表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「わしじゃよ」と言って研究所を破壊した《老博士》,裏切った仲間達に天誅を下す

作者: 立草岩央
掲載日:2018/12/02




老博士,エドワード・バルテルスは穏健な人物である。

知名度はあまりなく,少し偏屈なところもあるが,無暗に誰かを傷つける性格ではない。


「馬鹿な……!? 一体誰がこんなことを……!」

「わしじゃよ」


だが燃え盛る研究室の中,彼はそう返答した。

炎を背にしながら,駆け付けた研究員と相対する。

辺りにはあらゆる器材や実験道具の残骸が,散らばっている。

全て,彼が行ったことだ。

その姿を見た研究員たちは驚きの声を上げる。


「あり得ない! 何故,お前が生きている!? エドワード・バルテルスッ!」


彼らの声に,老博士はニヤリと笑うだけだった。

一体何故こんなことになったのか。

そもそもの原因は,数日前に遡る。

それはエドワードの,エドワード達の人生を大きく変える出来事だった。







「エドワード,君を研究所から除名する」

「何じゃと……!?」


今まで長い付き合いだった,研究主任の男がそう言った。

主任の言葉は残念そう,というよりは清々したと思えるものだった。

様々な文献が散乱するエドワードの個室で,思わず彼は息を荒げた。


「どういう事じゃ!?」

「既に分かっている筈。貴方はタブーを侵した。研究資料の持ち出し,そして売買。研究所に属した時,機密情報の持ち出しは禁じられていると説明しただろう。反すれば,我々のメンバーから除名すると」

