第46話 不死者の呪い
呆気ない幕引きに、私もサイレスも動けずにいた。
そんな中、シルヴィア様は一息。剣を鞘に戻し、私に微笑む。
「シェラローズ様、帰りま──」
「っ、まだです!」
「なっ──、くっ!」
シルヴィア様は間近に迫る凶刃に反応したが、その時にはすでに凶刃は間近に迫っていた。団長クラスの彼でも躱しきることは叶わず、身を捻った彼の胸部が微かに切り裂かれ、そこから血飛沫が飛び散った。
「シルヴィア様!」
「問題ありません! この程度の傷──っ、ガァアアアアッ!」
聞いているこちらが蝕まれそうになるほどの──絶叫。
「【かの者を癒せ】!」
私は口早に詠唱し、回復魔法を彼に掛ける。
これで一安心。
「ぐ、ぁああぁあぁああ!!」
「嘘っ、【光よ、聖なる光よ。我が願いに応じ、かの者に癒しの加護を与えよ】!」
双子の姉妹に使った先程よりも上位の回復魔法を掛けても、彼が浮かべる苦痛の表情は消えない。
「なんで、どうし──まさか!」
最悪の考えに至った私は彼の胸元を覗き込み、一番嫌な予想が当たってしまったことに絶句して、言葉を失った。
「ぐぅ……なん、だ、これは……」
彼の胸元は黒く染まり、怪しく脈動していた。
それはゆっくりと彼の体を蝕み、侵蝕して広がっていく。
これは──
「呪術!?」
他人を呪い、やがて殺す。
回復魔法でも癒せない禁じられた術。
それが、呪術。
おそらく、男が放った凶器に『呪印』が刻まれていたのだろう。
掠った程度でこの威力……かなり強力な呪術だ。
「──おや、まさかそれを知っている人がいるとは驚いたな」
それは私の後方、男の首が転がっている方向から聞こえた。
次の瞬間、私に濃厚な殺気が襲いかかり──
「シェラローズ!」
再び飛来した凶刃と私との間にサイレスが立ち、金属同士のぶつかり合う激しい音が鼓膜を震わせた。
「怪我は!?」
「当たっていない。大丈夫だ」
サイレスは私に振り返らず、目の前の標的から決して目を離さない。
「あははっ、ひどいよねぇ……」
地面に転がった顔が動く。
それはコロコロと倒れ伏している本体に近づき、不自然に結合した。
「まさか出会い頭に首を斬られるとは思わなかったよ。でもまぁ……お互い様かな?」
男はわざとらしく溜め息を吐き、「よいしょっと……」と立ち上がる。
「貴様、ぅ……まさ、か、『不死者』か……」
シルヴィア様が呻くように呟いた。
──不死者。
その名の通り、不死。寿命で死ぬことはないし、先程のように首を落とされても死なない。痛みも感じない。
どのような経緯で『不死』という能力を得たのか、全てが謎に包まれている。
禁術による肉体改造、自然発生。様々な予想は出来るが、今はそんなこと関係ない。
その不死者が今、私の目の前にいる。
300年前にもその存在は噂されていたが、この目で見たことは一度もなかった。
…………そうか、こいつが今回の元凶であり、双子を利用しようとしていた者か。確証は無いが、このタイミングで姿を現したのだから、つまりそういうことなのだろう。
「っ、シルヴィア様に手出しはさせない!」
私は咄嗟に動き、シルヴィア様を背に盾となる。
もう彼に何もさせない。それ以上踏み込んだら容赦しないと、強い意思を持って男を睨む。
男はそのことに何を思うわけではなく、ただ愉快に笑った。
「その必要はないさ。呪術を知っている君なら、それくらいわかっているだろう?」
「…………くっ……」
全くもってその通りであり、私は悔しさに歯噛みすることしか出来ない。
「……に、げて……ください。私のことは気にせず、あなただけでも……」
「絶対に嫌です。シルヴィア様を置いて逃げられません」
「お願いです。私なんかより自分のことを──!」
「絶対に嫌だと、そう言いました!」
シルヴィア様を置いて逃げるだと?
