第6話・異世界生活の二日目も波乱です。
「とりあえずあんたにこれを渡しておくわ」
「見た目的にヘッドフォンとそれに接続できそうなコードがついた指揮棒みたいな奴なんだが」
「それは〝星〟と共有、命令する為の端末。正式名称は〝アスティード〟と〝ディーリスティック〟」
「コントローラーみたいなもん?でも〝星〟はAIなんだろ?必要なくね?」
「基本動作……。走るとか避けるは全て〝星〟が自分で行うの。ただ、どこどこに走れとかどこを攻撃してくれみたいな指揮は〝指揮者〟が導く。技を出すタイミングや、必殺技もタイミングなんかも全て〝指揮者〟が〝星〟に指揮するの。その指揮に〝星〟が承認して初めて〝BOC〟への連動が開始され、技が繰り出される。」
「必殺技……」
改めて、ゲームのような世界だなと実感した。
いや、もう日本ではなく異世界なのだからそう捉えてもいいのかも知れない。ただ、この世界はゲームではないもう一つの現実だ。
滝由雨の異世界生活二日目は、トール・ヒュッテルインの更なる説明から始まった。由雨はあの後眠りについていたが、起きてみれば破壊された玄関扉は何も無かったかのように取り付けられてあった。
直す気あるならまず壊すなよと心の中でツッコミを入れていたら、今に至るという訳だ。
ヘッドフォンのような形をした〝アスティード〟には幾つものボタンや接続部が存在する。
電源ボタン、充電接続部、〝ディーリスティック〟接続部。
〝ディーリスティック〟は通常の指揮棒よりもかなり太めだ。持ち手にはいくつものボタンが存在する。そして持ち手には〝アスティード〟と繋げる長いコードがあるが、長さを自由に調整できるようで、試しにどれだけ長いか聞いたら、何と二メートルは伸びるという。
そこまで使わないだろう……と調整を施そうとした所でトールが不機嫌そうな顔つきをしているので由雨はピタリと動作を止めた。
「待った。腕の長さにもよるじゃない。まず変身魔法使ってから調整しなさいよ」
「いや俺この世界の魔法の使い方知らないんだけど」
「あーそうだったわね。じゃあ見てなさい」
由雨と一定の距離を取ってから振り返り、トールは右腕を真っ直ぐに由雨に向ける。
「(あれ?何かこういう展開覚えがあるぞ??)」と次第に顔を青くした由雨は、じり、じりと後ずさった。
「Snow……flower are 、fluttering……」
ーー歌?
トールの口から発せられる歌声はとても艶やかで哀愁に満ちている。由雨は思わず聞き入ってしまっていた所で、トールの右手に白銀の冷気が纏い始めたのに気づく、ーー瞬間、冷気は氷を生み出して、一つの氷の塊が、花びらのように五つに割れて氷柱となった。
氷柱の先端は由雨を捉えている。
予想通りだ、と由雨は逃げ道を確保しようとあたりを見渡したが、由雨の頭、脇、首元、足、腰に掠るように氷柱はすり抜けていった。餌食になったのはその先の壁であり、氷柱がぶつかったと思えば壁が破壊され外の景色が映し出される。
「いやいやいやいや、いやっ、トール様!?殺す気ですか!?」
「殺す訳ないじゃない。殺しは罪。勿論故意に人を傷つけるのも罪だからわざと外してやったんじゃない。掠ったのはあんたの髪の毛と服だから。髪の毛と服は〝人〟じゃないからセーフセーフ。後誰も見てないからセーフ」
「どこが!?つーか魔法使うなら攻撃魔法じゃなくていいじゃん!? 」
「まあ今のように声に魔力を乗せながら頭の中で強く想像し念じる事で魔法が使えるのよ。まあただ声出してるだけじゃ独り言みたいで変だからあたしは歌にしてるだけ」
「説明する事で俺の話流すのそろそろやめないかな!?」
感動して損した!!
由雨はこの感動を返せと言わんばかりの勢いで声を張り上げる。
この声に出す、という部分については何でもいいらしい。重要なのは、声に魔力を乗せながら頭の中で強く想像し念じる、の所だという。
この時、由雨はデジャヴを感じた。
あれ?これも覚えあるぞ?などという疑問は割とすぐ解決した所で何かを悩んでるように唸るのは、この方法で本当に魔法が使えるのだろうか……以前の問題にぶち当たったのだ。
しかし、それは由雨自身が恥ずかしがらずにいればいい。
由雨は覚悟を決めてディーリスティックを大きく振るう。
「行くぜ!変ッッ身!!」
某変身ヒーローものを彷彿させるその掛け声と共に由雨の身体が光に覆われる。光とそれを纏う由雨が次第に小さく縮んでいくと、光だけがゆっくりと消えてゆく。
慌てて近くの鏡を確認。
ああこれはーー。
今よりも髪が少し短い、手入れの行き届いた綺麗な黒髪。
ぱっちりとした純粋な黒眼。
滝 由雨の小学五年生の時の姿だ。
実家にアルバムがあったので、見ようと思えばいつでも見れた姿に当時の記憶を思い出さされた。
そう、あの頃の由雨は単にかっこよさ重視でアニメを純粋に見ていた小学生だったのだ。それが二十五歳という歳月の滝由雨はーー。
「なんでこうなったんかな」
思わず口に出してしまった。
今ではもう戻れない、あの気持ち。
学校や会社でも先輩、後輩、先生、上司達との人間関係を心のどこかで面倒くさいと感じ、あれから逃げるようにアニメや漫画や小説という架空の物語に浸っていった。