「馬鹿な! 儂はそんなことなどしておらん! つまらん言い掛かりは寄せ!」

「言い掛かりではない。数日前,君が都市部へ研究資料を持ち出している目撃情報が上がっている。そちらこそ,つまらない抵抗は止めた方が良い」


エドワードは愕然とする。

無論,彼は無実である。

都市部に出掛けたのも,私用で赴いただけで資料など持ち出していない。

たがその都市部で,彼が資料を持って歩く姿が目撃されているという。

主任らの言い分は,機密情報の売買。

周りの研究者達も,束になって責任を擦り付けた。


「証拠があるなど,あり得ん……」

「残念ですよ,博士。貴方ほどの人が,こんなことをするなんて」

「……儂を,嵌めたな?」

「何の話かな?」

「一体,何が目的なんじゃ……! まさか,やはりアリアを……!」


思わず彼は主任に掴み掛った。


「アリアを兵器にするという話は,本当だったんじゃな!?」

「……何処でそれを」

「始めから,あの子が狙いか……!」

「勘違いしてもらっては困る。チームの本質は変わらない。彼女の研究はこれまで通り続ける」

「儂に隠し続けていたことを,これまで通り続けるという意味じゃろうが……!」


エドワードは両手に力を込める。

彼は孫娘のアリアから,忌まわしいスキルを取り除くことを生涯の目標としていた。

そのスキルとは,万物を抹消する崩壊の力。

あまりに危険すぎるため,身柄を拘束されてしまう程のものだった。

若くして亡くなったアリアの両親に代わって,祖父であるエドワードが,彼女を救う手立てを探り続けていた。

だがスキルとは人と切っても切り離せない密接な関係にある。

いかに博士と呼ばれたエドワードでも,簡単に術を見つけることは出来なかった。


そんな時に現れたのが,主任率いる研究所チームである。

沢山の資金と様々な資料が潤沢にある我々ならば,きっと彼女を救い出すことが出来る。

そう言われた彼は誘いに乗り,アリアと共に研究所の配属となった。

確かに研究所の資源は凄まじかった。

何処の国にもなかった近未来的設備が整っており,殆どの者が関心を見せなかったエドワードの発明に理解を示した。

結果的に,付け焼刃でも彼女の力を一時的に封じる発明を生み出せた。

しかし,エドワードは気付く。

彼ら研究所の本来の目的は,アリアを兵器に変えた末の国盗りだったことを。

そして用済みとなったエドワードは,切り捨てられることを。


「安心しなさい。アリア・バルテルスは我々が丁重にもてなす。悪いようにはしない」

「貴様……!」

「貴方は用済みなんですよ,博士。いや,エドワード・バルテルス」


主任はそう言ってほくそ笑む。

いかに発明家であるエドワードであっても,既に老体。

抵抗できる筈もない。

振り払われた手を震わすことしか出来なかった。


主任が立ち去り,残されたエドワードは混乱する思考を整理する。

除名と宣告された以上,数日後には研究から強制退去を喰らうだろう。

それまでに汚名を返上しなければならない。

エドワードは主任以外のチームメンバー達も問い詰めた。

機密情報の持ち出しなどしていないと。

しかし,彼らも主任と同じ反応で,邪険に扱うだけだった。

元々研究所ぐるみの作戦だったのだ。

彼の言葉を聞き入れる仲間はいない。

重い咳を繰り返しながら,エドワードは自室で頭を抱える。


「ゴホッ,ゴホッ,ゴホッ! こんな,こんな無法が許されるものか……!」


期日が来れば,アリアは手の届かない場所に行ってしまう。

大切な孫娘を,救うことが出来なくなってしまう。


「アリアを連れて逃げるべきか……。しかし,儂にはもう時間が……」

「お爺ちゃん?」


不意に幼い少女の声が聞こえる。

思考に集中していたため気付かなかったのか。

実の孫であるアリアが,長い黒髪を揺らして扉を開けていた。


「アリア……」

「お爺ちゃん,どうしたの? 具合悪いの?」

「なに,少しむせただけじゃ。アリアこそ,今日は検診の日じゃなかったか?」

「今日はね~。すごく早く終わったから,お外で遊んでいいんだって~!」


病服を着るアリアは,柔らかい声で喜ぶ。

同時にチャリンと,彼女が身に付けている首飾りが,小さく音を立てた。

アレはアリアのスキルを一時的に封じる,エドワードが開発した装飾品だ。

言わば生命線とも呼べるものである。


そんな中でも,アリアが純粋さを失わなかったのは,大切な家族が傍にいたからだろう。

必ずスキルを治してみせる。

言い切った祖父を,無意識の内に信じていたのだ。

エドワードに駆け寄った彼女は,にっこりと笑いながら手を引く。

その手は小さかったが,確かに温かった。


「ねぇねぇ~! お爺ちゃんも遊ぼうよ~!」

「……そうじゃな。少し位なら,大丈夫じゃろう」

「やったぁ~! ねぇ,Pちゃん! お爺ちゃんも遊ぶって~!」


