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第18話 侍女の告白?

「はぁ……暇だなぁ……」


 何もない、いつもの日常。

 私は中庭のベンチに座りながら、ぼーっと空を見つめていた。


「お嬢様、紅茶のお代わりはいかがですか?」

「……貰うわ。ありがと」


 エルシアに淹れてもらった紅茶に口を付けながら、私は再び「暇だなぁ」と口に出した。


「ねぇエルシア。何か面白いことはない?」

「急ですね。でも、面白いことですか……」


 エルシアは顎に手を当て、考える。


「以前のように、庭を駆け回ってみては?」

「そんな歳じゃないのよねぇ……」

「……6歳って、そういう歳だと思うのですが。というか少し前までは毎日のように駆け回って遊んでいたではないですか」

「体を動かすのが億劫になってしまって」

「6歳の女の子が何年寄り臭いことを言わないでください」


 それについては彼女の言う通りだ。


 しかし、シェラローズが庭を駆け回るのが好きだっただけで、私が好きなわけではない。

 流石に体の不調は完治して問題なく動けるようにはなったが、精神が入れ替わって『私』となった今、わざわざ疲れるために走ろうなんて思えなかった。


 そもそも私は体を動かすのではなく、研究室に籠って新たな魔法を編み出すのが趣味だったのだ。酷い時は食事を取ることを忘れて没頭していたことがあり、研究の途中に栄養不足でぶっ倒れた。……なんてこともあったな。

 そのせいで部下から説教を喰らい、しばらく研究室に入れてもらえなかったのも、今となっては懐かしい記憶となっている。


 だが、その程度のことで私の研究欲が止まる訳がなく、勇者との決戦の前日だって研究を進めていた。

 ……今思えば、勇者に破れた敗因に運動不足も含まれていたのではないだろうか? 前に勇者と戦った時よりも息が上がるのが早いなとは思っていたが……いや、まさかな。


 しかし違うと断定することも出来ない。体力を付けることで魔力保持量も少しは増えるので、この機会に体を動かすようになった方が良いのだろうか?


「それじゃあ、旦那様や奥様とお話しするのはどうです? 最近はコンコッドさんと授業をしているから全然構ってくれないと、お二人が嘆いていましたよ」

「あ〜、そう言えばそうね」


 確かに魔法学に集中しすぎて家族との交流が少なくなっていたかもしれない。


「でも、ダメね」


 しかし、私はすぐにその提案を却下した。

 エルシアはそのことについて疑問を持ったようだ。


「お母様はまだ良いけれど、最近のお父様は忙しそうにしているわ」

「……確かに、言われてみればそうですね」

「多分、良く無いことが起きる」


 そう思った理由は、父親が不意に見せる暗い表情が原因だ。

 それは決まって私と両親で楽しく話している時で、とても悲しそうに、そして痛々しく重い表情になるのだ。勿論それを見せるのは一瞬だけで、母親は気づいていない様子だった。


 ……いや、どうだろう。

 母親は常に父親の側に付いている。

 そんな彼女が父親の考えに気付いていないとは思えない。


 となると、私を心配させないよう、わざと気づかないふりをしているのか。


「とにかく、今は私のわがままでお父様の邪魔をするわけにはいかないわ」

「…………では、以前に購入した魔導書は?」

「全部読んじゃった」

「……相変わらず、お嬢様は凄いですね」


 口では褒めているのに、呆れ口調なのは何故だろうか。


「普通、魔導書を読み解くのは難解で、一年経っても序盤すら読み込めないのが普通なのですよ?」

「そうなの? ……私にはそこまで難しくは感じなかったけれど」

「それはお嬢様が特別なんです」

「……はぁ……まぁ、いいわ」


 確かに現代の魔導書は難しいのだろう。

 最新の技術が記されている魔導書や教科書を読んでいて、私もそれは感じていた。


 まだ昔の魔導書の方が面白みがあって読みやすいため、現代の物は途中で読む気が失せてしまい、適当にポイする……のは流石に公爵令嬢としてがさつなので、ちゃんと綺麗に本棚に並べた。しかしもう読む必要は無いと、今はもうただの飾り物と成り果てている。


