第3話・マジな異世界。
「マジだ……マジな異世界だ……」
見渡す限り広がる草原と雲一つない快晴の空。太陽の光眩しく目を覚ました由雨は初めにこれが夢ではないか確認するかのように自らの頬を手でつねった。
痛みを感じる。どうやら現実のようだ。
服装はそのまま、所持品は黒の鞄とおもちゃ屋で買ったアステル二つが入ったビニール袋。これでどうしろというのだと由雨は頭を抱え始めた。
……そういえば、異世界転移したらトールと言う名の女の子を探せなどとあの銀髪に言われた気がする。
ようやくそれを思い出せた由雨だったが、現在地すら分からなければ人探しなどまず始まらない。むしゃくしゃと右手で頭の後頭部をかいて改めて空の色を確認。
綺麗な水色。太陽も堂々と地上を照らしている。
間違えでなければお昼過ぎ前後であろう気温に、スーツ姿は少しだけ暑い。
とりあえず適当に歩いてみるかと呑気に後ろを振り返ったその時、由雨は見覚えのある顔つきを持つ少女の姿見て五度見した。
「ラネ!?えっいや、ちょっとこれどういう事なんだ!?真面目に異世界転移な訳!?これからどうしろと!?」
〝ラネ〟を見つけて焦りと動揺と少しばかりのワクワクを内に秘めてから勢いよく駆け寄っり彼女の両肩を思いっきり掴もうとした所で、サファイアのように青く綺麗な瞳が由雨を鋭く捉えた。
「気安く触るな変態」
可愛らしい外見をもちながら発する言葉のギャップを耳にして、由雨は身体ごと凍るように停止した。
そこで気づく。
この少女は確かに銀髪で、顔つきも銀髪の艶やかさもラネそっくりではあるものの瞳の色が違う。それに口調も服装も違う。おまけに傘も持ってないし髪型もショートヘアだ。でもかわいい。見た目はかわいかった。
「あたしは〝トール〟。〝トール・ヒュッテルイン〟。……で、あんたもしかしてラネが選んだ適任者?」
「トール……ってラネが言ってた……ってそれよりも、は?あ?え……て、適任?とは。後そういえばあの子……ラネって何者なんだ?」
「よし、んじゃまずは街に戻るわよ」
「おい!!話逸らしやがったな!?」
知らん顔で話を逸らすトールに対して怒気を込めて怒ってみたものの、言われた当の本人は全く気にしない様子で歩み始めた。
現状彼女についていくしかこの先希望はないと思いどうにかか後を追うがトールが振り返ることはない。草原と少しの森を抜けた光の先は由雨の予想していた〝ファンタジー〟の世界観を凌駕させた。
まるで中にあるものを守らんとする、高い高い鋼の壁。同じ材質でできているであろう門に近づいて、ようやく門に二人の男らがいるのに気がつく。門番であろうか。トールが一言何かをその門番に告げると、その門は鈍い音を立てながらゆっくりと開かれた。
何事もなくその門の中に入っていこうと再び歩み出したトールに遅れをとるまいと由雨も小走りでその中に入ると、街の光景に思わず眼を凝らした。
よくある西洋ファンタジーらしさもある。
馬車が行き交い、食材市場も賑わって並ぶ。建物も木材でできてそうな家が多そうだ、が、何かが違う。由雨がそう感じたのはこの食材市場を通り過ぎた先からだった。
「おい。ちょっとここら辺臭わないか」
「ああ……この通りは丁度〝星〟の売り場や機械技術に秀でた職人達の住まいが殆どを占めているから、多分鉄やら鋼やら火やらの臭いじゃない?」
当たり前だろと言わんばかりに由雨と周りに目もくれずに歩むトールを見て、まるで氷のように冷たくて毒のように嫌な言葉をよく吐く奴だと心の底からトールに怒りを覚えたのも束の間、ようやく当の本人が足を止めた。
ある一軒家に到着。現実世界でもありそうな二階建ての家だ。
扉の前でトールがカチャカチャと音を立て試行錯誤している様子が気になったので由雨はトールの後ろからその隣まで来てトールの手元に眼を置く。
左手にドアノブ。右手に独特に曲がった針金。
そしてトールの視線が鍵穴に向いている様子からまさかと思い気がつけば反射でトールの右手首を思いっきり掴み上げていた。
「いやお前何してんの!?」
「何って、扉開けようとしてる。空き家を借りたのはいいけど鍵無くした」
「だったら業者に頼めよ!!それじゃあおま、あれだ、アニメでよく見る空き巣に見えんだろ疑われるだろ!!」
「あにめ……?分からないけどそうに見えるなら違う方法で開けるしかないわね」
針金を地面に捨ててから、トールは由雨の手を振り払った。
由雨がほっとしたのも束の間、トールは何故か後ろに引いていった。今度は何をするのかと内心ビクビクと震えている由雨だったがそれはトールが助走をつけてからのライダーキックを思わせる飛び蹴りにより震えは更に大きくなった。