アリアがそう言うと,部屋に入ってくる新たな影が現れる。

少し大きな足音を立ててやってきたのは,人ではない。

短い四肢を生やし,銀色の金属で構成された,ずんぐりむっくりロボット。

Pちゃんとは,アリアの世話係を任せているロボット,PICOピコの略称である。

エドワードが最近生み出した,彼にしか作れない発明品の一つ。

スキルに頼ることなく動き,自立した人格を持つ。

機械が浸透していないこの世界では,目を疑うような代物だ。

PICOは製造者であるエドワードを見つめ,瞳から光を放った。


『博士,宜しいのですカ?』

「構わんよ。いつもお主に任せきりじゃからな。気分転換にも良かろうて」


軽く息を吐きながら,彼は肩の力を抜く。

目に映るのは自分が造ったロボットと,喜ぶ孫娘の姿だった。


「自分の発明品に心配されるとはのう……」


アリアには,除名のことを知らせるつもりはない。

彼女に余計な心配を掛けさせたくはなかった。

だからこそ,エドワードはアリアと共に遊ぶことにした。


「遊ぶ~遊ぶ~。今日は~なにをして~遊ぼっかな~」


場所は変わって,研究所の中央にある小さな芝生広場。

アリアは持って来た遊び道具の中から,目ぼしいものを探している。

かなりご機嫌なようだ。

その間,エドワードはPICOに今まで起きた事を打ち明けた。


『除名ですカ!?』

「うむ。彼奴きゃつらめ,やはり目的はアリアの力じゃった。お守の儂らは不要らしい」

『では,アリア様ハ……』

「このまま研究所で預かるらしいのう」

『博士,逃げましょウ! アリア様が危険でス! 何をされるカ……!』

「分かっておる……分かっておるが……」


エドワードは右手で自分の胸を抑えた。


「儂に,遠くへ逃げるだけの体力はない。仮に逃げ切れたとしても,追手は必ずやって来るじゃろう」

『……』

「じゃが,アリアをこのまま研究所に置いておく気は毛頭ない。残された時間は少ないが,手段は儂で考える。お主はいつも通り,アリアと接してやってくれ」

『……畏まりましタ』


PICOは,何か言いたそうだったが,製造者である彼に従うしかなかった。

するとアリアが彼らの元に駆け寄り,持っていた大きなスポンジボールを掲げる。


「お爺ちゃ~ん! Pちゃ~ん! 今日は,これで遊ぼ~!」


無垢な笑顔で語り掛ける。

アリアはボール遊びをすることに決めたようだ。

柔らかいボールを天高く投げ,それを受け止める単純な遊び。

エドワードとPICOは,彼女の願いを叶えることにした。


「えへへ~。Pちゃん,へたっぴ~」

『ボールを取るのは,難しいですネ』

「何回もやれば,取れるようになるよ~。頑張って~頑張って~」


毎回ボールを落とすPICOを,アリアは元気よく励ましている。

その光景を見ていると,彼女はただの幼い少女だった。

何故,神はこうも残酷なのか。

そう思うエドワードの元に,ボールがコロコロと転がってくる。


「お爺ちゃ~ん。早く早く~」


軋む身体を動かし,エドワードは笑みを浮かべてボールを取った。

何事もないように,それを投げ上げる。

そのボールは天に高く上り,真っ逆さまに落ちていった。


少し時間が経ち,ボール遊びが終わって,アリアは元の病室に戻ることになる。

彼女に与えられた自由時間は少ない。

監視のため,殆どが病室という名の監禁室に縛られている。

祖父であるエドワードに会える時間も,その合間だけだ。

病室に辿り着いた直後,アリアは彼の袖を掴んだ。


「ねぇ,お爺ちゃん……」

「どうした,アリア?」

「お爺ちゃんは,何処にも行ったりしないよね? お父さんやお母さんみたいに,いなくなったりしないよね?」


子供ながら,僅かな変化を感じ取ったのかもしれない。

誰も何も言えなかった。

アリアの手に少しだけ力が込められた。


「苦いお薬も,お注射も我慢するから……我慢できるから……だから……」

「分かっておる。心配せずともよい」


エドワードはしゃがみ込んで,しっかりと彼女の手を握った。


「儂はアリアの傍を離れたりせん。これからも,ずっと一緒じゃ」


この子だけは,何としてでも守らなければならない。

残された最後の家族のためにも,彼は固く決心する。

その日の深夜,自室で頭を悩ませていたエドワードは,通路から聞こえる微かな話し声を耳にする。

冷静かつ冷酷にも聞こえるそれは,研究者達の会話だった。


「それで,例の計画は?」

「問題ない。後は,あの娘からスキルを引き摺り出して,兵器へ定着させる。そうすれば,我々の第一目標は達成する」

「彼女の処理は?」

「スキルを切り離した時点で死ぬだろうが,構いはしない。どの道,真っ当には生きられん。それよりも,あの娘に付いている妙なロボット,だったか。アレを破壊する算段を付けておけ。アレはエドワードの発明品。必ず抵抗する」


