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第3話 両親の溝

 どうして母親が部屋から出なくなってしまったのか。

 その理由を話す前に、まずは母親の紹介をしなければならない。


 私の母親はカナリア・ノーツ・アトラフィード。旧名はカナリア・ハラルだ。

 彼女は常に笑顔が絶えない愛嬌のある女性だった。貴族でありながら無邪気に笑うその姿は、お年頃の男性を落とす武器として十分だった。勿論、母はそうなることを狙っていたのではない。

 笑う時は心底楽しそうに笑い、悲しい時は思いっきり泣き、怒る時はマジで怖い。そのように良い意味で裏表のない女性だったと私は聞かされていた。


 きっと父親も、それに撃ち抜かれたのだろう。


 母は誇り高き貴族の心を掲げ、平民にも優しく接していた。

 そして父も同じ目標を掲げている。

 夫婦して協力し合う姿は他の貴族の模範とされ、二人は平民貴族関係なく憧れの存在だった。


 しかし、それは唐突に終わりを告げた。

 理由は単純。


 ──私が産まれたからだ。


 二人は子供を望んでいなかったわけではない。

 むしろ子供が出来たと抱き合って喜び、私の誕生を今か今かと待ちわびていた。


 将来はどんな子に育つだろうか。きっと父のような賢い子になる。きっと母のように誰にでも優しくなれるような素晴らしい子になる。

 子供はどちらに似るだろうか。どっちに似てとしても可愛いに決まっている。

 性別はどっちだろう。男だったら元気に育つだろう。女だったら花のように可憐な子に育つに違いない。

 そんなことを毎日のように話していた。

 アトラフィード公爵家に仕える使用人達も、そんな二人を微笑ましく眺め、私の誕生を待ち望んだ。


 きっと子供が産まれたらアトラフィード家は更に明るくなる。

 きっと笑顔の絶えない屋敷となる。

 誰もがそう思い、疑わなかった。


 だが、現実はそうならなかった。

 産まれてきた子供は──透き通るような白髪と真紅の瞳を持っていた。


 父親は金色の髪と翡翠の瞳。

 母親はやや赤く染まった茶髪と群青の瞳。


 ──どこにも白髪と紅い瞳は含まれていなかった。


 結果的にどちらにも似ていない子供が出来たことで、とある疑惑が浮かび上がった。

 それは私の母親、カナリアの──不倫だ。


 父はすぐに動き出した。

 母と接触したことのある男全てを調査し、白髪と赤い瞳を持った者がいないかを探し当てた。

 挙句にはハラル伯爵家の親戚や既婚済みの関係者、母の学生時代に在学していた全ての学生だった者を、洗いざらい探し出した。

 だが、私の特徴に合った男は見つからなかった。


 冷静になって考えれば、その疑いはすぐ解決されるはずだった。


 母は父と婚約するまで純潔を守ってきた。そして見事二人が結ばれてから、母は父の側に居続けた。他の男が介入してくる隙がないほど、二人はべったりだった。


 ……そう、考えればすぐにわかること。


 しかし疑いが晴れた時には、もう何もかもが手遅れだった。


 父親は一度愛する妻を疑ってしまったことに後ろめたくなり、母からは距離を置くようになった。公爵家当主としての責務だけを果たすべく、仕事に集中するだけの男となったのだ。


 母親は私を産んだことで公爵家の名を汚したと責任を感じてしまい、徐々に塞ぎ込んでいってしまった。そして気持ちも滅入り、やがて『鬱』を発症する。まだ私が産まれて一年は持ったらしいが、それからは部屋に篭り、一切出ることをしなくなってから五年の月日が流れた。


 あれほど熱々だった二人の仲は冷めきり、今では顔も合わせず会話すらしなくなった。

 それ以来、この屋敷で二人の間柄を話すことは禁句となったのだ。


「…………うむ、お手上げだな」


 夕食も風呂も終え、就寝時間も迫る夜遅く。

 私はベッドの上で腕を組み、今後どうすれば良いかを考えていた。

 しかし、いくら考えても良い案は思い浮かばず、お手上げだと言わんばかりに両手を万歳する。


「完全に私が悪いではないか。どうしろというのだ、全く……」


 ──白髪で真紅の瞳を持った男?

 ああ、知っているとも。忘れるわけがない。

 それは私であり我、魔王グラムヴァーダなのだから。


「すまーん。ほんとすまーん」


 私は虚空を見つめて謝罪を繰り返しながら、ゴロンと横になる。


「ったく、つくづく私は運が悪い」


 おそらく『我』は、母親のお腹に居た時から宿っていたのだろう。

 か弱い人間の赤ん坊では、魔王の力に抗えない。二人の遺伝子は塗り替えられ、代わりとして魔王の因子が色濃く受け継がれてしまった。

 だから髪は白く、瞳は真紅に染まっているのだ。


「いっそ、それを告白出来たらどれだけ楽なのだろう……」


 しかし、それは絶対に明かせぬことであった。

 もし娘が「実は魔王でしたー」と言ったら両親はどうなる? 間違いなく発狂だ。スレイブ王国の、人類の天敵である魔王が自分達の娘なのだ。私が両親の立場だったら、絶対にパニックを起こしていただろう。


「──チッ、本当に面倒なことだ」


 私は昼間のことを思い返す。

 それは黒髪のメイドのことだ。


「あのメイド……確かメリダと言ったか?」


 彼女はハラル伯爵家から送られたメイドだ。

 母親であるカナリアを心から慕っているに決まっている。

 そんな慕う人物が追い詰められ、挙句には目を覆うほどに弱り切ってしまった。

 メリダはそうなった元凶──つまり私を敵視している。

 まだ公爵家の中ということもあり敬意を払っているような口調をしているが、その視線は「さっさと消えろ」と言いたげだった。


 まず彼女をどうにかしない限り、私は母親に接近することすら叶わない。


「──チッ」


 私は再び舌打ちする。


「本当に面倒だ。どうして魔王であるこの私が、人間同士のいざこざを収めなければならないのだ」


 胸の奥底がざわめく。

 それは「お願い。助けて」と訴えていた。


「あーーーーもうっ! わかったわかった! 助けてやる、くそっ……!」


 この感覚はあまり好きではなかった。

 何かぞわぞわとしたような感覚が、胸から身体中に広がるのだ。

 多分これに一生慣れることはないだろうなと、私は思う。


「お嬢様! 先ほどの声は一体……!」


 と、私の叫び声を聞きつけたエルシアが部屋に入ってきた。

 私はすぐに魔王の仮面を剥がし、シェラローズに戻った。


「ベッドを転がっていたら落ちそうになって驚いただけよ。問題はないわ」

「……そうですか……ふふっ、お嬢様は相変わらずお転婆ですね」

「悪い?」

「いえ、むしろ安心しました。やはりお嬢様はお嬢様らしいです」

「……そう、褒め言葉として受け取っておくわ」

「はい。では、お休みなさい」

「お休みなさい」


 ──変な言い訳でごまかさないで!

 私の中のシェルローズがそう叫び、再び胸がざわつく。


 ──うるさい。変に思われるよりマシだろう。

 そう反論すると胸のざわめきが収まった。どうやら納得してくれたようだ。


「…………さて、どうするか」


 助けると言ってしまった手前、もう中途半端に逃げることは許されない。

 ……これからどうやって動いてやろう。私は布団に潜り、そのことだけを考えていた。


 考えて考えて考えた末に朝になっていたのは、言うまでもない。

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