「わしじゃよ」と言って研究所を破壊した《老博士》,裏切った仲間達に天誅を下す
老博士,エドワード・バルテルスは穏健な人物である。
知名度はあまりなく,少し偏屈なところもあるが,無暗に誰かを傷つける性格ではない。
「馬鹿な……!? 一体誰がこんなことを……!」
「わしじゃよ」
だが燃え盛る研究室の中,彼はそう返答した。
炎を背にしながら,駆け付けた研究員と相対する。
辺りにはあらゆる器材や実験道具の残骸が,散らばっている。
全て,彼が行ったことだ。
その姿を見た研究員たちは驚きの声を上げる。
「あり得ない! 何故,お前が生きている!? エドワード・バルテルスッ!」
彼らの声に,老博士はニヤリと笑うだけだった。
一体何故こんなことになったのか。
そもそもの原因は,数日前に遡る。
それはエドワードの,エドワード達の人生を大きく変える出来事だった。
●
「エドワード,君を研究所から除名する」
「何じゃと……!?」
今まで長い付き合いだった,研究主任の男がそう言った。
主任の言葉は残念そう,というよりは清々したと思えるものだった。
様々な文献が散乱するエドワードの個室で,思わず彼は息を荒げた。
「どういう事じゃ!?」
「既に分かっている筈。貴方はタブーを侵した。研究資料の持ち出し,そして売買。研究所に属した時,機密情報の持ち出しは禁じられていると説明しただろう。反すれば,我々のメンバーから除名すると」
「馬鹿な! 儂はそんなことなどしておらん! つまらん言い掛かりは寄せ!」
「言い掛かりではない。数日前,君が都市部へ研究資料を持ち出している目撃情報が上がっている。そちらこそ,つまらない抵抗は止めた方が良い」
エドワードは愕然とする。
無論,彼は無実である。
都市部に出掛けたのも,私用で赴いただけで資料など持ち出していない。
たがその都市部で,彼が資料を持って歩く姿が目撃されているという。
主任らの言い分は,機密情報の売買。
周りの研究者達も,束になって責任を擦り付けた。
「証拠があるなど,あり得ん……」
「残念ですよ,博士。貴方ほどの人が,こんなことをするなんて」
「……儂を,嵌めたな?」
「何の話かな?」
「一体,何が目的なんじゃ……! まさか,やはりアリアを……!」
思わず彼は主任に掴み掛った。
「アリアを兵器にするという話は,本当だったんじゃな!?」
「……何処でそれを」
「始めから,あの子が狙いか……!」
「勘違いしてもらっては困る。チームの本質は変わらない。彼女の研究はこれまで通り続ける」
「儂に隠し続けていたことを,これまで通り続けるという意味じゃろうが……!」
エドワードは両手に力を込める。
彼は孫娘のアリアから,忌まわしいスキルを取り除くことを生涯の目標としていた。
そのスキルとは,万物を抹消する崩壊の力。
あまりに危険すぎるため,身柄を拘束されてしまう程のものだった。
若くして亡くなったアリアの両親に代わって,祖父であるエドワードが,彼女を救う手立てを探り続けていた。
だがスキルとは人と切っても切り離せない密接な関係にある。
いかに博士と呼ばれたエドワードでも,簡単に術を見つけることは出来なかった。
そんな時に現れたのが,主任率いる研究所チームである。
沢山の資金と様々な資料が潤沢にある我々ならば,きっと彼女を救い出すことが出来る。
そう言われた彼は誘いに乗り,アリアと共に研究所の配属となった。
確かに研究所の資源は凄まじかった。
何処の国にもなかった近未来的設備が整っており,殆どの者が関心を見せなかったエドワードの発明に理解を示した。
結果的に,付け焼刃でも彼女の力を一時的に封じる発明を生み出せた。
しかし,エドワードは気付く。
彼ら研究所の本来の目的は,アリアを兵器に変えた末の国盗りだったことを。
そして用済みとなったエドワードは,切り捨てられることを。
