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第5話・ヒロインに秘密があるのはお約束。

「そういえばこの世界には国籍や戸籍とか、自分の身分を証明するもんとかある……んですかね」


「勿論。この世界では国が管理してる記録魔道具にその人物の個人情報を含めた書類をデータとして登録するの。国の特別情報管理局、星管理局に秒の速さで知らせが届く。もし紛失した場合、必要書類を提出して一致すれば記録魔道具に内蔵された自爆装置で中に入ってあるデータごと本体が破損される仕組みよ」


「え。じゃあ俺どうなんの」


「気にしなくても大丈夫な筈……あ」



溶けない氷のように冷たい顔つきが変化したのを由雨は見逃さなかった。

まるで一気に氷が炎に切り替わるが如くに豹変したトールに由雨は心配を覚えて、その視線の先、丁度由雨の真後ろに値する所をおそるおそると振り向く。


見覚えのある黒一色の日傘を勝手に家に入り込んで室内でもさしているのだけは文句をいいたい所だが、そこからひょっこり現れた、長い銀の髪とルビーの瞳には見覚えがあった。


彼女は、決していい雰囲気ではないこの空気で可愛らしさと裏腹に、謎を隠すような声でにっこり、と満遍なく笑みを浮かべる。


不覚にもかわいいだなんて口に出しかけてしまう程に。



「はい。これが記録魔道具です。私が渡した方が国が渡すより早いかと思って、許可取って来ちゃいました」


「世界遺産的ポジションがこんな所でぶらついていていいんですかねラネさん!?」



ラネ・ブランシュ。


彼女こそが滝由雨をこの世界に転移させた張本人である。

いいやそれよりも、と焦りを募らせてラネの両手を何かを願うようにと掴んだ。



「貴方の願いは分かっています。由雨さん。でも私は、私の願いの為に貴方をこの世界に転移させた。貴方が私の願いを叶えてくれるのであれば元の世界に帰すと約束しましょう」


「願い……?」


「……そう。私の願い。〝人〟としても〝(アステル)〟としても道を外してしまった私の、唯一の願い。それはきっと貴方が世界王者になった先にあるのだと……信じています」



暖かい。


初めに出会った時、彼女は確かに自らを〝(アステル)〟と名乗った。機械でできているであろう身体なのにこんなにも人肌のようにほんのりと暖かく、でも、手は思ったよりも硬い。


この世界の〝(アステル)〟の脳はAIと言うが、由雨の眼に映る彼女の感情が人工的なものとはとてもではないが思えずに、由雨の瞳は潤んだ。

彼女の、ラネの顔色は期待を、声色は虚無感を抱いている。嬉しさと悲しみ。両方の感情の相違が由雨の心に深く突き刺さった。


思わず棒立ち状態になっている由雨に、ラネは顔を近づける。



「似ています。髪の色も、瞳も、顔つきも。性格は……似てないみたいですけど」


「は……?」


「いえ。何でもありませんよ。それよりもトール。どうか由雨さんをお願いいたします」


「……ええ、あんた、早くさっさと戻った方がいいわ。〝(アステル)管理局〟が騒ぎ始めるだろうから」


「そう、そうですね。では由雨さん。トール。よろしくお願いしますね」




最後にそう言い残してラネは背を向けて去って行く。


由雨はーー腕を、手を伸ばした。


待ってくれ、と引き止めようとしたが、その手はトールによって抑えつけられて叶う事はない。



「ユウ。あたしにもラネにも〝秘密〟がある。でも今は言えない。けどいつか必ず、ユウには話す。だからその時を待っていなさい」


「……分かったよ」


「理解が早くて助かるわ。……今日はもう疲れたし、説明はまた明日。登録も明日やればいいでしょ。あんたの〝(アステル)〟はここに置いておきなさい。あたしがメンテナンスしておくから」