既に計画は知らぬ内に進行している。

老体のエドワードには,何も出来ないと高を括っているらしい。

彼が研究所から追放されるよりも先に,アリアに手を出すかもしれない。


「ゴホッ,ゴホッ……! 手段を選んではいられんか……」


時間は残されていない。

エドワードは覚悟を決めることにした。

そして呼び出したPICOに,これから起こす行動を打ち明ける。

鋼鉄の塊かつ表情のないPICOだが,流石に驚きを隠せないようだった。


『まさカ……本当にそのようなことヲ……!?』

「あぁ。当然,お主にも協力してもらうぞ」

『し……しかシ……!』

「何を躊躇する? 儂が何故お主を生み出したのか,もう一度思い出すのじゃ」


エドワードの目は真剣だった。

人工的とはいえ自我を持つPICOは,彼の覚悟を知りうなだれた。


『……分かリ……ましタ……』

「よかろう。では,始めようぞ」


一人と一体は,その日から自室に閉じこもるようになった。

何をしているのかは分からない。

殆ど食事を取らず,怪しげな物音ばかりが聞こえるようになる。


「一体,自室に閉じこもって何をしているんだ……?」

「フン。あんな老い耄れ,たった数日で何も出来はしないさ。放っておけ」


他の研究者たちは当然気掛かりだったが,連中には何も出来ない。

あと数日で消えるのなら,放っておいても問題はない。

そんな慢心が,彼らを油断させた。







その結果がこれである。


「貴様は一体,何者なんだ!?」


アリアの力を抽出する予定だった実験室。

それらは既に燃え盛る炎の中で,瓦礫の一つと化している。

集まった研究者達が元凶である老博士を見上げ,彼の名を問う。


「何を今更。わしの名はエドワード・バルテルスじゃ」

「嘘をつくなッ! そんな,そんな筈がないッ!!」


エドワードは確かに名乗ったが,研究者達は頑なに否定した。

彼がこの場にいることを,認められないようだった。

次の瞬間,研究所の兵士が次々とやって来る。

一室を破壊した犯罪者を処分しに来たのだ。


「構えッ!!」


兵士達は一斉に手を前方に向け,己のスキルを解き放った。

元々強大な力を研究する場であることから,彼らの実力もかなりのものだった。

氷柱状に生み出された水や氷の塊が,矢のように射出される。

老体が受ければ一溜まりもない攻撃の数々。

それらを前に,エドワードは右手を持ち上げた。

同時に掌が微かに発光したかと思った瞬間,迫っていた攻撃が全て空中で静止した。


「わしの右手は,引力と斥力を操る」

「何ッ!?」


皆が驚く中,エドワードの右手が僅かに動く。

直後何らかの力が働いて,止まっていた氷解たちが全て逆方向,つまり兵士達の方へと跳ね返された。

呆気に取られた殆どの者達が,いとも簡単に吹き飛ばされていく。


「な,何が起きたんだ!?」

「奴のスキルか!? こんな力があるなんて……ッ!」


氷の破片を浴びながら,研究者達は驚きの声を上げる。

元々は,エドワードに戦闘用スキルはない筈だった。

あれだけの攻撃を,抵抗どころか跳ね返すなど有り得ない。

困惑する場で,背後に回り込んだ隊の一剣士が,剣を振り上げて彼に襲い掛かる。