「安心しなさい。アリア・バルテルスは我々が丁重にもてなす。悪いようにはしない」
「貴様……!」
「貴方は用済みなんですよ,博士。いや,エドワード・バルテルス」
主任はそう言ってほくそ笑む。
いかに発明家であるエドワードであっても,既に老体。
抵抗できる筈もない。
振り払われた手を震わすことしか出来なかった。
主任が立ち去り,残されたエドワードは混乱する思考を整理する。
除名と宣告された以上,数日後には研究から強制退去を喰らうだろう。
それまでに汚名を返上しなければならない。
エドワードは主任以外のチームメンバー達も問い詰めた。
機密情報の持ち出しなどしていないと。
しかし,彼らも主任と同じ反応で,邪険に扱うだけだった。
元々研究所ぐるみの作戦だったのだ。
彼の言葉を聞き入れる仲間はいない。
重い咳を繰り返しながら,エドワードは自室で頭を抱える。
「ゴホッ,ゴホッ,ゴホッ! こんな,こんな無法が許されるものか……!」
期日が来れば,アリアは手の届かない場所に行ってしまう。
大切な孫娘を,救うことが出来なくなってしまう。
「アリアを連れて逃げるべきか……。しかし,儂にはもう時間が……」
「お爺ちゃん?」
不意に幼い少女の声が聞こえる。
思考に集中していたため気付かなかったのか。
実の孫であるアリアが,長い黒髪を揺らして扉を開けていた。
「アリア……」
「お爺ちゃん,どうしたの? 具合悪いの?」
「なに,少し咽ただけじゃ。アリアこそ,今日は検診の日じゃなかったか?」
「今日はね~。すごく早く終わったから,お外で遊んでいいんだって~!」
病服を着るアリアは,柔らかい声で喜ぶ。
同時にチャリンと,彼女が身に付けている首飾りが,小さく音を立てた。
アレはアリアのスキルを一時的に封じる,エドワードが開発した装飾品だ。
言わば生命線とも呼べるものである。
そんな中でも,アリアが純粋さを失わなかったのは,大切な家族が傍にいたからだろう。
必ずスキルを治してみせる。
言い切った祖父を,無意識の内に信じていたのだ。
エドワードに駆け寄った彼女は,にっこりと笑いながら手を引く。
その手は小さかったが,確かに温かった。
「ねぇねぇ~! お爺ちゃんも遊ぼうよ~!」
「……そうじゃな。少し位なら,大丈夫じゃろう」
「やったぁ~! ねぇ,Pちゃん! お爺ちゃんも遊ぶって~!」
アリアがそう言うと,部屋に入ってくる新たな影が現れる。
少し大きな足音を立ててやってきたのは,人ではない。
短い四肢を生やし,銀色の金属で構成された,ずんぐりむっくりロボット。
Pちゃんとは,アリアの世話係を任せているロボット,PICOの略称である。
エドワードが最近生み出した,彼にしか作れない発明品の一つ。
スキルに頼ることなく動き,自立した人格を持つ。
機械が浸透していないこの世界では,目を疑うような代物だ。
PICOは製造者であるエドワードを見つめ,瞳から光を放った。
『博士,宜しいのですカ?』
「構わんよ。いつもお主に任せきりじゃからな。気分転換にも良かろうて」
軽く息を吐きながら,彼は肩の力を抜く。
目に映るのは自分が造ったロボットと,喜ぶ孫娘の姿だった。
「自分の発明品に心配されるとはのう……」
アリアには,除名のことを知らせるつもりはない。
彼女に余計な心配を掛けさせたくはなかった。
だからこそ,エドワードはアリアと共に遊ぶことにした。
「遊ぶ~遊ぶ~。今日は~なにをして~遊ぼっかな~」
場所は変わって,研究所の中央にある小さな芝生広場。
アリアは持って来た遊び道具の中から,目ぼしいものを探している。
かなりご機嫌なようだ。
その間,エドワードはPICOに今まで起きた事を打ち明けた。
『除名ですカ!?』
「うむ。彼奴らめ,やはり目的はアリアの力じゃった。お守の儂らは不要らしい」
『では,アリア様ハ……』
「このまま研究所で預かるらしいのう」