というより、壊れた扉はどうするのだろうか。
「さ、入るわよ」と当の壊した本人に入室を促され、由雨は扉に哀れみの気持ちを込めて心の中で謝罪しておいて家の中に入った。
すぐ目の前によくあるテーブルと椅子数脚が置かれ、トールは椅子に座っては両肘をつくとまるで何かを所望するような眼を由雨に向ける。
「喉乾いた。そこら辺に飲み物とカップがあるだろうから注いで。カップは一応一回水ですすいで。飲み物にはアイス以外なら拘らないから早くしなさいよ」
「何から何まで我儘だな!?まあ俺も喉乾きましたけど!」
上着を椅子の背もたれにかけておいてから、キッチンに立つ。白のカップ二つを軽く水ですすいで、どんな飲み物があるかを確認。パッケージの文字が読めなかったので中身の粉を直に確認していくうちに紅茶、ココア、コーヒーと判明したのでアイスココアとアイスコーヒーを作ってはそれを両手に持ちテーブルへと戻った。どちらがいいかと聞くと「アイスココア」と即答された為アイスココアをトールに差し出してようやく由雨も椅子に着席する。
「聞きたい事がありすぎるんだが……特に俺のいた世界とこの世界とでアステルというものが違う気もするし、他にも……」
「この世界の事は今はどうでもいいわ。明日から通って貰うからそこで教えて貰えば」
「は?何?この世界にも大学とか専門学校あんの」
「あるわ。でも貴方がこれから通うのはとある〝指揮者育成塾〟の短期コース。おおよそ三ヶ月ちょいね」
聞いてない。
ラネ、あんたマジで何で教えてくれねーの。
あんたのいい所は見た目だけですか?
……などと由雨は少しだけラネに怒りを覚えたが今は目の前のトールの話を聞くしかない。
「ああそう、そういえば確かラネが言っていたのは…〝向こうの世界で魔符転写具を使って適任者には自分の過去の姿に変身できる魔法を与える〟って言ってたわね」
「自分の過去の姿に変身!?どんな黒歴史させる気だよ!!っていうか問題は俺を異世界転移させた理由と帰り方!!」
「転移理由は聞いてないわ。それを聞きたいならラネに会わないと……帰り方なら知ってるけどね」
他人事のようにゆっくりアイスココアを啜るトールのその口から、帰り方という単語が出た瞬間、由雨は分かりやすく顔色を変える。
魔符転写具などというものは分からないが、今はそれよりも元の世界への帰り方を知る方法が知りたい気持ちが上回っていた。
勿論それを理解していないトールではない。
コトン、とゆっくりカップをテーブルに置いて、小さく息を吐いた。
「この世界において、異世界転移なんてもの持ってるのはラネだけなの。だからこの世界でラネに会う事が最優先事項だけど、易々と会えないわ。ラネは国宝中の国宝だしまあ……世界遺産みたいなものだから」
「あいつそんなにすげーのか……」
改めてラネ・ブランシュなる人物がこの世界においてどれだけ凄いか驚愕させられた由雨だったがトールは呆けている由雨に目をくれずに語る。
ラネに会う方法は基本二つ。
一つ、貴族又は王族若しくはそれに近しい身分の者。
二つ、年に二回行われる王宮舞踏会に参加する事。
しかしどちらも高い身分が問われるので異世界人である由雨にはとてもではないが叶うはずもない。
「なんだよ、結局ラネに会えな……」
「最後まで話を聞きなさいよ変態」
「いつまでも変態引きずるのやめてくんないかな!?」
「唯一無二、平民からでも高い位の地位に立つ事ができる方法は養子の他に……〝星〟。
〝星〟のジュニアクラスとマスタークラスの両方で世界王者になった者はどんな地位に立つ事も許される。この世界において〝星〟でのバトルの勝敗が全てを決めるのよ」
「(なんだこのホビアニ的展開。ゴールデンタイムかな??)」という心の中のツッコミを言葉にして発したかったがトールの目つきは今までになく本気を感じ取れたので一先ず騒ぐことはやめておいた。
「無事元の世界に戻りたかったら、十五歳以下限定のジュニアと年齢制限なしのマスターの両方の世界大会に出て優勝してくださいね」
トールはにっこり、と明らかに作っているとしか思えない媚びるような笑みで顔こそ可愛い。
それでも言っている事が次元を飛び越えていて黙っていた由雨はついに声を大きく上げた。
もう一人のヒロイン、トール登場!()
ヒロインはラネとトールの二人です。
ただ、どういう系のヒロインかはまだ伏せますが……。
ネタバレと伏線の宝庫である彼女達が今後どう動いていくのか、主人公である由雨がどうなるのか楽しんで見ていただけたら幸いです。