「喰らえッ!」


風を斬る素早い斬撃に,エドワードは振り返りながら右手を降ろし,左手を持ち上げた。

瞬間,左の掌から波動のようなものが放たれ,剣士の周囲を侵食する。

すると剣士の身体は,まるでスローモーションのようにゆっくりとなる。


「わしの左手は,時を遅延する」

「お,俺の動きが……遅くなって……!?」


剣を振り上げたまま無防備となった剣士に,エドワードは回し蹴りを喰らわせる。

蹴りを受けた直後は未だゆっくりだったが,数秒経つと遅延が元に戻り,その身体は衝撃と共に後方へ弾き飛ばされた。


「ぐわあああああッッ!?」


屈強な剣士だというのに,全く歯が立たない。

一歩も動かないまま全てを一蹴した老博士は,異様な空気を放ち続ける。

恐れすら抱いた研究者達は,破れかぶれになって叫んだ。


「あり得ない! スキルを複数持つなんて,聞いたことがない!」

「クソッ! 全員でかかれ! たがたが老い耄れ一人! 折角のサンプルを渡すんじゃないぞッ!」


残されていた兵士達が一斉に飛び掛かる。

しかし,エドワードは一切動じなかった。

右手の斥力が兵士の半数以上を弾き飛ばし,左手の遅延が残りの動きを止め,そのまま足蹴りで払われる。

どれだけのスキルで向かおうと,一撃を与えることすら出来ない。

そんな中,巨大な斧を持つ一人の男が,幸運にも猛撃を潜り抜けエドワードに迫る。

彼は男の接近に気付き右手を上げたが,それよりも先に,横薙ぎに払われた斧がその胴体に直撃した。

金属がぶつかるような,鈍い音が聞こえる。


「へへっ! ざまぁ,見やがれクソジジイ!」


思わず罵倒する男だったが,直ぐに異変に気付く。

持っていた斧が全く動かない。

斧は確かにエドワードの身体に直撃した。

だがそれは,彼の肩で止まっていた。

まるで非常に硬い金属に当たったように,突き刺さらない。

その後,エドワードは何事もないように,右手で斧を握りしめる。

老体では有り得ない程の力が,斧ごと男を持ち上げた。

男の嘲笑は,一瞬にして恐怖へと変わる。


「刃が……通らない……!?」

「お,お前は一体……一体,何なんだあああッ!?」


エドワードは答えない。

そのまま腕を振るい,男を投げ飛ばした。

壁に激突,突き破りながら,それらは大きな土煙を上げる。


「ヒイイイイッッ!!」


最早,彼に立ち向かえる者はいない。

駆け付けた兵士達は全て倒された。

燃え続ける周囲の炎が,バチバチと音を立て続ける。

唯一残された主任,エドワードに除名処分を下した男は,声を震わせた。


「そうか……やっと,分かったぞ……」


正体に気付いたように,主任はエドワードを指差した。

その指は凍えるように震えている。


「やはり,お前はエドワード・バルテルスではない! 生きている筈がない! 何故なら……!」


呑み込みかけた言葉を,一気に吐き出す。


「既に奴は死病だったからだ!」

「……」

「奴の事は昨日調べたさ! 余命数日! 都市部に赴いた病院で,そう宣告されたことを我々は知った! 最早あの男に,娘と共に逃げ出す体力などなかった! そして12時間前,エドワード・バルテルスは遺体で発見された!」