『博士,逃げましょウ! アリア様が危険でス! 何をされるカ……!』
「分かっておる……分かっておるが……」
エドワードは右手で自分の胸を抑えた。
「儂に,遠くへ逃げるだけの体力はない。仮に逃げ切れたとしても,追手は必ずやって来るじゃろう」
『……』
「じゃが,アリアをこのまま研究所に置いておく気は毛頭ない。残された時間は少ないが,手段は儂で考える。お主はいつも通り,アリアと接してやってくれ」
『……畏まりましタ』
PICOは,何か言いたそうだったが,製造者である彼に従うしかなかった。
するとアリアが彼らの元に駆け寄り,持っていた大きなスポンジボールを掲げる。
「お爺ちゃ~ん! Pちゃ~ん! 今日は,これで遊ぼ~!」
無垢な笑顔で語り掛ける。
アリアはボール遊びをすることに決めたようだ。
柔らかいボールを天高く投げ,それを受け止める単純な遊び。
エドワードとPICOは,彼女の願いを叶えることにした。
「えへへ~。Pちゃん,へたっぴ~」
『ボールを取るのは,難しいですネ』
「何回もやれば,取れるようになるよ~。頑張って~頑張って~」
毎回ボールを落とすPICOを,アリアは元気よく励ましている。
その光景を見ていると,彼女はただの幼い少女だった。
何故,神はこうも残酷なのか。
そう思うエドワードの元に,ボールがコロコロと転がってくる。
「お爺ちゃ~ん。早く早く~」
軋む身体を動かし,エドワードは笑みを浮かべてボールを取った。
何事もないように,それを投げ上げる。
そのボールは天に高く上り,真っ逆さまに落ちていった。
少し時間が経ち,ボール遊びが終わって,アリアは元の病室に戻ることになる。
彼女に与えられた自由時間は少ない。
監視のため,殆どが病室という名の監禁室に縛られている。
祖父であるエドワードに会える時間も,その合間だけだ。
病室に辿り着いた直後,アリアは彼の袖を掴んだ。
「ねぇ,お爺ちゃん……」
「どうした,アリア?」
「お爺ちゃんは,何処にも行ったりしないよね? お父さんやお母さんみたいに,いなくなったりしないよね?」
子供ながら,僅かな変化を感じ取ったのかもしれない。
誰も何も言えなかった。
アリアの手に少しだけ力が込められた。
「苦いお薬も,お注射も我慢するから……我慢できるから……だから……」
「分かっておる。心配せずともよい」
エドワードはしゃがみ込んで,しっかりと彼女の手を握った。
「儂はアリアの傍を離れたりせん。これからも,ずっと一緒じゃ」
この子だけは,何としてでも守らなければならない。
残された最後の家族のためにも,彼は固く決心する。
その日の深夜,自室で頭を悩ませていたエドワードは,通路から聞こえる微かな話し声を耳にする。
冷静かつ冷酷にも聞こえるそれは,研究者達の会話だった。
「それで,例の計画は?」
「問題ない。後は,あの娘からスキルを引き摺り出して,兵器へ定着させる。そうすれば,我々の第一目標は達成する」
「彼女の処理は?」
「スキルを切り離した時点で死ぬだろうが,構いはしない。どの道,真っ当には生きられん。それよりも,あの娘に付いている妙なロボット,だったか。アレを破壊する算段を付けておけ。アレはエドワードの発明品。必ず抵抗する」
既に計画は知らぬ内に進行している。
老体のエドワードには,何も出来ないと高を括っているらしい。
彼が研究所から追放されるよりも先に,アリアに手を出すかもしれない。
「ゴホッ,ゴホッ……! 手段を選んではいられんか……」
時間は残されていない。
エドワードは覚悟を決めることにした。
そして呼び出したPICOに,これから起こす行動を打ち明ける。
鋼鉄の塊かつ表情のないPICOだが,流石に驚きを隠せないようだった。
『まさカ……本当にそのようなことヲ……!?』
「あぁ。当然,お主にも協力してもらうぞ」