 なので先程言った全てを読んだというのは、少し嘘になるのかもしれない。

 それでも知識はあるので問題はないだろう。


 だがそんな私でも、何度も読み直している魔導書は一冊だけあった。


 あの分厚くて大きな魔導書、私が生きていた時代の産物。

 あれだけは一生ものだ。


 絶対に手放すことはしないし、誰にも触らせない。

 もし触ったとしても、そこに記されている文字は300百年前に使われていた文字であり、今使っている者はほとんどいない。

 誰もその魔導書の価値は理解出来ないだろう。しかし、私はその価値を知っている。だから絶対に誰にも触らせないと決めた。たとえ両親でも、信用しているコンコッドやエルシアでも、だ。


「魔法学なんて、難し過ぎて私には理解出来ませんでしたよ。それをたった三ヶ月で理解するのは不可能です」

「でも、私は理解したわよ?」

「お嬢様が特別なんです! 三ヶ月って、三ヶ月って……はぁ!?」


 信じられなさ過ぎてテンションがおかしくなっているが……これも気にしてはダメだろう。


「魔法学は様々な分野があるけど、根本は一緒よ。それを理解せずに全て別の物だと決めつけているから、要らない時間を消費するのよ。もっと頭を柔らかくすればいいのにね」


 全ての根本にあるものに気づけるかどうかで、その者が魔法学で名を馳せるかが決まるのだろう。

 勿論、一つの分野だけで有名になることは出来るだろうが、やはり考えは狭くなってしまう。それだけで有名になった者はどうせ長続きしないし、それ以上に有名になることは出来ない。


「6歳の少女が言う台詞ではありませんね」

「もうちょっとで7歳よ」

「あまり変わりありませんよね、それ」

「一年の時というのは大きいものよ。人間、一年さえあれば大体のことは変えられるわ」


 一年をどうやって有効に使うか。

 それさえ意識していれば、一年という期間は重要になるのだ。

 そのため常にやることが多過ぎて、一年なんてあっという間に過ぎ去ってしまうのが注意するべきところだろう。


「コンコッドさんが言っていましたよ。お嬢様は実は中身が大人なのではないかって」

「…………心外ね。こんな可愛い見た目の少女が、中身大人な訳無いじゃない」


 だが、間違いではない。

 そのせいで反応が少し遅れてしまった。


「勿論、コンコッドさんも冗談で言っていたんだと思います。……それと、自分で自分を可愛いと言っちゃうのですね」

「あら、違う? 私は、可愛くないかしら……」


 コンコッドには「そこら辺の娘とは一線を凌駕するくらい可愛いのだから自信を持て」と言われたのだが、やはり私の可愛さは平均的な方なのだろうか?


 ……折角自信を持とうと思い始めたのに、少しショックだ。


「そんなことはありません!」


 軽く落ち込んでいると、エルシアがグイッと迫り私の手を取った。


「お嬢様はとても可愛らしく、美しいです。私も色々な女の子を見てきましたが、ここまで全てを持ち合わせている可憐なお方は初めて見ました。可愛くない訳がありません!」


「お、おぉぅ……」


 鬼気迫る表情でつらつらと言葉を並べられ、私は若干身を引いてしまった。

 まさかここまで言われるとは……驚きだ。


 エルシアにまで可愛いと言われ、しかもべた褒めされたのだ。

 恥ずかしいという感情を通り越して、困惑してしまう。


 確かにエルシアは前々から『お嬢様好き好き』オーラがあったが、興奮すると彼女はこんなにも変わってしまうのか……。


 人は好きなものを目にするとこうなることがあると言われているが、他人の目から見ればただの『変態』ではないか。


 寒気がするレベルで、やばい気配を感じてしまう。


 もしかしたら私も魔法学を学んでいた時や、魔法学について熱く語っていた時にもあのようになっていたのだろうか?


「あの、近いです」

「──ハッ! も、申し訳ありません!」

「……いえ、褒めてもらえるのは嬉しいので、気にしないでください」

「お嬢様……どうして、敬語なのですか?」

「…………気にしないでください」

「お嬢様!? お願いです。敬語はおやめください!」

「いや、あの……ほんと勘弁してください」

「お嬢様ぁああぁああああああ!!!」


 エルシアの絶望したような叫びが、広い庭に木霊した。

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