「……」

「自室のベッドの上で眠るように死んでいた! 我々が確認したのだから間違いない! ならば,貴様は……貴様はッ……!」


遂に言葉を失う主任。

その先にある真実を,認められないのか。

代わりに,そこにいた『エドワード』がゆっくりと口を開いた。


「わし……いや,わたしは……」


その声は確かに彼のもので。

その姿は確かに彼のもので。


「博士との約束を守る。それだけです」


その言葉は,確かに彼のものではなかった。







「ゴホッゴホッ……!!」

『博士ッ!』

「構うな……死病じゃ……」


12時間前,エドワードの自室。

ベッドに横たわるエドワードは,慌てるPICOを手で制す。

彼には最早,何かを掴むだけの余力もない。

それでも微かに笑いながら,PICOを見上げる。

そこには自分と全く同じ姿があった。


「どうじゃ? 儂そっくりの顔と身体になった気分は?」

『良好,です』

「良かった。少し朦朧としていたからの……心配だったんじゃ……。じゃが……これで完成じゃよ……」


PICOは作り変えられた。

エドワードと同じ顔,同じ言葉を扱う者として。

会話パターンだけでなく,あらゆる敵を打ち倒せる武装を施された。

ここ数日,彼が行ってきたことは,ただそれだけだった。

既にエドワードの寿命は,殆ど残されていなかった。

仮に逃げ出しても,余命という死神から逃げ切ることは出来ない。

どの道,死ぬ命。

それでも彼には,アリアという残された家族がいた。


「儂の持てる全てを,お主に書き込んだ」

『本当に……貴方のフリをしろと言うのですか……?』

「あの子はまだ幼い……。今は例の首飾りで何とか力を抑えておるが,儂が死んだと知れば……平静だった力が暴走する……」


アリアのスキルは,彼女の感情と共に増幅する。

怒りや悲しみは,その身を滅ぼすことに繋がる。

だからこそ,エドワードが死んだという事実を知られてはならない。

例え自分を偽り,死に際に孫娘の姿を見られなくても。

PICOは思わず彼に懇願する。


『せめて,最後にアリア様と……!』

「馬鹿を言うな……。この顔を見たら,次に会うお主とで不自然だと思うじゃろう……? 儂はもう……あの子には会えんよ……」


エドワードは,ボールで遊んだアリアとの光景を思い出す。

そこにあったのは,純粋な彼女の笑顔。

決して,決して失う訳にいかない。

前々から死病を知っていながら,未だ躊躇いを残すPICOに,やっとの思いで手を伸ばす。


「アリアは兵器ではない……普通の子供なんじゃ……。笑って……泣いて……そして生きていく……」

『博士……』

「儂は十分に生きた……。じゃが,あの子はまだ……満足な生き方すら知らん……」


PICOはその手を取る。

同じ皺みのある手だったが,エドワードには確かな体温があった。


「頼む……アリアを……」

『……お任せ下さい』


俯きながらPICOはそう言った。

己が造られた目的は,アリアを守るため。

例え主であるエドワードを失っても,その役目を,その使命を果たすのが存在理由。

今一度目を合わせ,確かな決意を言葉で示す。


『必ず,アリア様を御守りいたします! そしてあの忌まわしい力から,彼女を解放してみせましょう!』

「すまない……PICO……。生きてくれ……あの子と一緒に……ずっと……ずっ……と……」

『……博士?』


握っていたエドワードの手から力が抜けていく。

何度問い掛けても,再び彼が目覚めることはなかった。

PICOは主の両手を祈るように結び,その場から立ち上がる。


「約束は果たします……必ず……!」


その瞬間,唯一無二のロボットは,エドワード・バルテルスとなった。







「あれ……?」


深い森の中,アリアは眠りから目を覚ます。

確か病室で眠っていた筈なのに,周りにあるのは暗い木々ばかり。

そう言いたげな視線に,彼女を抱えていたエドワードが目を合わせた。


「気が付いたか」

「お爺ちゃん? ここ,病院の外?」

「その通りじゃ。よく気が付いたのう」


二人は夜の森を歩いていた。

周りには誰もいない。

許可を得た訳でもなく,無断の外出である。

研究所での規則を思い出したのか,彼女は不安そうに祖父の服を掴む。


「駄目だよ……。勝手に出て行ったら,お医者さんに怒られちゃうよ……」

「心配せずとも良い。アリアは退院したんじゃよ」

「退院?」

「あの病院は少々手荒じゃったからの。わしが辞めさせたんじゃ。もう,あの場所にいる必要はない」


連中は二人を騙していた。

もう,研究所に留まる理由は何処にもない。

そう言うと,アリアは躊躇いがちだった目を輝かせた。


「本当に……?」

「あぁ」

「本当に……お爺ちゃんと,一緒にいられるの……?」

「……勿論じゃ。もう,離れ離れでいることはないんじゃよ」


今更戻っても,あるのは瓦礫ばかり。

主の遺体も埋葬した。

もう,あそこで為すべきことは一つもない。

エドワードは悟られないように,柔らかい声で言い聞かせた。


「や,やったぁ~!」