『し……しかシ……!』
「何を躊躇する? 儂が何故お主を生み出したのか,もう一度思い出すのじゃ」
エドワードの目は真剣だった。
人工的とはいえ自我を持つPICOは,彼の覚悟を知りうなだれた。
『……分かリ……ましタ……』
「よかろう。では,始めようぞ」
一人と一体は,その日から自室に閉じこもるようになった。
何をしているのかは分からない。
殆ど食事を取らず,怪しげな物音ばかりが聞こえるようになる。
「一体,自室に閉じこもって何をしているんだ……?」
「フン。あんな老い耄れ,たった数日で何も出来はしないさ。放っておけ」
他の研究者たちは当然気掛かりだったが,連中には何も出来ない。
あと数日で消えるのなら,放っておいても問題はない。
そんな慢心が,彼らを油断させた。
●
その結果がこれである。
「貴様は一体,何者なんだ!?」
アリアの力を抽出する予定だった実験室。
それらは既に燃え盛る炎の中で,瓦礫の一つと化している。
集まった研究者達が元凶である老博士を見上げ,彼の名を問う。
「何を今更。わしの名はエドワード・バルテルスじゃ」
「嘘をつくなッ! そんな,そんな筈がないッ!!」
エドワードは確かに名乗ったが,研究者達は頑なに否定した。
彼がこの場にいることを,認められないようだった。
次の瞬間,研究所の兵士が次々とやって来る。
一室を破壊した犯罪者を処分しに来たのだ。
「構えッ!!」
兵士達は一斉に手を前方に向け,己のスキルを解き放った。
元々強大な力を研究する場であることから,彼らの実力もかなりのものだった。
氷柱状に生み出された水や氷の塊が,矢のように射出される。
老体が受ければ一溜まりもない攻撃の数々。
それらを前に,エドワードは右手を持ち上げた。
同時に掌が微かに発光したかと思った瞬間,迫っていた攻撃が全て空中で静止した。
「わしの右手は,引力と斥力を操る」
「何ッ!?」
皆が驚く中,エドワードの右手が僅かに動く。
直後何らかの力が働いて,止まっていた氷解たちが全て逆方向,つまり兵士達の方へと跳ね返された。
呆気に取られた殆どの者達が,いとも簡単に吹き飛ばされていく。
「な,何が起きたんだ!?」
「奴のスキルか!? こんな力があるなんて……ッ!」
氷の破片を浴びながら,研究者達は驚きの声を上げる。
元々は,エドワードに戦闘用スキルはない筈だった。
あれだけの攻撃を,抵抗どころか跳ね返すなど有り得ない。
困惑する場で,背後に回り込んだ隊の一剣士が,剣を振り上げて彼に襲い掛かる。
「喰らえッ!」
風を斬る素早い斬撃に,エドワードは振り返りながら右手を降ろし,左手を持ち上げた。
瞬間,左の掌から波動のようなものが放たれ,剣士の周囲を侵食する。
すると剣士の身体は,まるでスローモーションのようにゆっくりとなる。
「わしの左手は,時を遅延する」
「お,俺の動きが……遅くなって……!?」
剣を振り上げたまま無防備となった剣士に,エドワードは回し蹴りを喰らわせる。
蹴りを受けた直後は未だゆっくりだったが,数秒経つと遅延が元に戻り,その身体は衝撃と共に後方へ弾き飛ばされた。
「ぐわあああああッッ!?」
屈強な剣士だというのに,全く歯が立たない。
一歩も動かないまま全てを一蹴した老博士は,異様な空気を放ち続ける。
恐れすら抱いた研究者達は,破れかぶれになって叫んだ。
「あり得ない! スキルを複数持つなんて,聞いたことがない!」
「クソッ! 全員でかかれ! たがたが老い耄れ一人! 折角のサンプルを渡すんじゃないぞッ!」
残されていた兵士達が一斉に飛び掛かる。
しかし,エドワードは一切動じなかった。
右手の斥力が兵士の半数以上を弾き飛ばし,左手の遅延が残りの動きを止め,そのまま足蹴りで払われる。
どれだけのスキルで向かおうと,一撃を与えることすら出来ない。
そんな中,巨大な斧を持つ一人の男が,幸運にも猛撃を潜り抜けエドワードに迫る。