「そう、だな」





異世界転移 一日目。


由雨は疲れ切った心身をようやく休ませる事ができたが、その中で思う。


ラネとトールの関係。彼女達の秘密。


この世界の仕組み。〝(アステル)〟というもの。


何より元の世界に残してきてしまった家族の事。


由雨が見てきた小説やアニメでは、異世界転移ものでは異世界から帰還時には転移してきた時間と同じか、多少のズレがあるパターンが殆どをしめていた。


だがもし……時間がそのまま進んでいる状態なら、行方不明として大事件になってしまうのは確実だ。〝あの時〟みたいに。



「(母さん。父さん。じいちゃん、ばあちゃん。姉貴に、伊瑠(いる))」



家族は今、どうしているのだろうか。













「……兄ちゃん?」



真っ白の壁とよくあるフローリングの部屋は、家族が集まるリビングだが、重苦しい空気が充満していた。その中で(たき)伊瑠(いる)が二階の部屋から降りてくる。


部屋の重苦しかには小学二年の伊瑠も流石にそれに気づいて、原因を探るようにリビング中を見渡していると、ただ一人居ない。


兄、滝由雨だ。


現時刻は夜十八時を回っている。既に伊瑠の誕生日パーティの時間だと言うのに由雨の姿がないのはおかしいのだ。


母には「仕事早上がりできたとのメールがきた」、「プレゼント買えたから今から帰宅する」というメールまで届いている。そこそこ真面目な性格をしている由雨が弟の誕生日パーティ前に寄り道する訳もない。



「駄目ね……電話も繋がらない!」


「由雨はもう大人だから一日様子を見よう。ここれで帰ってこなかったら警察に行くしかないな」


「心配じゃのお……」



姉、父、祖父も顔色は良くない。


これでは誕生日パーティどころではないだろうと確信しまし伊瑠は無言で部屋に戻ろうとすると、母に呼び止められた。



「ごめんね伊瑠。ほら、伊瑠も五歳の時……一年くらいまで行方不明になったでしょ?お母さんも、由雨がそうなっちゃってるんじゃないかって……」


「だいじょぶだよ!ボク部屋戻ってる!」



大丈夫と無邪気を装って、伊瑠はリビングを後にして階段を駆け抜けていき、逃げるように部屋に戻ってはベッドに身を委ねて寝っ転がった。


滝 伊瑠なる人物は無邪気だ。


……というのが周囲からの印象である。

実際〝ある事件〟前はそうだったのだからそう思われても当然だ。


しかしその〝事件〟は伊瑠を大きく変えた。


伊瑠は普通に暮らしていた普通の小学生ではなくなってしまった、大きな出来事だった。一年ぶりに家に戻ったと思えば家族や警察に何度事情聴取を受けた事か。

上手くしらばっくれるのはもう疲れた、もう散々だ。お陰様で小学生とは思えないくらいの心の成長をしたが。


……などと思いながら、心身疲れた身体をどうにか起き上がらせて、伊瑠は勉強机の隣にあるおもちゃ箱に足を運ぶ。ほかのおもちゃで埋めて、家族に見つからないようにとしている、一番底に閉まっている銀の箱。

手に取ると、蘇る記憶は、伊瑠の眼を潤わせた。



銀の箱をゆっくりと開ける。


これを開けるのは、一年ぶりだ。




「もし本当にそうなのなら……兄ちゃんを助けてあげてよ」





伊瑠は分かっている。


こちらの世界と〝あちら側の世界〟の時間の流れを比べた場合、あまり差は変わらない。



だが兄には仕事がある。

家族は勿論、友人もいる。


〝一年間行方不明になった可哀想な子〟として一時期ネットや新聞で顔を晒され、報道陣に追いかけられた事から、今も学校ではたまにそれについて興味本位で聞かれる自分とは違う。



伊瑠は銀の箱の中身を見ながら、強く、願うように呟く。








「〝ラネ〟……!」





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