するとアリアに笑顔が戻る。

それは遊んだり,祖父に会いに行くことを許可されたりする時に見せる表情だった。

服を掴んでいた彼女の手に,別に意味で力が込められる。


「苦いお薬も,痛いお注射も,しなくて良いんだよね~?」

「そうじゃのう。アレは効き目がなかったからのう」


アレらは所詮,アリアを兵器にする過程で行っていた実験の一つだ。

不要な痛みや苦みを感じることもない。

だが,暫くしてアリアは,何かを探すように辺りを見渡した。


「あれ? Pちゃんは?」


エドワードは一瞬だけ言葉に詰まる。

しかし,これも想定していたことだった。

彼は動揺を隠し,アリアに説明する。


「PICOには別の任務を任せておる。アリアの力を取り除くための調査じゃ。ハッキリとしたことが分かるまでは,別行動じゃな」

「そっか~……」


彼女は残念そうだったが,その言葉を信じ切ったようだ。

PICOにはまた会える。

そう思い込ませることに,エドワードは少しだけ違和感を抱いた。

それでも歩みは止めない。

暗い森を,ただ一直線に歩き続ける。


「これから,どこに行くの~?」

「そうじゃな。取りあえずは,PICOと同じように情報収集をしなければならん。一番手っ取り早いのは……冒険者か」

「冒険! 冒険できるの~!?」

「これこれ,はしゃぐものではないぞ。これも,アリアの病気を治すためのものなんじゃから」


主は最後に,手掛かりを残した。

世界に散らばる封魔の羅針盤。

所有者の力を吸収し,封じると言われる古のオーパーツ。

元々は魔王の力を封じていたとされる伝説上の存在だが,最近になってその一つが発掘されたと言うのだ。

つまりオーバーツは実在する。

それを見つけ出し,アリアの力を完全に取り除くことが出来れば,彼女は人としての生を歩める。

先ずはその情報収集のため,冒険者として活動するのが手早い近道となるだろう。

主が託した情報に感謝していると,アリアが不意に上空を指差す。


「あ! 流れ星!」


見上げると,木々の隙間から星が流れていく空が見えた。

一つだけではない。

幾つもの星達が空を横切っていく。

あまり見られない光景に,エドワードも思わず足を止める。


「お爺ちゃんも一緒にお願いしよ! 幸せになれますようにって!」

「……あぁ,そうじゃな」


機械である自分自身への願い事はない。

ただ,アリアが幸せになれるように。

エドワードは確かに願った。







「あの……ご用件は……?」

「冒険者登録をしたいのじゃが」


とある辺境の街。

冒険者らが集う集会所で,受付嬢はやや困惑していた。

辺境とは言え,冒険者を志願する者はそれなりにいる。

だが,白衣を着た老人がやって来ることは,今まで一度もなかったのだ。

受付嬢は,やたら強気な老爺に説明することにする。


「その,冒険者にも年齢制限がありまして……。ご高齢の方は,基本的に受け付けていないんですよ……」

「なんと……!」


割と常識なことを,老人は知らなかったと言わんばかりに驚く。

それに加え,彼の連れなのだろう。

やたら幼い少女が,物珍しそうに集会所の様々な場所を見渡していた。


「冒険~! 冒険~!」


それ程珍しくもない光景に,目を輝かせている。

一体,二人は何処からやって来たのか。

周りの冒険者達も視線を注ぐ中,老爺は諦めずに問う。


「何とかならんのか?」

「そうですね……。特例というものは,設けられていますが……」

「特例とな?」

「ご高齢の方であっても,条件を満たすことが出来れば,加入できる制度です。冒険者並みの力があったり,知識があったり,そういう条件ですね。ごく稀なケースですので,今まで適用できた方は殆どいませんが……」

「つまり,わしを試すということじゃな」


正直な所,老人を冒険者にしたとしても,体力的に足手纏いになる。

仮に加入できたとしても,数日足らずで辞めるのが関の山だ。


「いいじゃろう。その方針で始めてくれ」


しかし老人は全く臆さずに了承する。

そんな様子を見ていた一人の冒険者が,嘲笑しながら引き止める。


「止めとけ,止めとけ! 爺さん,冒険者っていうのは,アンタみたいなのが簡単に入れる所じゃないんだ! 後悔しても知らないぜ!?」

「後悔なぞせんわい。わしはとっくに覚悟を決めておる」


少し戸惑うアリアの頭を,わしわしと撫でながら彼は言った。

ここまで言うのなら,拒否しても退かないだろう。

受付嬢は彼を受験者として迎えることにした。


「では,先ずはお名前を」


名を問うと,老爺は自信ありげに名乗る。


「わしの名はエドワード。しがない技術者じゃ」




その後,突如現れた白衣の老人が,密かに囁かれるようになった。

奇妙な力を操り,あらゆる障害を取り除く異質な冒険者。

同時期に,封印された魔王の力に惑わされた者達が,国中を暴れ回る。

そこには必ず件の老人が目撃されたらしいが,真相は定かではない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