特に彼女など居ない由雨は、よくあるバトルものやスポーツもの以上に、美少女系やハーレム系に手を出しまくり、高校からはグッズ資金とアプリの課金の為にアルバイトもして……。
ーー、成長するのは、人間の素晴らしい事でもあり、残酷だ。
「ユウ?どうしたの……魔法、ちゃんと使えてるわよ」
「えっあっ、ちなみに俺って他の魔法使えんのかな。トール、分かるか?」
「……無理そう。由雨が何の理解もなく魔法を使えたのは魔符転写具のお陰よ。アレは転写する一つの魔法を、対象の人間の脳から足元までくまなく馴染ませる魔道具の一種なの。普通に魔法を使うようになるにはもっと〝知識〟を知る事が必要。でもユウは魔力はそこそこだから覚えれば使えそうね、まあ必要ないだろうけど。それより早くやりなさいよ」
急かされて、由雨はディーリスティックのコードを調整する。短すぎず、長すぎず、腕の長さにも合わせた。
「なあ。〝指揮者〟が〝星〟を指揮するなら、ラネにも〝指揮者〟がいるのか?」
「〝初代指揮者王 ルイ・ブランシュ〟……ラネの〝指揮者〟で………それで」
「いや!無理に言わなくていい。だいたい察したし、何かトール、話していて辛そうだから」
「……ふん。気を遣ったつもり?バカみたい、じゃなくて……バカよ…………」
何時ものような〝氷の女王様〟から一転、〝普通の女の子〟となったトールの様子を察して、由雨は慌ててその先トールが紡ごうとした言葉を停止させた。
空気が重い。重すぎる。
どうにかこの話を終わらせなければと思って、由雨は情報量の多さにパンクしかけの頭の中でぐるぐると思考を巡らせる。
「さて、身分登録もしなきゃな」
「ええ。起動パスコードは……〝n03r-5711〟。名前は……っと」
記録魔道具……見た感じはUSBメモリなのだが、トールはテーブルに置かれたパソコンのような箱型のモニター、曰く、自動計算魔道具まで来ては椅子に座り、その接続部に記録魔道具を繋げ、キーボードにて中身をモニターに映した。
名前
年齢
性別
出身地
家族
所有〝星〟(正式名称)
……という必須入力欄が書かれている、らしい。
由雨は言葉が何故か通じると言うのに、文字の理解が全然なので、トールが読み上げ教えてくれたものだ。
「ユウ。この場合、ファミリーネームは変えた方がいい」
「滝、か?何で?目立つからか?」
「そう。だから……まあ、〝ユウ・ヒュッテルイン〟って打っとくから今度からそう名乗りなさい。年齢は……その外見なら十一ってしとくか……で、性別は男。出身はあたしと同じにした方が信憑性あるから〝アルターナ〟の〝イニツィオ〟……っと。家族構成は義理の姉が一人、としてあたしの個人情報も打っておいて……」
「さらっと見ただけ年齢にしたよな!?」
色々手続きをしてくれているのは助かるが、相談もなく勝手に決めるのはやめて欲しい。
そして最後に所有〝星〟の欄でトールのタイピングの指がピタリと動かなくなった。
どうやらかなり悩んでいるかのように眉を潜めている様子が伺えたので由雨は不思議そうにトールの顔を覗き込んだ。
「あんたの〝星〟は異世界から持ってきた二機。どうやらこの世界に転移してきて、〝星〟もこの世界と同じ〝星〟の仕様になったようね」
〝星〟の型にはそれぞれ種類が存在する。
猫や犬など、動物をモチーフとした形をして、主にパワーやスピード重視のAIや装甲を保有する〝動物〟型。
丸いボールや四角いキューブなど、足や浮遊能力をつけないとただの鉄の塊だが特殊な〝BOC〟をも使える〝無機物〟型。
基本はこの二種類が多いという。
対して、
本物の人の様に高度なAIを搭載できるオールラウンダーの〝人〟型。
空中戦も地上戦もこなし、高い物理攻撃と装甲を誇る〝竜〟型。
A+Bのように違う型同士を組み合わせた〝異種族型〟。
この三種は、非常に生産が難しい。
要するにレア物という事だ。
「動物型〝星〟は〝AL-002734〟。そして竜型〝星〟は〝IX-00〟。まあ前者はどうでもいいけど後者がね……」
「さらっと弟にあげる為の誕プレを馬鹿にされた感が否めない」
「そういう意味じゃないわよ。竜型なんてレアな類は身分登録には記入しなきゃいけないけど、実際に使うとかなり目立つってだけ」
「だったらこの動物型で何とかすりゃいいだけじゃん?弟に鍛えられたこのゲームの腕前なら何とかできるし何とかする!」
「あんたの弟は何者なのよ……まあいいわ。じゃあ普通に入力して……登録、っと。これで送信データが国や管理局に行くわ」
弟はかなり凄腕のゲーマーだ。
特に半年前なんかはとあるゲームで世界大会にまで出た程でその操作テクニックは由雨を遙かに上回る。
そういえば弟、伊瑠は六歳の誕生日に行方不明となり、七歳の誕生日に近所の公園にて発見された。その時から伊瑠のゲーマーとしての腕に更なる磨きがかかったような気がする。
などと今はあまり関係のない弟の事を考えていた所で椅子に座っていたトールが立ち上がっていたのに気づく。
「これで貴方はその姿…〝ユウ・ヒュッテルイン〟としてこの国の、この町の住民よ。ようこそ。科学と魔法のはじまりの土地の国〝アルターナ〟の科学繁栄の街〝イニツィオ〟へ」
伸ばされた手を、掴んだ。
長い長い戦いの、はじまりだった。