すると、シルヴィア様は再び黙り込んでしまった。
そこで私はハッと我に返り、やってしまったと後悔する。
「っと、こうして教えていただいているのに、他の方を目標にしているだなんて……失礼なことを言いました。本当に申し訳ありません」
「…………いいえ、剣聖の伝説に憧れ、騎士に入団する者は多い。かく言う私もそうでした」
「シルヴィア様も、ですか……?」
「……でも、貴女ほどの強い信念を持っていた騎士は誰一人、居なかった。私は、騎士団長という座に登り詰め、その地位に満足してしまい、いつの間にかその情熱を忘れていた」
シルヴィア様は、私に頭を下げる。
「貴女はその情熱を思い出させてくれました。どうやら私も貴女に感化されてしまったみたいだ」
「それは、どういう……」
「私も更なる高みへ登って見たいと、そう思えたのです。
今は貴女が眩しく見える。その熱意と信念。私はそれを長年忘れていた愚か者だ。そんな男に、再び夢見ることを思い出させてくれた。──感謝を申し上げます、シェラローズ様」
そう言って顔を上げたシルヴィア様の表情は、とても晴れやかだった。
彼が何を思い、なぜ変化しようとしたのか。
その経緯は、私にはわからない。
でも、その変化はとても良いことだと思う。
「──はいっ!」
だから私も、彼に負けないくらいの笑顔を浮かべたのだった。




