自衛官の正義とは
自分ならどうするか考えながら読んでいただけると幸いです。
私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。ーー自衛隊法施行規則第39条「服務の宣誓」
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机を挟んで二人の男は向かい合う。銃を持った男が声を出す。
「どうか、認めてください!」
その声は悲痛な響きに満ちていた。
「残念だが、それはできない」
銃を持つ手が固く握り締められる。
「なぜ! 我々が、我々自衛隊ができなくて誰ができるのですか!?」
それは自らが最後の砦であるという自負。
「誰もできないだろうな。この事態を収拾できるとしたら我々以外にいない」
相手の男も追認する。それを疑う者はいない。
「だったら我々の出動を許可してください!」
窓の外で炎が煌めいた。黒煙が立ち昇る。
「それはできない。たかが基地司令の私にそんなことはできないのは君もよくわかっているだろう?」
微かに銃声が響く。しかしそこで行われているのは銃撃戦などではない。一方的な虐殺だ。
「なら、それなら我々は何のために存在するのですか! 防衛出動でなくたってもいい。治安出動でも、なんなら災害派遣でもいいから出させてください! 我々は自らの全てをかけて国民を守ります!」
覚悟はある。自衛官になった、服務の宣誓をした時からずっと。
「すまない。だが、一切の行動を禁ずる。それが上の決定だ。私はそれに従う」
上層部は危機感を持たない。そしてそれは命令として現場に反映される。
「そんな命令! 現場のことを何もわかっていない政治家が保身の為に発した命令一つで我々は国民を守ることができないと言うのですか!? こうしている間にも国民はどんどん殺されているのですよ!」
無茶な命令により守るべき命が次々に失われていく現実に男は耐えられない。今すぐ助けに行きたい。
「そうだ。別に私は命令違反で裁かれるのが嫌だから従わないわけではない。それが自衛隊、武力を持つものの義務だからだ」
だがそれは古来より武力組織を貫く原則と、法律に阻まれる。上意下達、逆らうことは自衛隊としての秩序を崩壊させる。
「あなたならそれがどんな結果をもたらすか、十分想像できるはずだ! そんな命令に従って多数の無辜の命を見捨てるのですか?」
守る力がありながら、救えない屈辱。
「悪法もまた法なり、ソクラテスはそう言って毒杯を煽った。例えそれが最悪の方法であろうとも、法律とそれに定められた手続での命令は絶対。その原則に従うのが自衛官であり、私の正義だ」
彼の正義は男の正義と対立する。
「悪法なら破り捨てればいいのです! 我々が動くことにはそれを補って余りある価値があるのですから!」
一分一秒が、惜しい。徐々に拳銃を持つ男の声が荒くなる。
「我々は法律によって縛られている。法律を勝手に曲げてしまえばそれは法治国家と言えない」
幹部自衛官であるがゆえに鍛えられた国家レベルでの思考。
「我々が今置かれている状況はそれどころではない」
それを真っ向から否定するのは、凄惨を極める現場の状況。
「そこまで言うなら政治家になればよかったのだ。我々は、動かない」
椅子に座った男はきっぱりと言い切った。対する男はその勢いに暫し絶句する。
「……司令、やはり譲らないのですね。ならあなたを殺して指揮権を奪い取るしかありません。そうまでしても国民を守る。それが、私の正義です」
男は静かに呟いた。指が引き金にかかる。
「命令違反は厳罰だ。銃を仕舞え」
司令は銃口を突きつけられてなお、男から目を逸らさない。
「できません」
毅然と目の前に座る司令を見つめる男。互いの思いは、貫きたい正義は、交わらない。
「残念だ」
「残念です」
部屋が閃光に包まれる。一際大きな爆発が基地を呑み込んだのは、引き金が引かれる前か引かれた後か。
方法は違えど、ただ己の責務を全うしようとした二人の自衛官。この期に及んでも無関心な国民の中に、彼らの対立を知る者はいない。
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