彼は男の接近に気付き右手を上げたが,それよりも先に,横薙ぎに払われた斧がその胴体に直撃した。
金属がぶつかるような,鈍い音が聞こえる。
「へへっ! ざまぁ,見やがれクソジジイ!」
思わず罵倒する男だったが,直ぐに異変に気付く。
持っていた斧が全く動かない。
斧は確かにエドワードの身体に直撃した。
だがそれは,彼の肩で止まっていた。
まるで非常に硬い金属に当たったように,突き刺さらない。
その後,エドワードは何事もないように,右手で斧を握りしめる。
老体では有り得ない程の力が,斧ごと男を持ち上げた。
男の嘲笑は,一瞬にして恐怖へと変わる。
「刃が……通らない……!?」
「お,お前は一体……一体,何なんだあああッ!?」
エドワードは答えない。
そのまま腕を振るい,男を投げ飛ばした。
壁に激突,突き破りながら,それらは大きな土煙を上げる。
「ヒイイイイッッ!!」
最早,彼に立ち向かえる者はいない。
駆け付けた兵士達は全て倒された。
燃え続ける周囲の炎が,バチバチと音を立て続ける。
唯一残された主任,エドワードに除名処分を下した男は,声を震わせた。
「そうか……やっと,分かったぞ……」
正体に気付いたように,主任はエドワードを指差した。
その指は凍えるように震えている。
「やはり,お前はエドワード・バルテルスではない! 生きている筈がない! 何故なら……!」
呑み込みかけた言葉を,一気に吐き出す。
「既に奴は死病だったからだ!」
「……」
「奴の事は昨日調べたさ! 余命数日! 都市部に赴いた病院で,そう宣告されたことを我々は知った! 最早あの男に,娘と共に逃げ出す体力などなかった! そして12時間前,エドワード・バルテルスは遺体で発見された!」
「……」
「自室のベッドの上で眠るように死んでいた! 我々が確認したのだから間違いない! ならば,貴様は……貴様はッ……!」
遂に言葉を失う主任。
その先にある真実を,認められないのか。
代わりに,そこにいた『エドワード』がゆっくりと口を開いた。
「わし……いや,わたしは……」
その声は確かに彼のもので。
その姿は確かに彼のもので。
「博士との約束を守る。それだけです」
その言葉は,確かに彼のものではなかった。
●
「ゴホッゴホッ……!!」
『博士ッ!』
「構うな……死病じゃ……」
12時間前,エドワードの自室。
ベッドに横たわるエドワードは,慌てるPICOを手で制す。
彼には最早,何かを掴むだけの余力もない。
それでも微かに笑いながら,PICOを見上げる。
そこには自分と全く同じ姿があった。
「どうじゃ? 儂そっくりの顔と身体になった気分は?」
『良好,です』
「良かった。少し朦朧としていたからの……心配だったんじゃ……。じゃが……これで完成じゃよ……」
PICOは作り変えられた。
エドワードと同じ顔,同じ言葉を扱う者として。
会話パターンだけでなく,あらゆる敵を打ち倒せる武装を施された。
ここ数日,彼が行ってきたことは,ただそれだけだった。
既にエドワードの寿命は,殆ど残されていなかった。
仮に逃げ出しても,余命という死神から逃げ切ることは出来ない。
どの道,死ぬ命。
それでも彼には,アリアという残された家族がいた。
「儂の持てる全てを,お主に書き込んだ」
『本当に……貴方のフリをしろと言うのですか……?』
「あの子はまだ幼い……。今は例の首飾りで何とか力を抑えておるが,儂が死んだと知れば……平静だった力が暴走する……」
アリアのスキルは,彼女の感情と共に増幅する。
怒りや悲しみは,その身を滅ぼすことに繋がる。
だからこそ,エドワードが死んだという事実を知られてはならない。
例え自分を偽り,死に際に孫娘の姿を見られなくても。
PICOは思わず彼に懇願する。
『せめて,最後にアリア様と……!』