──そんなことは私が許さない。私のプライドが許すわけがない。
「逃げたほうがいいと思うよ? そこの騎士みたいになりたくないなら、プライドなんて捨てた方が身のためだ」
「あら、外道が私のことを心配してくれるの? 意外だわ。どうせ逃がすつもりなんてないくせに、無駄なことを吠えるのね……そういう人のことをなんて言うかわかる? ──三流と言うのよ」
──ピシッと、男の笑みにヒビが入る。
それまで男が出していた異様に和やかで、気味の悪い不気味な雰囲気が一変。私を射抜くような鋭いものとなった。
「小娘がよく言うね。力の差を理解していないのかな? ……これだから貴族っていうのは嫌いなんだ。傲慢で、自分が常に一番だと思っている。見ているだけで虫唾が走るよ」
男は吐き捨てるように呟く。
……私の身元はすでにバレているらしい。公爵家を敵に回すことを理解した上で、私に害を与えようとしているのだ。
それだけ、男には自信があるのだろう。
他人に言えない傲慢さだが、最大の脅威であるシルヴィア様は『呪術』にて無力化した。残るは私とサイレス。対して相手は不死。傲慢な態度になるのは、当然のことか……。
「全く、困るよ。折角面白い実験を思いついたのに、それを邪魔されるんだからさ」
「実験……やっぱり、あの子達を必要としていたのは、実験台にするためだったのね?」
「……うん、そうだよ。白狼族は頑丈で実験台には適している。だから欲しかったのに、やっぱり人間は使えないね」
「依頼した相手を間違えたわね。御愁傷様」
「……思ったよりも冷静だね。怒って勇敢にも僕に挑み、それを真正面からへし折るのが楽しいのに……残念だ」
私は舌打ちを隠さなかった。
「救えないクズね。あなたのように人の心を弄ぶ人は──殺したくなる」
「あははっ! 無駄だよ。僕は不死だ。絶対に殺せない」
不死を殺す術はない。
私達が勝つ方法は、今のところ皆無だ。
「はぁ……こんな面倒なことになるんだったら、最初から僕が動くべきだった。次からは気をつけよう」
男は「反省反省」と溜め息。
こちらを完全におちょくっていることに腹が立つが、そのような無駄話をしている場合ではないのは理解している。
まずはこの状況をどうにか打開し、シルヴィア様に掛けられた呪いを解くのが最優先だ。
「そこの騎士を連れて逃げようかと思ってる? 無駄だよ」
男が魔力を解放したその時──
「団長〜!」
「団長、どこですか!」
「シェラローズ様! 団長! 返事してください!」
鎧の擦れる音と、私達を呼ぶ声が遠くの方から聞こえた。
連絡の途絶えた私達を心配して、騎士達が戻って来てくれたのだ。
「──チッ。ここまでか」
男は舌打ちを一つ。
「本当は白狼族も欲しかったけれど、仕方ない……」
「逃げるつもり?」
「そうだよ。騎士団を相手にするのは面倒だ。まだその時ではない」
「逃げられると思っているのかしら?」
「逃げ切るさ。僕にはそれだけの力がある。それに今回は──これを手に入れたということで満足してあげるよ」
男がポケットから取り出した物を見た私は、鈍器で殴られたかのような感覚に陥った。
だって、それは────
「それじゃ……さようなら!」
私から背を向けて建物を駆け上がった。
「っ、待ちなさい!」
我に返った私が手を伸ばすが、すでに遅い。
男は屋根を伝い、姿を消してしまった。
「追いかけるか?」
「……いいえ、まずはシルヴィア様よ。運ぶのを手伝って」
「了解した」
救助に駆け付けてくれた騎士団と合流して、屋敷に戻り今後のことを話し合うのが先だ。
サイレスに背を向け、私は歩き出す。
「……どうして」
世界が赤黒く染まり、荒れ果てる心を鎮めるのに精一杯な私は、酷く歪んだ表情を浮かべていることだろう。
サイレスから背を向けていて本当に良かった。もし今の顔を見られていたのなら、私は『私』でなくなってしまう…………
「あれは、私のだ……」
最後に男が取り出したのは、手に収まる程度の丸い球体だった。
──黒よりも黒く、全てを呑み込むような漆黒の宝玉。
「…………渡さない。あれだけは、絶対に……」
小さく呟かれた言葉。
それは誰の耳にも入らず、虚空へ消え去るのだった。