「馬鹿を言うな……。この顔を見たら,次に会うお主とで不自然だと思うじゃろう……? 儂はもう……あの子には会えんよ……」
エドワードは,ボールで遊んだアリアとの光景を思い出す。
そこにあったのは,純粋な彼女の笑顔。
決して,決して失う訳にいかない。
前々から死病を知っていながら,未だ躊躇いを残すPICOに,やっとの思いで手を伸ばす。
「アリアは兵器ではない……普通の子供なんじゃ……。笑って……泣いて……そして生きていく……」
『博士……』
「儂は十分に生きた……。じゃが,あの子はまだ……満足な生き方すら知らん……」
PICOはその手を取る。
同じ皺みのある手だったが,エドワードには確かな体温があった。
「頼む……アリアを……」
『……お任せ下さい』
俯きながらPICOはそう言った。
己が造られた目的は,アリアを守るため。
例え主であるエドワードを失っても,その役目を,その使命を果たすのが存在理由。
今一度目を合わせ,確かな決意を言葉で示す。
『必ず,アリア様を御守りいたします! そしてあの忌まわしい力から,彼女を解放してみせましょう!』
「すまない……PICO……。生きてくれ……あの子と一緒に……ずっと……ずっ……と……」
『……博士?』
握っていたエドワードの手から力が抜けていく。
何度問い掛けても,再び彼が目覚めることはなかった。
PICOは主の両手を祈るように結び,その場から立ち上がる。
「約束は果たします……必ず……!」
その瞬間,唯一無二のロボットは,エドワード・バルテルスとなった。
●
「あれ……?」
深い森の中,アリアは眠りから目を覚ます。
確か病室で眠っていた筈なのに,周りにあるのは暗い木々ばかり。
そう言いたげな視線に,彼女を抱えていたエドワードが目を合わせた。
「気が付いたか」
「お爺ちゃん? ここ,病院の外?」
「その通りじゃ。よく気が付いたのう」
二人は夜の森を歩いていた。
周りには誰もいない。
許可を得た訳でもなく,無断の外出である。
研究所での規則を思い出したのか,彼女は不安そうに祖父の服を掴む。
「駄目だよ……。勝手に出て行ったら,お医者さんに怒られちゃうよ……」
「心配せずとも良い。アリアは退院したんじゃよ」
「退院?」
「あの病院は少々手荒じゃったからの。わしが辞めさせたんじゃ。もう,あの場所にいる必要はない」
連中は二人を騙していた。
もう,研究所に留まる理由は何処にもない。
そう言うと,アリアは躊躇いがちだった目を輝かせた。
「本当に……?」
「あぁ」
「本当に……お爺ちゃんと,一緒にいられるの……?」
「……勿論じゃ。もう,離れ離れでいることはないんじゃよ」
今更戻っても,あるのは瓦礫ばかり。
主の遺体も埋葬した。
もう,あそこで為すべきことは一つもない。
エドワードは悟られないように,柔らかい声で言い聞かせた。
「や,やったぁ~!」
するとアリアに笑顔が戻る。
それは遊んだり,祖父に会いに行くことを許可されたりする時に見せる表情だった。
服を掴んでいた彼女の手に,別に意味で力が込められる。
「苦いお薬も,痛いお注射も,しなくて良いんだよね~?」
「そうじゃのう。アレは効き目がなかったからのう」
アレらは所詮,アリアを兵器にする過程で行っていた実験の一つだ。
不要な痛みや苦みを感じることもない。
だが,暫くしてアリアは,何かを探すように辺りを見渡した。
「あれ? Pちゃんは?」
エドワードは一瞬だけ言葉に詰まる。
しかし,これも想定していたことだった。
彼は動揺を隠し,アリアに説明する。
「PICOには別の任務を任せておる。アリアの力を取り除くための調査じゃ。ハッキリとしたことが分かるまでは,別行動じゃな」
「そっか~……」
彼女は残念そうだったが,その言葉を信じ切ったようだ。
PICOにはまた会える。
そう思い込ませることに,エドワードは少しだけ違和感を抱いた。
それでも歩みは止めない。
暗い森を,ただ一直線に歩き続ける。
「これから,どこに行くの~?」
「そうじゃな。取りあえずは,PICOと同じように情報収集をしなければならん。一番手っ取り早いのは……冒険者か」
「冒険! 冒険できるの~!?」
「これこれ,はしゃぐものではないぞ。これも,アリアの病気を治すためのものなんじゃから」
主は最後に,手掛かりを残した。
世界に散らばる封魔の羅針盤。
所有者の力を吸収し,封じると言われる古のオーパーツ。
元々は魔王の力を封じていたとされる伝説上の存在だが,最近になってその一つが発掘されたと言うのだ。
つまりオーバーツは実在する。
それを見つけ出し,アリアの力を完全に取り除くことが出来れば,彼女は人としての生を歩める。
先ずはその情報収集のため,冒険者として活動するのが手早い近道となるだろう。
主が託した情報に感謝していると,アリアが不意に上空を指差す。
「あ! 流れ星!」
見上げると,木々の隙間から星が流れていく空が見えた。
一つだけではない。
幾つもの星達が空を横切っていく。
あまり見られない光景に,エドワードも思わず足を止める。
「お爺ちゃんも一緒にお願いしよ! 幸せになれますようにって!」
「……あぁ,そうじゃな」
機械である自分自身への願い事はない。
ただ,アリアが幸せになれるように。
エドワードは確かに願った。
●
「あの……ご用件は……?」
「冒険者登録をしたいのじゃが」
とある辺境の街。
冒険者らが集う集会所で,受付嬢はやや困惑していた。
辺境とは言え,冒険者を志願する者はそれなりにいる。
だが,白衣を着た老人がやって来ることは,今まで一度もなかったのだ。
受付嬢は,やたら強気な老爺に説明することにする。
「その,冒険者にも年齢制限がありまして……。ご高齢の方は,基本的に受け付けていないんですよ……」
「なんと……!」
割と常識なことを,老人は知らなかったと言わんばかりに驚く。
それに加え,彼の連れなのだろう。
やたら幼い少女が,物珍しそうに集会所の様々な場所を見渡していた。
「冒険~! 冒険~!」
それ程珍しくもない光景に,目を輝かせている。
一体,二人は何処からやって来たのか。
周りの冒険者達も視線を注ぐ中,老爺は諦めずに問う。
「何とかならんのか?」
「そうですね……。特例というものは,設けられていますが……」
「特例とな?」
「ご高齢の方であっても,条件を満たすことが出来れば,加入できる制度です。冒険者並みの力があったり,知識があったり,そういう条件ですね。ごく稀なケースですので,今まで適用できた方は殆どいませんが……」
「つまり,わしを試すということじゃな」
正直な所,老人を冒険者にしたとしても,体力的に足手纏いになる。
仮に加入できたとしても,数日足らずで辞めるのが関の山だ。
「いいじゃろう。その方針で始めてくれ」
しかし老人は全く臆さずに了承する。
そんな様子を見ていた一人の冒険者が,嘲笑しながら引き止める。
「止めとけ,止めとけ! 爺さん,冒険者っていうのは,アンタみたいなのが簡単に入れる所じゃないんだ! 後悔しても知らないぜ!?」
「後悔なぞせんわい。わしはとっくに覚悟を決めておる」
少し戸惑うアリアの頭を,わしわしと撫でながら彼は言った。
ここまで言うのなら,拒否しても退かないだろう。
受付嬢は彼を受験者として迎えることにした。
「では,先ずはお名前を」
名を問うと,老爺は自信ありげに名乗る。
「わしの名はエドワード。しがない技術者じゃ」
その後,突如現れた白衣の老人が,密かに囁かれるようになった。
奇妙な力を操り,あらゆる障害を取り除く異質な冒険者。
同時期に,封印された魔王の力に惑わされた者達が,国中を暴れ回る。
そこには必ず件の老人が目撃されたらしいが,真相は定かではない。




